10-9. 適性Ⅱ
それから時は過ぎ、アークは17歳。
妹は2人とも風系統魔術師の職を授かり、更に実力を伸ばしていた。
しかし、アークの実力は未だに伸び悩んでいた。
魔物の狩りを何度も何度も行う事で槍を扱う技術や魔法の制御は身に付くのだが、なかなか攻撃力が足りない。
狩りの練習に出た時も、妹達は『また上達したな』『この調子で頑張れ』と褒めや励ましの言葉を受けるのに対して、アークは『もっと力を入れて!』『集中しろ!』と毎度毎度怒られるばっかりだった。
更に、実力の差は段々と日常生活にも影響を及ぼし始めた。
家族で居ても、仲間外れというよりは孤独。
【風系統魔法】で有名な家族の中に居る『風系統魔法を使えない娘』は次第に邪魔者のように扱われ。
しまいには、妹達からは見栄えだけで攻撃力が伴わない『見掛け倒し』だと陰でバカにされ。
「もう散々だった、あの生活…………。それで、わたしは3日前に家出した。目的も行く当ても無く、とりあえずあの家から少しでも遠くへと行きたかった。逃げたかった……」
それじゃあ、アークは旅をしてるって訳じゃなくて……家出だったのか!?
「特に荷物も持たず、行先も決めず、この服のまま、槍と食料を少し持って一人テイラーを出たの。だけど、その途中で食料も魔力も尽きた頃、草原のど真ん中でカーキウルフの群れに囲まれて……」
「そこで私達が助太刀に入った、という事ですね」
「そう」
成程な……
そして、今に至る、と。
色々と大変だったんだな。
今までのアークの苦労を知り、一瞬沈黙に包まれる僕達。
しんみりとした雰囲気になる。
「つまり、アークが『旅人にしては妙に身軽だった』理由、『出会ったときには体力も魔力も尽きていた』理由、それは家出をしていたからだったんですね」
「ええ。ろくに準備もせずにテイラーを出てしまったからね。今考えれば、ポケットに入るほどの携帯食料だけじゃ全然足りなかったわ」
……流石にそりゃそうだろ。
こんな空気の中でも、そう思ってしまった。
「アークは『適性の無さ』のために落ち零れちまった、って事だな」
「職にも恵まれなかったんだねー……」
「まあ、そうね」
うんうん、分かるよ。
職に見放されてしまうのって、大変だよね。
職のせいで独りボッチになっちゃうの、あるよね。
自然と、アークに対する同情の気持ちが込み上げてくる。
「ねーねー、アークのお悩み解決できないかな?」
「私も同感です」
「そうだな。俺らに出来ることがあれば言ってくれよ!」
おっ。
どうやら学生達も同じことを考えていたようだな。
同じ職に見放され、同じ独りボッチを味わい、そして同じ落ち零れた存在。
よし、そんじゃあ僕も出来る限りの事をやってあげよう。
「僕も。アーク、何か手伝えることがあれば言ってくれ」
「うん、ありがとう」
少し微笑んで、アークはそう言った。
「そんなら、アークの悩みってんのは……」
「『【風系統魔法】を使えるようになって、アークのことをバカにした妹達を見返してやりたい!』ってことー?」
「いえ、もう【風系統魔法】は諦めたわ」
そうか。諦めちゃったのか。
だけどまぁ……適性は努力で何とかなるモンじゃないし、仕方ないもんな。
「まあ、妹を見返してやりたい、とは思うけど」
……そこは諦めないのな。
「となると、現在のアークの悩みは――――
「『攻撃力の不足』、これがわたしの最大の課題。この壁を越えて、わたしはもっと強くなりたい」
そう真剣な目で、アークはそう言った。
「今の魔法戦士スタイルで更に強くなりたいのだけど、鍛えても鍛えてもステータスが伸びないの。もう、わたし一人じゃ打つ手が無くって……」
「成程」
「わたしは、しっくりくる今の戦い方で強くなりたい。それを叶えるためなら何でもする気でいるわ。この際、実家を、テイラーを捨ててもいい」
おぉ……。そこまで言うか。
アークの意志はかなり固そうだな。
さて、整理しよう。
アークの悩みとは『攻撃力の不足』。
子どもの頃からずっと付き纏ってきていたこの課題が壁になり、中々強くなれない。
どれだけ鍛えてもステータスが上昇してくれない。
で、そのせいで家族での居場所を失ってしまったと。
……フッフッフ。
アークよ。僕はそういう時の対処法を知っている。
この際、彼女の壁を超えさせてあげようじゃないか。
鍛えてもステータスが上がらない? 仕方ないさ、上がらないモンは上がらない。
そんなら、魔法でステータスを上書きしてやるまでだ。
まぁ、永続的なモンじゃない。時間制限こそあるけど、バカみたいなステータスを手に入れられるぞ。
「なぁ、つまりアークの悩みってのはATKとINTの低さって事だよな?」
「ええ。どれだけ鍛えてもほとんど上がらなくて……」
「じゃあ、ステータス強化魔法じゃダメなのか? 一時的なモンだけど、ステータスをグイッと上げられるじゃんか。それとも『鍛える事』に何かコダワリがあるのか?」
そこでシン、コース、ダンが『あっ』っというヒラメキの表情を見せる。
やっと気付いたか。
「いえ、拘りは無いわ。強くなれるのなら」
「オッケー。それじゃあステータス強化、アークに掛けてみっか」
そう言うと、3人も頷く。
……さて、4倍になった自分のステータスを見て、アークは何て言うだろうかな。
そんじゃあ、アークにステータス加算を掛け————
「……だけど、誰が掛けるの? この中に『強化魔術師』は居ないよね?」
「ん? あぁ、居ない」
「強化魔術師も居ないのに、わたしのステータスを伸ばせる強化魔法なんて使えるの? シンもダンも戦士だし、コースは水系統魔術師、ケースケに至っては……数学者だし…………」
おいおい!
