10-18. 西門
そんな感じで、昨日の豹変アークの話も一段落つくと。
「あっ、アレ……王城じゃないー?」
見張り番だったコースが前を指差してそう言う。
「左様。手前の目にも王城の姿を確認」
「おっ、ついに見えてきたか!」
「本当ですね!」
まだ少しボンヤリとだが、草原のド真ん中に聳える王城が僕の目にも見えてきた。
あの見慣れた形、間違いない。
この世界に召喚され、毎日毎日目にしながら過ごしていた、あの王城だ。
「ついに戻って来たな、王都」
「そうですね。私も懐かしく思います」
「出発してから1ヶ月しか経ってないのにねー……」
そんな事をしみじみ思う、僕と学生達。
まぁ、僕の異世界生活も王都が始まりだったしな。
しばらくは図書館に通ったり、独り粛々と狩ったりもした。
そして、学生達とも出会ったのもあそこだ。
まるで王都が僕の第2の故郷みたいだな。
「……あれが王都……初めて見たわ」
「え、アークは王都初めてなのー?」
「ええ。ファクトまでは行った事もあったんだけど」
へぇー。
有名な家のお嬢様だってのに、王都に行った事無いんだな。
意外だ。
「両親が王都に出向く時は、いつも出来のいい妹達を連れて行っていたからね」
「…………そ、そうか」
……辛い過去を思い出させてしまったかもしれない。
でもまぁ、アークの実家は【風系統魔法】で名の知れた一家だ。
ご両親からすれば、【風系統魔法】が全く使えないアークよりは、妹達を連れて行く方が見栄えは良い。
アークには申し訳ないけど、その気持ちも分からなくもないかな。
「それにしても、綺麗なお城ね。額縁に入った絵でしか見た事が無かったけれど、やっぱり本物とは比べ物にならないわ」
……やっぱり、アークがお嬢様である事には変わりなかった。
「もっと近づけば分かるけど、王城はビックリするくらいデッカいんだよー!」
「王城の下に広がる街も、かなり賑やかですよ」
「へぇー。そう言われると、ますます王都が楽しみだわ!」
コースとシンの話につられ、僕も王都の街並みを思い出す。
……あー、たったの1ヶ月離れてただけだが、王都は変わりないだろうか。
精霊の算盤亭のオバちゃんも元気にしてるかなー。
僕も王都が楽しみになってきちゃったよ。
「まぁ、王都まではもう少しだ。コース、いつまでもアークと話してないで、ちゃんと見張りやれよ」
「あっ、はーい先生!」
そんな感じで、馬車は遠くに現れた王都に向かって駆けて行った。
馬車の前に見える王城の影もだいぶ大きくなってくると、草原にはチラホラと狩りをする冒険者が見えるようになってきた。
王都が近づいてきたからか人通りもそれなりに多くなり、馬車は速度を落としてゆっくりと進む。
……まぁ、ゆっくりって言っても実際はそれなりの速度だ。普通の馬車よりは速い。
だけど、今までの速達馬車の疾走に慣れちゃった僕達は『遅っ!』って感じるけどね。
ディグラットやプレーリーチキンを相手に奮闘する冒険者のグループ達を横目に見ながら、人通りがそれなりに多くなってきた西街道をガタガタと進む馬車。
馬車の先を眺めていると、ついに『西街道の終点』が見えてきた。
「おっ。シン、コース、ダン、アーク、『西門』が見えてきたぞ!」
「「「おおおーっ!」」」
学生達とアークが膝立ちになり、馬車の先を見て言う。
「あれが王都の外壁?」
「あぁ、そうだよ」
「王城だけでなく、外壁も随分大きいのね」
「あの外壁が、街の人々を魔物の襲撃から守ってくれているんですよ」
「テイラーのショボい木の柵とは比べ物にならない頑丈さだからねー!」
……おいコース、そんな事言うな!
僕もショボいとは思ったけどさ、テイラー市民にそれを言っちゃダメじゃんか!
ピクッ
「…………」
コースのダイレクトな一言に、アークの眉が一瞬動いた。
……マズい! アークが怒ってる!
