10-22. 素性Ⅱ
「…………あっ、ちょっといいですか? 聞きたい事が」
「ん? どうしたのかねェ?」
「会長さんじゃなくてシーカントさんに」
「手前にであるか?」
「はい」
『会長さんじゃなくて』って言った途端、落ち込む会長さん。
ごめんなさいね。
扉に向かっていたシン達にも、足を止めてもらう。
ごめんなさいね。
「護衛の間に一つ、疑問に思った事が有りまして。ここで聞いちゃって良いでしょうか?」
「構わぬ。御聞かせ願おう」
「それでは……シーカントさんは、僕の故郷である『日本』をご存知でしたよね」
「左様」
「シーカントさんはどこで『日本』を知ったんですか? この世界の人は日本なんて知らないはずなのに……」
「嗚呼、其の件か。……承知致した。少々御待ち願おう」
そう言うと、シーカントさんは『失礼』と言って会長室を出て行ってしまった。
突然どこ行っちゃったんだろうか?
……もしかして、シーカントさんも日本人で、召喚された人だったとかそういう感じなのかな。
今考えてみれば、あのスーツも日本のサラリーマンがよく着ている感じのだし。
いやいや、そんな事無いか。
「ケースケ君。今の話は何だったのかねェ? もし差し支えなければ、今の話ワタクシにも教えて欲しいのだけど」
「あぁ、はい」
会長があの時の話をご所望のようだ。
って事で、僕達4人で話を始めた。
ちなみにアークも黙って聞いていた。彼女とは出会う前の事だったからな。
「僕達は護衛初日、馬車に乗りながら『故郷当てゲーム』の話をしたんです」
「あ、そーいえば私たちの出身地、シーカントさんは苗字だけで軽々と当てちゃったよねー!」
「ほぉ、さすがシーカント君。伊達に商人やっていないねェ」
「シン達の故郷を当てた次に、僕の故郷についても当ててもらったのですが……
「そこでシーカント君が、ケースケ君の故郷を見事『ニホン』と当てたって事ねェ」
「はい」
「成程。という事は、シーカント君は今彼を呼びに行っている所だろうね」
「彼、とは一体……」
「ん? それはシーカントさんが連れて来てからのお楽しみだねェ。もう少し待ちたまえ」
じらされてしまった。
えー……
誰だろ。思いつかない。
早く来てくれないかなー。
そんな感じでソワソワしつつ待っていると、扉の奥から声が聞こえてきた。
「(此の部屋に御入り願おう)」
「(この部屋って……会長室じゃねぇか。会長が俺に何か用でも有んのか?)」
「(否、会長に非ず。貴方に用が有るのは……)」
おっ、この声は……
もしかして……
「さて、シーカント君達が帰ってきたようだね」
会長さんの声と同時に、扉がノックされる。
コンコンッ
「(シーカント、只今彼を連れて参上)」
「どうぞ。入りたまえ」
「(失礼)」
会長の返事と同時、扉が開かれる。
「相変わらずシーカントさんは堅苦しいなぁ」
「昔より此れが手前の流儀」
そんな会話と共に扉から入ってきたのは、シーカントさん。
そして、その後ろに居たのは……
「失礼します……」
「アキじゃんか! 久し振り!」
「……おぉっ! け、計介じゃねぇか!」
久し振りのアキだった。
成程な。
シーカントさんがアキを連れてきた事で、シーカントさんの謎が解けた。
この商会にはアキが居た。で、アキが故郷の話をした。
だからシーカントさんは日本を知っていた訳だ。
まぁ、そう考えりゃそうだわ。僕達が居なければ『日本』を知る由も無い。
にしても……
「アキ! 久し振り!」
「計介こそ! 会えて嬉しいぜ!」
親友との再会だ!