何だよその言い方!?
僕が非戦闘職だからって……。
「数学者舐めんな」
もういい。
そんなこと言うんだったら、僕のステータス加算の強さを身を以って知れ。
「【乗法術Ⅲ】・ATK4、INT4」
いつもの呪文で、アークのATKとINTを、それぞれ4倍してやった。
聞き慣れたフレーズを聞いてシン、コース、ダンも微笑む。
これでもう、アークも攻撃力の低さに悩む事は無いんじゃないかな。
僕が魔法を使った直後、アークがピクッと動いた。
「んっ…………何、この感じは……」
そう言って、右手をグーパーするアーク。
よしよし、ステータス加算の効果は出てるようだな。
「……この身体の違和感、それに聞いた事の無い呪文。ケースケ、今のは一体どんな魔法なの?」
「ステータス強化魔法だよ。効果は……とりあえず、ステータスを見てみな」
口で説明するより、アークに自分で見てもらった方が早いだろう。
「……分かったわ。【状態確認】っ…………」
ピッ
アークの目の前に、青透明の板が現れる。
彼女の視線が、ステータスプレートの上から少しずつ下がっていく。
下がっていき、下がっていき――――
止まった。
ステータスプレートの下側、丁度ATKやINTの辺りでアークの目の動きが止まる。
「……ひ、100超え!? 何なの、これは!?」
「僕のステータス魔法だよ」
アークが目を見開き、差し迫った勢いで僕にそう言ってくる。
「……う、嘘よ! 数学者なのに……いや、強化魔術師でも100を超えることなんて有り得ない…………どうして?」
「だから、僕のステータス強化魔法だよ」
……アークが信じてくれない。
「これが本当に……あなたの魔法なの、ケースケ?」
「おぅ」
何回聞くんだよ。
「……ステータスプレートに『幻覚』を掛けていたりとか、してないよね?」
「その数字は本物です。今のアークのステータスは、アークが見た通りになっているハズです」
「ってゆーか、先生は『幻覚』の魔法とか出来ないよー」
シンとコースもフォローに入ってくれる。
……いや、フォローしてくれるのは嬉しいんだけどさ。
アークの言い方よ、言い方。まるで僕が『使えない人』みたいな感じに言わないでくれよ。
「……何かの呪いとかじゃ、無いよね……?」
「勿論」
……『呪い』って言われて『詛呪』の件を思い出す。
一瞬ドキッとしたけど、大丈夫だ。アークには-1倍を使ってないから問題ない。
再び、ステータスプレートに目を戻すアーク。
「これがケースケの魔法……」
「そう。ステータスを4倍まで上げられる」
「よ、4倍……」
おっ、信じてくれそうな雰囲気だ。
そんな時、シンとコースが最後の一押しに出る。
「先生の【演算魔法】は安全で、かつ規格外の強さなんです!」
「そーそー! アークの『ステータスが低い』っていうお悩みも、先生の【演算魔法】でイッパツ解消だよー!」
アークは、シンとコースの顔を見る。
そして目を瞑り、一つ頷いて、言った。
「……そうなのね、分かったわ」
「はぁ……。ケースケの【演算魔法】、こんな馬鹿みたいなステータス強化魔法があるなら、まるで今まで悩んでいたわたしが馬鹿みたいね」
改めてステータスプレートに目を向け、ちょっと自嘲気味に笑いながらそう言うアーク。
すると、アークはステータスプレートを閉じ、僕達の方を向いて言った。
「さっきも言ったけど、わたしは強くなるためなら何でもするわ。今は『目的の無い、独りぼっちの単なる家出』でも、強くなるためなら誰にでも付いて行くし、旅でも冒険でもするわ」
話が続くにつれて彼女の眼は段々と真剣なものになっていく。
「勿論、そのためなら何でもやるし、何処へでも行く。勿論、家族も捨てる覚悟も」
そして。
アークは、僕の眼を真っ直ぐ見て言った。
「ねえ、ケースケ。あなたと一緒なら、わたしも強くなれる、そう思うの。だから、わたしも一緒に……これから先、一緒に旅をさせてくれない?」
彼女の眼には迷いが無く、覚悟を決めたのが分かる。
職に恵まれず、落ち零れて家を飛び出し、家族すら捨てて僕達と旅をしたいと、アークはそう言った。その意志はきっと固いだろう。
僕の旅の目的である『魔王を倒す事』にも、アークならきっと付いてきてくれるんじゃないかな。
「結構キツイ冒険になるけど、それでも良いのか?」
「望むところよ」
その言葉、待ってたよ。
視界の隅では3つの頭がブンブン頷くのが見える。
まぁ、学生達の言いたい事は分かってるよ。
僕もアークを断る理由が無いし、仲間は多い方が良いしね。
「分かった。それじゃあ、宜しくな」
「……うん、宜しくね」
そして、アークは微笑んで僕にそう言った。
良かった。彼女の悩みは無事解決したようだな。




