2-1. 宿
城を出て皆と別れ、噴水のある大きな広場でひとり佇む。
……さて。
同級生達は皆、行くべき所へ行ってしまった。残された僕には、行くべき所も頼る人も居ない。
どうしようー……。
んー…………、まぁ良いや。とりあえずこの街を適当に歩こう。
初めての街なんかにビビってる位じゃ、魔王とか絶対相手に出来ないしな。
そう僕自身に言い聞かせつつ、城門前から大きな噴水のある広場を適当に歩く。
「……おっ」
噴水広場をブラブラ歩いていると、左の方に人がどんどん流れていく様子が見える。
よし、ちょっとあっちの方に行ってみるか。
人の流れに乗りつつ噴水広場を歩いていると、広場を出て大通りに入った。
左右には3階や4階建ての石造りの建物が立ち並んでいる。
「……へぇ、『東門通り』か」
左右の建物をキョロキョロしながら歩いていると、大通りの名前が書かれた看板を発見。
成程、『東門通り』か。……ってことは、この大通りをずぅっと行けば東門に――――
……ん? 日本語?
思わず、通り過ぎたの看板を振り返って確認。
……だが、見間違いじゃなかったようだ。
シッカリと日本語で『東門通り』って書いてあった。
……そういや、左右の建物に架けられた店の看板とかも日本語だな。
服屋に花屋、肉屋、薬屋……、目に入る文字は全く問題無く読める。
コレってもしかして【自動通訳】さんのお陰か?
『話す・聞く』だけじゃなく『見る』って所までサポートしてくれてるのかな。
……手厚いサービスだ。
ひょっとして、異世界には全然読めない文字で溢れてたり……なんて事も少し覚悟したけど、杞憂に終わってくれたようだ。
良かった良かった。
一安心したところで再び周りを見回してみると、道沿いの様々な店が目に映る。
色鮮やかな果物を置いている店。
新鮮な魚を並べ、大声で客寄せする店。
壁一面にズラーッと本を並べる店。
棚に所狭しと並べた、緑や赤の液体を詰めた瓶を売る店。
煙突からは煙を上げ、鎧や剣を売る店。
街には活気があり、見た感じ平和そのものだ。
店の方も、お客さんも、皆笑顔。
「本当に魔王が来るのかな……」
人類が滅ぶかもしれないって言われて召喚されたっていうのに、怯えたり怖がったりといった表情は全く見えない。
なんでだ? 怖くないのかな――――
その時。
『オメェの出来る事をやるしかねぇだろ?』
ふと、アキの言葉が頭に蘇る。
……そうか、そういう事か。
『魔王が攻めてくる』って言ってただ怯えてたって、何も進まない。
だから街の住民は、住民なりに出来る事を……普段通りの仕事をこなしてるのか。
って事は、この世界に『勇者』として召喚された僕も……僕も、僕なりに出来る事をやらなきゃ。
魔王からこの国を、この人達を……人類を救うんだ!
……それじゃあ、早速僕も僕の出来る事をしなきゃ。
今日すべき事は、まずなんと言っても『宿を取る』事だ。
出発1日目にして野宿とか絶対嫌だよ、僕は。
次に、こちらの世界に合う服を買う事。
今身に着けているのは、いつも家で来ている部屋着。……とはいえ、やっぱりこちらの世界じゃ目立つ。
……周囲の視線が痛い。
あ、あと、通貨の価値も調べとかなきゃ。
お金の無駄遣いは絶対にダメだ。一文無しになったら勇者生活が詰む。
……果たして、訳も分からずに貰った『金貨1枚』は日本円にして幾らなのでしょうか?
まぁ、そんな所かな。宿、服、金の3点だ。
装備はー……僕の職は『数学者』、非戦闘職だから要らないな。
あとは『収入』の面も考えないとな。いずれお金を稼ぐ為に働き口を探さなきゃいけないんだけど……、まだ良っか。しばらくはこの金貨で凌ごう。
という事で、まずは一番手の付けやすそうな『通貨の価値』からだ。
その辺にあった果物屋にちょっと失礼して、外から品物を覗いてみる。
「……リンゴ?」
目についたのは、見た目リンゴな赤くて丸い果物。箱に入って沢山売られている。
……なんか下膨れで違和感があるけど。
そのリンゴ 入りの箱に付けられた値札には、『銅10』の文字。
……銅貨10枚、か。多分。
日本だとリンゴ1個100円くらいだったからー……、この世界の銅貨は1枚で10円か。
なんだ、覚えやすいじゃんか。
日本の10円玉と同じく、銅貨は10円分。
つまり、銀貨1枚は銅貨100枚分なので……1000円か。
で、金貨1枚は銀貨100枚分なので………………1000を100倍するから……、10万円か?