お互いに右手を上げて挨拶。
「いやぁー、まさかこんな所でアキに会うとは」
「俺も会長室で計介に会えるとは思ってなかったぞ」
まぁ、確かにそうだよね。
商会と無関係な人が、まさか会長室に居るなんてビックリだよな。
「アキウチ君とケースケ君は知り合いなのか。という事は、ケースケ君も召喚された勇者だったんだねェ?」
「はい! それはもう、勇者の中でも一番と言っても良いくらいの親友です!」
「俺も、計介ほど一緒に居る奴は居ねぇんじゃねぇかな」
会長さんとシーカントさんも、親友との再会を微笑んで眺めている。
「うちのアキがお世話になっております」
「俺はお前のものになった覚えは無ぇ」
「ハッハハハ……、本当に仲が良いね」
いつも通りの反応がアキから帰ってくる。
あー、やっぱりコレだ。アキといると落ち着くな。
「いやぁー、アキの配属先はココだったんだね」
「おう。配属先がこの『ディバイズ商会』でな。今は王都内の配達とか、発注とかもやってるぞ」
「へぇ。なんだかホントに会社に入って仕事してるみたいだね」
「俺もそう思う。まるで『将来の夢』が叶っちまったみたいに感じるな」
アキは商学部志望だからな。
『商会』に勤める、ってのは彼にとっちゃ夢だったんだろう。
「そういえば、前にあった時もアキ『配達中』とか言ってたしね」
「そうだな。あの日は朝から1日中配達してたぜ」
「お疲れ様です」
「おぅ。所で、お前の経済状況はどうなったよ? 前にあった時は『金欠だ』とか言ってたじゃねえか。数学者として喰っていけてんのか?」
……あぁ。
一番前にアキにあった時、僕はまだ冒険者にもなっていない頃だったな。
ロクに仕事もせず、ただ毎日王城図書館に通って『魔物博士』を目指しつつあるときだった。
「それについてはもう大丈夫。今は冒険者でなんとか稼いでるんで」
「はぁ!? 数学者が冒険者やってんのか!?」
「おぅ」
「数学者って……『識者』の非戦闘職だよな? ステータスも低めのハズだし、そんなんで生きていけんのかよ?」
「おぅ」
まぁ、死にそうな瞬間は何度かあったけどさ。
現に今生きてるし。
「アキウチ様、ケースケ様は良き腕を持つ冒険者」
「えっ、そうなんっすか!?」
「左様。良き仲間も持ち、手前は此れ程良き冒険者をそう見ぬ」
「……でもまぁ、シーカントさんがそう言うんなら嘘じゃ無ぇんだろうな」
なんだよアキ。
僕のこと疑ってんのかよ。
「それにアキウチ君、『血に塗れし狂科学者』って名前を聞いた事はあるかねェ?」
「あぁ会長、時々耳にはするけど……」
アキはそう呟くと、僕の服をジロジロと見る。
「……まさか」
「そう。ケースケ君こそがその血に塗れし狂科学者なんだってねェ」
「……なんとも凄ぇ名前を付けられちまったな、計介」
「…………」
……恥ずかしいっす、会長。
十分王都には知れ渡ってるとはいえ、あんまり言いふらさないで下さい。
「所で、アキウチ君」
「何でしょう、会長?」
僕達の会話が途切れた所で、会長が話に入って来た。
「突然ではあったが、久し振りに君の親友とも出会えた事だし、積もる話もあるようだしねェ」
まぁ、たった2ヶ月弱とはいえ、結構色々あったからな。
それなりに話は積もっている。
「アキウチ君は仕事も頑張ってくれているようだし、今日明日は休暇をあげよう。旧友と一緒に、息抜きがてらに2日間楽しみたまえ」
「えぇ、マジですか会長!?」
「あぁ。君の上司から『アキウチ君はまだ入って2ヶ月しか経っていないというのに仕事は一人前だ』という高評価を聞いているしねェ」
「……」
少し照れるアキ。
「流石はうちのアキですな。コイツは死ぬほど真面目ですから」
「だーから俺はお前のモンじゃ無ぇ!」
バシッ!
「痛ッ!」
「ハッハハハ……、親友のお墨付きだねェ」
頭を叩かれた。予想以上に痛い。
……アキの照れ隠しパワー、恐るべし。
「……ですが、俺が休むと他の皆さんに迷惑が……」
「そう思うよねェ。だけど『ここの所夜遅くまで残っていたり、少し頑張り過ぎかもしれない』と心配の声も聞いたよ」
「……そ、それは……」
「つい熱中しちゃうんだってねェ、特にお金の計算とかになると」
「……はい」
「ワタクシ達からすれば、よく働いてくれる社員は大々々歓迎だ。だけど、働き過ぎてダウンされちゃ逆効果。そういう人には敢えて休みを取って貰わないと、いつか壊れちゃうからねェ」
なんてホワイトな会社なんだ。
「私から、君の仕事を皆で分担して貰うように言っておく。だから、今日明日の2日間、存分に楽しみたまえ」
「……はい、会長!」
アキの表情も、心配事が無くなったようにスッキリした笑顔だ。
肩の荷が下りたようだな。
「さて、それでは話はこれくらいにしようか。あとは君達で楽しんでくれたまえ」
「はい、失礼します!」
「護衛の皆もありがとう。またお会いした時はよろしくねェ!」
「「「「「はい!」」」」」
僕と学生達、アーク、アキが揃って礼。
「では、出口まで御送り致そう」
「シーカント君、よろしく」
「御意」
「そんじゃ行くぞ、計介!」
「お、おぅ」
そう言って、僕達は6人揃って会長室を後にした。
さてと。
王都までの足ついでに受けた護衛依頼は無事終わった。だが、魔法戦士の少女が仲間に加わったり、実は彼女が領主の娘であったり、更には依頼人の勤め先で旧友と出会ったりと、中々濃くて受け甲斐のある依頼だった。
現在の服装は麻の服と、血痕塗れに袖の焦げた白衣。
重要物は数学の参考書。
職は数学者。
目的は魔王の討伐だが、合宿も終わった事だし今日明日はちょっと休憩だ。
準備は整った。さぁ、アキと2日間楽しみますか!




