10-13. 披露
翌朝。
午前8時。
「お早う」
「「「「「おはようございます」」」」」
僕達5人とシーカントさんは、停めておいた馬車の前に集まっていた。
荷物を纏めたリュックを背負い、武器や防具を装備し、出発準備は万端。
僕も麻の服に血痕まみれの白衣を羽織り、腰に冒険者のナイフを差している。
いつものスタイルだ。
「シーカントさん、護衛は4人全員揃いました!」
「シン様、承知。2日目は次の町、ファクトに到達の予定。本日も護衛、宜しく頼む」
「「「「「はい!」」」」」
ちなみに昨晩は、特に新しい魔法を手に入れられなかった。
残念っ。ちょっと落ち込んだ。
昨日はそのまま寝てしまった。
「では、発車致す。馬車にお乗り願おう」
「はい!」
「はーい!」
「おう!」
「分かったわ」
「おぅ」
でもまぁ、そう簡単にホイホイ魔法が手に入る訳ないよね。
気持ちを切り替えてと。
さて。
護衛2日目、スタートだ!
馬車はリーゼを出発し、再び西街道を王都に向かって駆ける。
御者席では、今日も黒スーツにサングラスのシーカントさんが手綱を握り、馬車の荷台では僕達が交代交代で見張りをする。
今はコースとダンが見張り中だ。
「……それにしても、やっぱり信じられないわ」
「どうした、アーク?」
「ステータス強化魔法なんて、ベテランの強化魔術師でも本気を出して1.5倍が良い所。なのに、強化魔術師でもない、只の数学者のケースケが4倍だなんて……」
……まだそんな事言ってるの?
現実を受け止めてくれ。出来ることは出来るのだ。
あと、数学者バカにし過ぎじゃない?
「シンはケースケとずっと一緒なのよね?」
「そうですね。かれこれ2ヶ月くらいでしょうか」
「なら、シンもケースケの魔法が異常だと思わない?」
……【演算魔法】を『異常』とか言ってくれるなよ。
僕も否定はしないけどさ。
「そうですね、私が先生に出会った当時はそう思いました。ですが……先生は当時から既に『ステータスを一律+30する魔法』を使っていたので、もう慣れてしまいましたね」
「プラス30?」
「はい。更に、魔物には『ステータスを-10する魔法』を使って弱体化もさせていたようですよ」
「……弱体化まで出来るのね」
「ですので、今頃先生がステータスを『4倍』しても特に驚きませんね」
……シン、ごめんな。
僕の【演算魔法】がシンの感覚を完全に麻痺させちゃってるようだ。
「……ケースケは一体何者なの?」
「まぁ一応、数学者やらせてもらってます」
「それは知ってるわ」
「……」
じゃあなんて答えれば良いんだよ!
「…………だけど、わたしもケースケには感謝しているわ」
すると、アークの雰囲気が突然変わった。
赤い長髪を風になびかせ、少し微笑みを浮かべて俯く。
「わたしの悩みも、あなたの魔法のお陰でなんとか解決できそう。仲間が4人も出来た。それに、一緒に旅をすると決めたことで『強くなりたい』って強い目標を持てた。本当に嬉しいわ。ありがとう、ケースケ」
「……お、おぅ」
……今まで散々『数学者』や【演算魔法】をボロクソ言ってたのに、突然そんな事言われると照れちゃうじゃんか。
「シン、コース、ダン。あなた達も、わたしを仲間に入れてくれてありがとう。本当に嬉しいわ」
「いえいえ」
「そんな気にすんなって!」
「アークが一緒に来てくれるの、私もスゴく嬉しいよー!」
学生達にもそう声を掛けるアーク。
コースとダンも見張りを一旦中断し、アークに返事をしている。
アークも学生の3人も笑顔だ。
うんうん。仲良しで宜しいね。
出発から2時間くらい経った頃。
今日はまだ魔物も襲って来ず、馬車は快調に今日の目的地・ファクトへと向かって走っている。
今日はなんだか平和だなー。
見張りの順番もまだなので、そんな事を思いつつボーッとしていると。
「ケースケ、ところで」
ふとアークが口を開いた。
「ん?」
「あなたの扱う魔法って、『ステータス強化』『ステータス弱体化』の魔法だけなの?」
「いや。僕の魔法の売りはやっぱり『ステータス強化』だ。だけど、他にも色々と使えるぞ」
「良かったら、見せてくれない?」
まぁ、色々と言っても少ないけどね。
とりあえず、僕の【演算魔法】を一通り披露してやるか。
アークも新たに仲間になった訳だしな。
「先生の使う魔法、すごくおもしろいんだよー!」
「へえ、コースがそう言うのなら期待できるわね」
先程シンと見張りを交代したコースが、僕のハードルを上げていく。
「い、いやいやっ……コース、そんな事言うなよ」
「えー、でも先生の魔法、スゴいじゃーん!」
「…………ま、まぁ。アーク、期待しないでくれ」
コースの掛けるプレッシャーに押し潰されそうなんだが、とりあえずアーク御所望の【演算魔法】、お見せしよう!