昨日『アークを怒らせちゃいけない』って心に誓ったばっかなのに!
「……で、でもアレなんだよな! 風車がテイラー周辺の魔力を吸収してるから、外壁が要らないんだよな!」
「あ、それ俺も聞いた覚えがあるぞ! 『風車が魔物除け』だってシンが言ってたな!」
危機を一瞬で察した男衆は必死になんとか話を繋ぐ。
「そうなの。その方が、街にも風が良く通るしね」
「……そ、そうですね! 私達が街の中に居た時も、良く風が通って気持ち良かったですよね!」
「そうだな。宿のベランダから街並みを眺めた時とか、凄く気持ち良かったよ!」
僕達がそう言うと、アークは僕達の方を見て。
「そう言ってくれると嬉しいわ」
ニッコリ笑顔を浮かべてそう返してくれた。
……フゥ。
僕とシンとダンの頑張りで、なんとかやり過ごせたようだ。
うん。僕達頑張った。アークの怒りを阻止できたかな。
コースよ、全く……。
君の爆弾発言にはいつもヒヤヒヤさせられるよ。
さて、気を取り直してっと。
僕とシンとダンが冷や汗ダクダクになっていると、ゆっくりと進む馬車はもうすぐ王都の西門って所まで来ていた。
外壁の一部をカマボコ型に切り抜いたような西門は、迷宮合宿に向けて王都を出発した時と同じく開かれている。
獲物を担いだ冒険者のグループが街へと入り、速達らしき積み荷の少ない馬車が街から出ている。
歩き旅で王都へと歩いて来たであろう冒険者のグループは、皆笑顔で無事の到着を喜んでいる。
そんな往来を、西門の隅に立った門番が見張っている。
うん、1ヶ月前と変わらない。同じ風景だ。
そんな西門に馬車は段々と近づいてくる。
「間も無く王都西門を通過」
御者席のシーカントさんから、そう声が掛かる。
「もうそろそろだな」
「西門も目の前ですね」
「行きに比べると、ホントあっという間だったよねー!」
「夢にまで見た王都に、ついに……」
皆、思い思いに呟く。
気分はまるで年末、年越し直前のモードだ。
年越しへのカウントダウンが始まったかのようなドキドキ感。
そんな事を思っている間にも、段々と西門は近づき。
近づき。
近づき――――
潜った。
「ヨッシャー! 着いたぞ、王都!」
「この感じ、懐かしいなー!」
「なんとか無事、王都までたどり着きましたね!」
「これが、王都……!」
そんな僕達の絶叫と共に馬車は西門を潜り抜け、西門前の広場に入った。
馬車の上から見回せば、中世ヨーロッパみたいな街並みが広がる。
3階や4階建ての石造りの建物が並んでいるのを見ると、テイラーや西街道上で寄った町村には無かった『都会感』を感じる。
門から真っ直ぐ伸びる西門通りには沢山の人が歩いており、まるで日本一有名なスクランブル交差点を思い起こさせる。
通りの左右にはいろいろな店が開いており、店に出入りする人や品物を眺める人が絶たない。
「この賑わい……王都は相変わらず平和ですね」
「そうだな。やっぱり平和が一番だよ」
賑わってる感じも1ヶ月前とは変わらないな。
そんな感じで馬車はゆっくりと西門通りを進む。
王都をグルグルと見回していると、御者席から声が掛かった。
「無事王都に到着。此のまま馬車は手前の商会本部へ向かい、其処にて貴方々の護衛任務を完了とさせて頂きたい。あと少しばかり御付合い願おう」
あぁ、そうだ。
王都に着いたって事は僕達の『護衛任務』も終わりだ。
無事王都に帰って来れたし、馬車やシーカントさんの護衛も無事果たした。
だが、同時にシーカントさんともそろそろお別れなんだよな。
……そう考えると、王都に着いたのは嬉しいけどちょっと寂しくも感じるな。
「はい、分かりました」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
そんな感じで、ちょっと嬉しくも寂しくも感じた僕達を乗せて、馬車はシーカントさんの『ディバイズ商会』へと向かっていった。




