10-17. 怒り
ファクトで『ディバイズ商会』御用達の宿に泊まり、【求解】をゲットしたあの日から2日が経った。
今日は護衛4日目。
馬車はいつも通り西街道を東に向かって走るが、今日はついに王都の到着予定日だ!
「もうすぐで久しぶりの王都だねー! あぁー、早く見えてこないかなー!」
「俺らが迷宮合宿でいない間に随分と変わっちまったりしてるかもな!」
「いえいえダン、王都を出たのは高々1ヶ月前です。その位では王都はそう変わりませんよ」
そんな感じで見張りを続けつつそう喋る学生達。
馬車旅のゴールが近づいて来たからか、テンションもわりかし高めだ。
「今思えばこの旅、俺は長いようで短かったって思うな」
「私もそう思います。けれど、短いながらも結構充実した旅でしたね」
「色々面白かったよねー!」
「手前も同意見。此れ程楽しき馬車旅は、果たして何時以来であろうか」
シーカントさんも御者席から話に入って来た。
馬車旅を長年続けてきたベテランのシーカントさんがそう言うなんて……僕達、何かそんな面白い事したっけ?
「わたしも『仲間』と旅をする楽しさ、初めて知ったわ」
「そうか。そう言ってくれると僕達も嬉しいよ」
「これから先、みんなと旅を出来る事が凄く楽しみだわ!」
「おぅ」
アークも赤い長髪をなびかせてニッコリ笑顔を浮かべ、そう言ってくれる。
やっぱり仲間っていいよね。
僕もこっちの世界に来てからは、独りだった時よりシン達と居る方が断然楽しいし。
今まで寂しい思いをして過ごしてきたアークにも、『仲間が居る』っていうこの気持ちを味わってくれるといいな。
「あ、そーそー。『仲間』といえば、昨日のアーク凄かったね! 私ビックリしたよー!」
「俺もだ。あんなアーク……まるで別人だったな」
「私も怖かったです」
「でも、俺たちの事を『大事な仲間』って思ってくれてて嬉しかったぞ」
ふと、学生達が昨日の事を思い出して話す。
「とはいえ、あの眼はヤバかったな……」
「私も、先生がどうなるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」
「ごめんね。昨日はみんなを驚かせちゃったかも」
……普段はこんな感じで落ち着いたシッカリ者のアーク。
だが、昨日の一件で彼女の性格の一端が垣間見えたのだ。
アレは昨日、ファクトの町を出発して、お昼休憩をしていた時の話。
馬車を一旦街道の端に停め、草原をレジャーシート代わりに腰を下ろす。
『『『『『『頂きます!』』』』』』
僕と学生達は毎度恒例の缶詰だ。
テイラーで買った焼き鳥のヤツだが、中々飽きが来ないんだよね。
そんな僕達の隣で、アークはサンドイッチを食べている。どうやらファクトの町で買ったモノのようだ。
……が、食べ方が凄く上品だ。
アーク自身が『風の街・テイラーでも有名な家の出身』とは言ってたけど、やっぱりお嬢様なんだな。改めてそう思った。
生まれの良さが垣間見えた瞬間だったな。
アークと全く真逆で『コンビニで買ったサンドイッチをバクバク食べる火村』を思い出して、一人笑っちゃったのは僕だけの秘密だ。
……ちなみに、その隣では黒スーツにサングラスをビシッと決めたシーカントさんが、アークと同じサンドイッチを食べていた。
ヤクザとお嬢様が並んでサンドイッチを食べている瞬間……なんだか凄い光景だった。
まぁ、そんな感じで僕達はお昼ご飯を楽しんでいた。
天気も良く暖かかったので、割と皆でノンビリしてしまった。
だが、そんな時にも魔物の手は寄って来るようで。
カサカサッ……
『ん?』
僕の左側、少し遠くの草むらが不自然に動く。
その瞬間は風も靡いていなかったし、なんか怪しい。
……まぁ、気のせいだな。
そう思って缶詰に再び視線をやろうとしたんだが。
……なんだか背筋がゾワゾワする。
これはまさか、アイツの奇襲――――
ガアァァァ!
『うわっ!』
草むらから飛び出る、深緑色の毛皮。
やっぱりお前だったか!
またしてもコイツの奇襲だ。
……けど、もうこれも数回目。さすがに慣れてきた。
ビックリこそしたけれど、慌てる事なく腕で庇う姿勢を取る。
缶詰の中身が草原に零れるが、気にもならない。
『【乗法術Ⅲ】・DEF4!』
と同時に、落ち着いてDEFアップの魔法も唱える。
カーキウルフは草むらから飛び出したままの姿勢で僕の腕を睨み、口をパッカリ開いて――――
カプッ……
『んっ』
僕の腕に噛みついた。
が、怪我は無い。
さすがのウルフでも4倍になった僕のDEFを食い破る事は出来ないようで、僕の腕を噛み噛みしているだけに留まった。
勿論、腕に傷は無い。
……ちょっと痛かったけどね。
『っててて……』
『あっ、先生だいじょーぶー?』
『ステータス強化は間に合ったようですね』
『さすが先生だな。ステータスの高さでウルフの奇襲さえ乗り越えちまうとは』
学生達はそんな僕の事を心配してくれてるようだが、何というか切迫感が無い。
完全に冷めてる。
……いやいや、もう少し心配してくれても良いんじゃないの?
『おぅ、大丈夫だ、ありがとう。少し痛いけど————
『け……ケースケぇぇぇぇッ!!!』
すると、隣からアークの絶叫が飛んで来た。
無意識にアークの方を振り向くと、少し青ざめた顔にカッと開いた目で僕の腕一点を見つめている。
『そ……その腕…………』
『あぁ、大丈夫大丈夫。特に怪我してないから』
そう言って僕の左腕と、左腕をカプカプしているウルフを見せる。
腕にはウルフの歯形は割とクッキリと付いているが、出血は無い。
『ほら。ちょっと痛いけどね』
『…………』
アークはそのまま動かない。
……あ、あれ?