「そうだな、じゃあまずは…………【解析】!」
ピッ
そう唱え、軽い電子音と共に青透明なステータスプレートをアークの目の前に呼び出す。
「これって……わたしのステータスプレートね。【鑑定】を使ったの?」
「いや、僕は【鑑定】を使えない。けど、代わりにほぼ同じ効果のこの魔法があるんだ」
「へえ、便利ね」
これが有れば【鑑定】要らずだ。
しかも【解析】の方が【鑑定】より見れる項目が多い。上位互換だな。
「次は、ステータスの数字を足したり引いたり、掛けたり割ったりだな。アークにも昨日見せたし、コレは使わなくても良いよな」
「ええ。ATKとINTが4倍になった、あの魔法ね」
「それそれ。まぁ昨日は4倍だけだけど、他にも色々と種類があって、味方には【加法術Ⅲ】や【乗法術Ⅲ】、敵には【減法術Ⅰ】や【除法術Ⅰ】を使ってるよ」
「それらの魔法が『ステータス強化』と『ステータス弱体化』な訳ね」
「おぅ」
……そういえば、バフ魔法ばっかりスキルレベルが上がっちゃって、デバフ系統は未だ軒並みⅠだ。
もっと【減法術Ⅰ】【除法術Ⅰ】も使ってあげないとな。
さて、そんじゃお次は何にしようかな……
「じゃあ次は…………そうだ。コース、【水源Ⅵ】で水を出してくれないか?」
「はーい! 【水源Ⅵ】!」
コースがそう唱えると、僕の目の前にプカプカと空中に浮かぶ水の球が現れる。
「ありがとう、コース」
「うん! ところで、先生はコレを何に使うの?」
あぁ、そうか。コースも知らないんだったよな。
この魔法を知ってるのは、セットを狙撃した時に居合わせた可合と矢野口だけだ。
「まぁ見てな」
「うん!」
ワクワクの表情で僕を見つめるコースとアーク。
……そんなに見られると緊張しちゃうんだけど。
少し視線のプレッシャーを感じつつ、掌を水の球に触れる。
さて、やるか。
「【直線比例Ⅰ】・1!」
ビシューーッ!
そう唱えた直後、水の球から斜め上に水のレーザーが飛び出した。
「おお!」
「名付けて『水系統・演算複合魔法 水鉄砲』だ!」
「先生スゴーい!」
【直線比例Ⅰ】は、【状態操作】と併せて使う事で、光や水といった物体の『形を直線状』にできる。
今回は水をレーザー状にして、その傾きを『1』にしておいた。1m横に進んだら1m上に進む、っていう傾き具合だ。
水の球から勢い良く飛び出す細い水のレーザーは、空高くでスピードを失うと霧状のミストになっている。
「あ、みてみてアーク! 虹が出来てるよー!」
「本当だ。綺麗ね!」
そしてそこには虹が出来ていた。
一面緑色の草原、その上に広がる雲一つない青空、そしてそこに掛かる虹。
キレイな光景だ。スマホがあれば絶対撮ってたのにな。
やがて水の球はしぼんでいき、水の球が無くなると同時に水のレーザーも止まった。
「えー、先生あんな魔法も使えたんだねー!」
「ケースケ、やるじゃない」
「おぅ」
どうだアーク。
数学者、思ったほど悪くないだろ?
「【水線Ⅳ】! 私だって出来るよー!」
「コースも凄いわね。ケースケの時より大きい虹がかかってるわ」
そんな事を考えていたら、僕の隣でコースが水のレーザーを斜め上に放っていた。
本職が放つ水のレーザーは、水鉄砲の倍以上の太さだ。
水量も桁違いで、僕が作った虹とは比にならない大きさの虹が空に掛かっている。
…………おい、コース。
そんな事されちゃ、僕の【直線比例】が霞んでしまうんですけど。
「へっへーん! どうだ、先生ー!」
「……コースも凄いな。驚いたよ」
「でしょでしょー!」
……いや、そりゃ水系統魔術師には勝てませんよ。
視界の隅では、アークも苦笑いで僕達の会話を見ていた。




