10-7. 炎
さて、2度目の護衛だ!
さっきと同じように、僕達は馬車を囲むようにして立つ。
それと同時、カーキウルフが僕達を取り囲んで来る。
ウォン!
ウォンウォン!
「なあ先生。カーキウルフの数、また増えてねえか?」
「……確かに」
ダンの言う通り、今回のカーキウルフの群れはパッと見で40頭を超えている。
薄緑のリーダー格も4頭居るな。
「恐らく、テイラーから離れた事で魔除けの効果が薄くなっているのでしょう。あの風車が魔除けになっていたハズですから」
「へぇ、シンはよく知ってるのね」
成程ね。
……そんじゃあ、今後はもっと酷い襲撃に遭うって事か……。
まぁ、先の事は置いといて。
まずは今の事に集中しよう。
シンが腰から剣を抜き、コースが杖を取り出し、ダンが背中に背負った大盾を取り出し、アークが槍を構える。
……いや、アークも一緒に参戦しちゃって大丈夫かなー。
でもまぁ、昨晩は1人でカーキウルフを倒したって言ってたし、僕のステータス加算でDEFを4倍すれば怪我する事は無いだろう。
「敵が増えようと、私達がする事は同じ!」
「おぅ、馬車の護衛だ!」
「はーい!」
3人が声を出し、お互いを鼓舞する。
さすが、息の合う学生トリオだ。
「分かったわ。それじゃあ、私も……」
「うん! アークも一緒にガンバローッ!」
さて、それじゃあ今のうちに全員に【乗法術Ⅲ】を準備しますか。
「【乗法————
ボヮッ!!!
シンから順にステータス加算を掛けようとした、その時。
視界の隅から、突然赤い光が僕の目に飛び込んで来た。
ボウゥッ!
驚きで僕のステータス加算魔法は途切れてしまったが、そんなのも気にせず無意識にアークの方へと視界が動く。
そこには。
赤く燃える槍を構えた、アークが立っていた。
槍は十字形の穂から柄の先まで炎を纏っており、メラメラと燃えている。
赤い長髪は、槍の纏う炎と共に激しく靡いている。
服はボロボロのままだが、その手に持つ炎の槍がそのみすぼらしさを搔き消している。
「お陰様で体力も魔力も回復したし、わたしも役に立たせてもらうわ!」
そう言い、アークは槍をギュッと握って構え直した。
「おおぉぉぉぉーーーー!!」
「す、凄え…………」
「これがアークの戦い方……」
3人も、そう驚きの声を上げる。
そう。
アークは『槍術戦士』ではなく、『火系統魔術師』。
だけど、単なる火系統魔術師でもない。
アークの本当の姿は————
「魔法戦士…………」
「そう、これがわたしの戦い方!」
魔法と得物の両方を使いこなす、魔法剣士だ。
……うおぉー! 滅茶苦茶カッコいいじゃんか!
だが、炎に驚いたのは僕達だけじゃなかった。
僕達を取り囲むカーキウルフ達も、アークの槍から噴き出す炎に驚いていた。
脚が止まっちゃってる。
グルルルルルゥ…………
ウォンッ……
っというか、もうカーキウルフ達は『驚き』を超えて『怯え』になっちゃってるよ。
唸り声を上げたりウォンウォン鳴いたりしてる奴も居るけど、皆腰が引けちゃってる。
あらら、駄目だこりゃ。もう闘争心ゼロじゃんか。
ゥオオオオオォォォォォォン!!
しかし、ここで無慈悲にもリーダー格のウルフが遠吠え。
下っ端ウルフ達へ、『お前ら、早よ行けや』と言わんばかりの攻撃指令だ。
……あぁ、下っ端ウルフ達、哀れなり。
前面には炎の槍を構えるアークを始め、僕達が待ち構える。
後面には尻をひっぱたく群れの長が待ち構える。
まぁ、彼らが取る行動は『長に従う』事一択だよね。
……可哀想に。
って事で、僕達を取り囲んでいたカーキウルフ達は、遠吠えを受けて泣く泣く襲って来た。
アークの方へ。
……いやいやいや、なんで皆揃ってアークの方に行っちゃうのよ。
ウルフ達の狙いはMPポーションなんでしょ? それを狙ってこの馬車を襲撃したハズなのに、なんでアークに向かって行っちゃうのさ。
どうなってんだ一体。
カーキウルフには強い敵がいると闘いたくなる、みたいな本能でも備わってるのかな。
まぁ、そんな事は置いといて。
カーキウルフ達は嫌々ながらも牙を剥き、前脚の爪を立てる。
そのまま続々と地を蹴り、アークに向かって飛び掛かる。
「ふぅ……」
アークは動じる事なく、一つ深呼吸をして炎の槍を大きく振りかぶる。
そして。
「ハァァァァァッ!!」
ヴォッ!
勢い良く槍を振り抜いた。
振り抜かれる瞬間、槍からは一際大きな炎が立つ。
ギャンッ!
そのまま炎の槍は、跳躍したカーキウルフ達を薙ぎ払う。
空中にいるカーキウルフ達は避けることすらままならず、燃え盛る槍が顔面に、腹に、脚に直撃。
深緑色の体毛に茶黒く焦げた跡を残し、地面に次々と転げ落ちる。
クゥン……
アークの攻撃で受けた火傷は致命傷にはならなかったようで、ウルフ達はすぐさま自力で立ち上がる。
が、弱々しい鳴き声を上げて完全に逃げ腰モードだ。
飛び掛かろうとしていた残りのウルフ達も、その光景を見て脚が竦んでしまっている。
リーダー格のウルフも、4頭揃ってお口がポッカリだ。
「……まだやるの?」
そんな所に掛かる、アークの凍えるような一言。
アークの女子にしては低めな声も伴って、ウルフ達に一層恐怖感をを引き立たせる。
ウルフ達が皆恐怖に固まる。
……しかし、リーダー格のウルフだけは違った。
グルゥゥッ……ウォンウォン!
リーダー格は少し間をとった後、二つ吠えた。
「コース、ダン、攻撃に備えて下さい————
「いえ、大丈夫よ」
シンがそう促して身構えるが、アークがそれを止める。
「で、ですがアーク……」
「奴らはもう来ないわ」
アークがそう言った直後。
カーキウルフ達は、僕達に背を向けて駆け出した。
まるでアークの言葉を聞いていたかのように。
「おいおい……一人であの数を撃退しちまった…………」
「……マジかい」
草原へと駆けていくカーキウルフの群れを見送りながら、ダンと僕がそう呟く。
「…………ふぅ……」
アークがそう溜息をつくと、手に持つ槍から炎がフッと消える。
「……あ、アーク…………凄いです!」
「アーク、カッコ良かったよーっ!!」
「凄えな、アーク!」
「……あ、ありがとう」
学生達がそう言うと、アークは振り向いて恥ずかしげにそう言った。
そんな感じで、二度目の襲撃は『真っ赤に燃え盛る炎の槍』と『氷のように冷たい一言』によってアークが1人で撃退してしまった。