僕の腕を見せたら、アークが固まってしまった。
『おい、アーク……?』
『…………』
驚いた表情のまま、全く動かない。
返事もない。
……少し、衝撃的な物を見せてしまったのかもしれない。
『……シン、どうしよう。アークが止まった』
『……私に言われましても』
『俺らは慣れたモンだけど、アークにはショックがデカい光景だったかもな……』
シンでさえ打つ手なしか。
ヤバい。このままだと、アークは一生止まったままかもしれない。
『…………』
どうしようどうしよう。
なんとかしてアークを再起動させないと————
その時。
アークの頭がカクッと下がった。
つられて赤髪もダランと垂れ下がる。
『あっ、アーク動いたー』
コースの気の抜けるような一言は置いといて。
アークはとりあえず動いた。髪のせいで顔は見えないが、横に倒れるような事も無いので多分大丈夫だろう。
とりあえず良かった。なんとか再起動したようだ――――
『(ケースケから…………)』
『ん?』
少しホッとしていると、俯いたアークから名前を呼ばれた気がした。
無意識に返事する。
『ケースケから……』
ん? なんだろう?
そして、アークは勢い良く立ち上がり……
『離れろッ!!!』
そう叫んで、槍を構えた。
穂先を僕に向けて。
『うぉっ!!』
危ないって!
得物を突きつけられ、思わず僕も叫ぶ。
……いや、多分アークの狙いは今も腕に噛みついているカーキウルフなんだろうけどさ。
そのままじゃ僕の腕ごと一緒に斬り落とされちゃうよ!
ボゥッ!
『熱ッ!!』
僕の心の叫びに反応するかのように、槍から物凄い量の炎が溢れ出す。
メラメラと燃える炎は槍から飛び出し、僕達に熱気を浴びせる。
……てか、白衣の袖が焦げてるぞ! 茶色くなってる!
キャゥンッ!
だが、そのお陰でウルフは僕の腕から離れた。
……とりあえず、アークのお陰で僕の腕は救われたよ。
『すまん、ありがとう、ア――――
『ハアァァァァァッ!!!』
そのまま、燃え盛る槍は突き出され、ウルフを貫いた。
ブスッ
ギャンッッ!?
……アークのステータスの低さ故に、槍があまり突き刺さらない。
だが、槍は少ししか刺されずとも、纏う炎がウルフの身を中から焼いていく。
ウルフは苦痛に耐えつつ、槍を抜かんと必死に身をよじる。
え、ちょっとアーク……もう僕は大丈夫だよ。
そこまでしなくても……
『わたしのッ!』
ブスッ
ギャンッ!?
『仲間にッ!!』
ブスッ
キャゥンッ!
『手を出すなァッ!!!』
ブスッ
キュゥン……
……アークの様子がおかしい。
普段はこんな事するような子じゃないのに……
恐る恐る頭を上げて、アークの顔を見る。
……赤い長髪の隙間から見えたのは。
完全に釣りあがった眼。
赤黒かったはずの瞳は、心なしかじんわり赤く光っているかのように見える。
瞳孔も全開だ。
顔は無表情だが、雰囲気で怒っているのが伝わる。
…………アークが怒りに狂っている!
なんでだ!? 僕が噛まれたからか!?
『ハアァァァァァ!!!』
そんな事を考えていると、アークは全身傷だらけ、瀕死のカーキウルフに止めを刺した。
ウルフは動かなくなった。
『『『『『…………』』』』』
草原に残ったのは、炎の槍を携えて荒い息をするアークと、豹変ぶりに驚いて黙り込む僕達だけだった。
あのシーカントさんでさえも、サングラス越しに驚いているのが分かるくらいだった。
「ですが、驚きました。普段しっかり者のアークがあそこまで豹変するとは」
「文字通り、まるで人が変わったようだったな」
あの後、落ち着きを取り戻したアークは『怒るとついつい周りが見えなくなっちゃうの』と教えてくれた。
僕の腕が無事かどうかはともかく、ウルフが『大事な仲間に危害を加えようとした』事にブチ切れ、ああなってしまったらしい。
……その後僕と学生達は、決してアークを怒らせないようにしようと心に誓ったのだった。
「だけど、それでもあの時のアークが言った『仲間を!』とかってやつ、カッコよかったよな!」
「あんな興奮してても仲間を思っててくれるなんて、ちょっと嬉しかったよ」
……まぁ、やっぱり怖かったけどね。
あの眼を見たときは、僕も殺されるかと思ったよ。
「でも、あのアーク……戦うの好きそうだったねー!」
「俺も思ったぞ。あれだけグサグサってのは、常人にはそう出来ねえからな」
……バトルジャンキー達は黙っていなさい。
「所で、ケースケがカーキウルフに襲われている光景を見て、あなた達はビックリしないの?」
「……いや、私達からすれば何とも思いませんね」
「先生がカーキウルフに襲われたの、もうこれで3、4回目だしな。慣れたわ」
「ってゆーか、私たちが先生と出会った時もカーキウルフに襲われてた時だしねー」
……そういえばそうだったけどさ。
何度も何度もカーキウルフに襲われてるけどさ。
君達、もう少し心配してくれると嬉しいな。
「でもまぁ、昨日のアレのお陰で、如何にアークが僕達を大事に思ってくれてるかが分かった気がするよ」
「そうですね。まだ出会って数日とはいえ、もう私達は立派な仲間です」
アークのちょっと怖い一面も見れたけど、結果的にまた少し5人の絆が深まったかな。