……うん、そうだ。
只今の所持金、10万円。
日本に居た時の僕からすればとんだ大金だけど、大事に使わないと。
さて。
お金事情がなんとか分かったので、次は宿探しだ。
……なんか宿を探すのが面倒くさくなって『その辺にある宿で済ませようかな』とも思ったけど、流石にそれはやめた。
とりあえず稼ぎ口が決まるくらいまで、長く滞在するかもしれないしな。
慎重に決めよう。
そうだなー……宿探しの条件としてはー…………。
まず、アキのアドバイスにもあった通り『鍵』の存在は大事だ。
金貨1枚盗られるだけで、その瞬間僕はマジで詰んでしまう。
次に値段。長期滞在するほど、この条件が効いてくるからな。
あと他にはー……っとまだまだ条件は有るんだけど、残念ながら僕は贅沢の言える立場じゃないし。
強いて言えば、王城に近いことくらいかな。
色々失った代わりにゲットした『入場許可証』、せいぜい沢山使わせてもらおう。
「……よし」
どんな宿に泊まるか、頭の中で纏まった。
それじゃあ、宿探しだな。
この辺を適当にブラブラして、良さそうな宿を見つけよう。
「フゥー……」
横道からさっきの『東門通り』に戻ってきた。
ふと見上げれば、時計は14時を指している。
さて、宿探しをして得た情報はこんな感じだ。
相場は大体、1泊銀貨3枚。
『鍵付き』はオプションのようで、銅貨50くらい値が上がる。
朝食、夕食を出す宿は少ない。基本素泊まりだな。
宿探し中に偶々入った宿で、受付に座るふくよかな体型で優しそうなオバちゃんが教えてくれた情報だ。
……どうやら日本のホテルや旅館とは違って、王都では素泊まりがノーマルらしい。
人が沢山集まる王都では、それに合わせて飲食店も沢山出店している。早朝・深夜もやってる店もそれなりにあるらしいので、わざわざ宿で食事を出さなくても良いんだって。
まぁ、宿については粗方こんなモンだ。
で、宿探し中に何軒か『良いなー』って思った宿は有ったんだけど……。
そうだな、結局あそこにしよっと。
カランコロン
「いらっしゃい……――――あら」
という事で、僕は再びオバちゃんの宿へと戻ってきた。
宿の名前は『精霊の算盤亭』。
王城前の噴水広場から徒歩10分強、東門通りから一本曲がった広めの通り沿いにある宿だ。立地も悪くない。
「どうしたの?また聞きたい事でもあったかい?」
「いえ、しばらくここに泊まろうと思いまして」
「あら、それは嬉しいねぇ!」
先程と全く変わらぬ姿勢で受付に座るオバちゃんは、僕の顔を覚えていてくれたようだ。
「さっきも話したけど、ここは全室に鍵が掛かるから防犯の心配は要らないよ。で、一泊銀3の銅50だけど良いかい?」
「勿論です。じゃあ……とりあえず、3泊分でお願いします」
「分かったよ。料金は先に貰っといていいかい?」
今は軍資金がタンマリあるので問題ない。
えーっと、3泊で幾ら掛かるかな。
銀貨が3枚と銅貨が50枚の3倍だから……えぇっと…………
「大丈夫です。えーっと、3泊分で銅貨50枚と、銀貨が11枚……」
「あらあら、間違ってるよ。銀貨は10枚」
「あぁ、そうでした」
ヤベッ、間違えた。紙とペンが有ればまだしも、暗算は苦手なんだよな……。
小学校の時から、暗算する時にはいっつも間違いばかりだ。
そんな事を考えつつ金貨を渡し、お釣りを受け取る。
只今の所持金、銀貨89枚と銅貨50枚。
……なんだか急にズッシリとしたな。
「ありがとうございますオバちゃ……いや、女将さん」
慌てて言い直す。
……ヤバいヤバい、こんな優しくしてくれたのに『オバちゃん』とか言っちゃダメだろ僕!
「アッハハハハ、そんな気を使わなくていいのに。若い時は冒険者でブイブイやってたけどね、今じゃそれこそ宿のオバちゃんだよ」
「す、すみませんっ!」
「いいのいいの、好きな呼び方で呼んでね」
そう宿のオバちゃんは言ってくれた。
じゃあ、多少気が引けるけど……オバちゃんって呼ばせてもらおう。
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————そんな他愛のない2人の会話を、近くで耳にする男が居た。
宿のロビーに置いてあるベンチに座り、本を読むフリをする男性。
黒い帽子を被り、眼鏡を掛け、白いシャツを着た紳士。
「……フッ、あれ程の計算もロクにできないとは……。しかし好都合。良いカモが飛んで来ましたね」
そう呟くと、紳士は本を閉じて宿から出て行った。




