10-5. 少女Ⅱ
なんとかカーキウルフ達の襲撃から、ギリギリで助けられた女の子。
その子と一緒に、シン、コース、ダン、それと僕の5人は街道上に停車するシーカントさんの馬車に向かって草原を走っていた。
学生3人はすっかり彼女と一緒に行く気になってるけど、飽くまでシーカントさんが『馬車に乗せて良い』って許可を出してくれればの話なんだぞ。
そもそも、彼女は『部外者』なんだし。旅の途中でたまたま出会っただけの人だ。
一期一会とは言えど、シーカントさんも商売。『良い』と言うか、『ダメ』と言うかは僕には分からない。
……でもまぁ、あんな見た目ヤクザなシーカントさんが実は優しいのを僕は知っている。
彼女を見捨てるような事はしないと思う。
それに、馬車の荷台に用意されている座席数は確か5人。僕、シン、コース、ダンが座っても彼女の分は空いてるんだし、シーカントさんに迷惑を掛ける事は無いだろう。
「あれあれ、アレが私たちと一緒に王都に向かってるシーカントさんの馬車だよー!」
草原の中に佇む馬車が段々大きく見えてきた。
その御者席には、相変わらず黒スーツに身を包み、サングラスを掛けた厳つい男、シーカントさんが座っている。
さて、シーカントさんは何て言うんだろうか……。
「シーカントさん、ただいまー!」
「すみません、僕達の勝手なお願いでわざわざ馬車を停めてもらっちゃって……」
「護衛依頼も放り置いてしまい、申し訳ありません……」
「構わぬ。事実、若干の襲撃ならば手前一人であれど撃退は可能」
街道上に停めてある馬車に戻ってきた。
シーカントさんは僕達が馬車を降りた時と全く同じ姿勢で待っててくれたようだ。
……ごめんなさい。
依頼人を放っていくなんて、やっぱり僕達『使えない』方の護衛だったかもしれない。
テイラーの出発前に『使える冒険者』アピールしておきながら、その数時間後にこんな事をしちゃうなんて。
罪悪感に駆られる。
「しかし、此処より貴方々の活躍を確と見た。先程のカーキウルフの撃退に同じく、貴方々は素晴らしき腕の持ち主」
シーカントさんの話は続く。
「更に、彼処まで遠き所にて助けを求める者、普通ならば単に気付かぬか、気付けど『もう間に合わぬ』と無視。敢えて助けに向かった貴方々は、若くして良き冒険者だ」
「……そう、ですかね」
「左様」
シーカントさんからのお褒めの言葉だ。
……そう言ってくれると、少しは気が楽になるよ。
「ときに、その赤髪の少女が件の『カーキウルフに襲われて居る』と仰っていた人か?」
「はい、そうです。テイラーから一人で歩き旅をしているようで、カーキウルフに襲われるところを僕達がギリギリなんとか、って感じですね」
「で、この姉さんも一人で王都を目指してるようでな」
「シーカントさん、このお姉さんも一緒に馬車に乗させてくれませんか?」
……あ、もう本題行っちゃうのね。
結構展開が速いのな。
「私達は単なる護衛の冒険者でありながら、こんなお願いをして不躾であるのは承知です。ですが、こんなボロボロな女性を草原に放り置くのは心が痛みます」
シンがそうシーカントさんに告げると、彼の表情が段々と厳しいものになっていく。
……やっぱり、マズいのかな。
「……僕も、今日初めて会った赤の他人であるとはいえ、こんな姿です。王都までは駄目でも、せめて今日のリーゼ村まででも……。シーカントさん、初日から僕達の我儘に散々付き合わせてしまって大変申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いしますっ!」
「「「お願いします!」」」
「(…………お、お願いします)」
僕も精一杯のお願いをし、4人で頭を下げる。
横目で、女の子も頭を下げるのが見えた。
……シーカントさん、頼むっ! 『良いよ』って言ってくれ!
暫しの沈黙が続く。
シーカントさんは口を開く様子が無い。
……怒ってるのかな。
まぁ、そりゃそうだ。怒らない訳がない。
速達馬車をわざわざ停めてもらい、護衛がどこかへ行ってしまい、更にその護衛が『見知らぬ女の子を乗せて欲しい』とか言ってるのだ。
しかし、十数秒の沈黙の後、シーカントさんは口を開いた。
「貴方々、頭を御上げ願おう」
5人揃って、黙って頭を上げる。
「赤髪の少女」
「……はい」
イカつい上に厳しい表情のシーカントさんに少しタジロぐ、女の子。
「貴女はテイラーから来た、と仰っていたな」
「……ええ、そうよ」
「…………」
再び、沈黙が続く。
シーカントさん、何か考えてるんだろうか。
その後少し間を置くと、シーカントさんが大きく一つ頷いて、再び口を開いた。
「少女、名前を御聞かせ願おう」
……あぁっ、そう言えば名前聞き忘れてた。
女の子は真っ直ぐシーカントさんを見て、答えた。
「アークよ」
そう言い、女の子・アークは丁寧にお辞儀をした。
それを聞いた瞬間、シーカントさんの表情が急に変わった。
「あ、アーク…………!?」
そう一言を残し、そのままフリーズしてしまった。
今までの厳しかった表情は、口がパックリと開いた驚きのものになる。サングラスしてるから分からないけど、多分目も見開いてるだろう。
「(その赤い……『アーク』という名……テイラーから一人……まさかその娘は……されど槍を…………)」
まるで全身が凍ってしまったように動かないのだが、口から何かブツブツ呟いてる。
……まるで腹話術だ。あの腹話術のプロ並みに上手い。
いやいや、そんな事は置いといて。
「……し、シーカントさん!?」
「どうしたんだ、大丈夫か!?」
「………………し、失敬。少々の思案である故、心配御無用」
そっか。考え込んでたのか。
何だろう? シーカントさん、アークと知り合いなのかな。どっかで会った事でもあるんだろうか。
そう僕達に返すと、アークを見て答えた。
「アーク様。先程の返答だが、本来『第三者を馬車に乗せる事』は商会で固く禁止されているが………………」
「「「「「いるが……」」」」」
5人でゴクリ唾をのみ、返答を待つ。
返事は直ぐに返ってきた。
「……アーク様、乗車を許可しよう。……否、どうぞ御乗車願う」
良しっ! さすがシーカントさんだ!
自然と顔に笑みがこぼれる。
「ヤッター!」
「ありがとうございます!」
「その言葉が聞きたかったぜ!」
3人も凄い喜びようだ。
だけど、なんでシーカントさんは『乗車を許可しよう』からわざわざ『御乗車願う』って敬語に言い換えたんだろうか。
なんだろう、シーカントさんの取引先の娘がアークだった、とかそういう感じなんだろうか?
……まぁいいや。分からない事は放っておこう。
後で聞けば良いし。
頭の片隅に投げ捨てといてっと。
「ケースケ様」
そんな事を考えていると、シーカントさんが僕に話しかけてくる。
……なんだろう、お叱りかな。護衛のくせに生意気だとか言われるのかな……。
「あ、はい。何でしょうか……」
「此れは手前の推測に過ぎぬ故、明言に非ず。しかし、ともすれば貴方々は物凄い人を救ったかも知れぬ」
「え……アークが、って事ですか?」
「左様」
そう言って、シーカントさんはまた戻って行ってしまった。
……え、ちょちょ、何今の意味深な発表は。
アークが、物凄い人?
こんな全身ボロボロの槍使いの女の子が、実は凄い人だったって事?
えー……、アークって一体何者なんだよ……。
そんな事を考えていると、そのアークがシーカントさんに歩み寄っていく。
「……ありがとう。宜しくお願いするわ」
「此方こそ宜しく願おう。手前は王都の『ディバイズ商会』所属の商人、シーカントと申す」
「改めて、アークよ」
そう言って、2人は握手を交わした。
……アークは腰が引けてるけどな。
やっぱり怖いよね、あの見た目ヤクザ感は。




