10-4. 少女Ⅰ
√√√√√√√√√√
風の街・テイラーと王都を結ぶ、西街道。
その街道の、テイラーから徒歩3日のあたり。
街道を外れて草原に入り、結構進んだ先に、その少女は一人立っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、…………」
高校生ほどの歳で、身長も少し高めなその少女。
だが、手に持つ槍は、元の銀色がくすんでおり。
着ている服は、汚れと破れでボロボロになり。
色白で端正な顔や腕は、返り血や土で汚れており。
燃えるように鮮やかな赤色の長髪は、ボサボサに乱れていた。
「このままじゃ…………」
だが、少女はいま『一人』であって『独り』ではない。
草原に立つ彼女の周りをを取り囲むのは、10頭ほどのカーキウルフの群れ。
そのうち1頭は、薄緑色の体毛をもつ大柄な個体。
「…………やっぱりわたしは……」
息も切れ切れでボロボロの少女は独り槍を構える。
が、もはや戦える姿ではない。
それを見たカーキウルフは、ギラギラと獲物を狙うような目で少女を睨みつつ、群れの長の合図を待つ。
「わたしは…………やっぱりダメなのかな…………」
少女は半ば悲しげに、また半ば自嘲するように、そう独り言を呟く。
それを聞き終えるかのようにして薄緑のウルフが脚をグッと踏ん張り、空を見上げ――――
ゥオオオオォォォォォォォン!!!
遠吠えをした。
攻撃の合図。
それと同時、全てのウルフが一斉に少女へと跳びかかって来る。
「ぅぅっ……誰かッ…………!!!」
ウルフのプレッシャーに負けた少女は、槍をギュッと握って蹲り、目を瞑った。
ウルフ達が、その爪が、牙が、今まさに地に蹲る少女を捕えようとしていた時――――
∋∋∋∋∋∋∋∋∋∋
「【強斬Ⅴ】!」
「【水線Ⅳ】ー!」
「【硬叩Ⅴ】ッ!」
「【加法術Ⅲ】・ATK30!」
シンが剣を横一文字に薙ぎ、ウルフ3頭を一気に斬り伏せる。
コースが水の直線を放ち、ウルフ3頭の胴体に真っ直ぐトンネルを開通させる。
ダンが大盾で突進し、その勢いのままウルフ3頭を纏めて叩き飛ばす。
そして僕が右手に握る冒険者のナイフで、薄緑ウルフの首元になんとか突き立てる。
全身ボロボロの女の子を襲わんとしていた全てのウルフは、その爪を、牙を、彼女に届ける事なく地に伏した。
「フゥー、間に合ったー! ギリギリセーッフ!」
「危ない所でしたね」
「ダン、良く気づいたな。ナイスだ」
「おう、先生! 視力には自信があるからな!」
女の子は、しゃがんだまま瞑った目をゆっくり開く。
そのまま、『訳が分からない』と言わんばかりの勢いで周りをグルグルと見回す。
「…………え?」
でもまぁ、そりゃそうなるよね。
彼女自身は無傷な訳だし。
今まで彼女を襲おうとしていたカーキウルフは、何故か皆倒れているし。
地に倒れるウルフ達の中に、見知らぬ誰かが立ってる訳だし。
「大丈夫ですか、お姉さん?」
「…………ぇ、え?」
そして、見知らぬ童顔剣士が話しかけてくるんだし。
その後もしばらく、女の子は動揺していた。
「……大丈夫ですか?」
「…………ええ、落ち着いたわ。助けてくれてありがとう、体力も魔力も切れ切れで、本当に危ない所だったわ」
その後少し時間をおき、彼女を落ち着かせた。
周りの状況を見て、何が起こったかも察したようだし。
すると彼女は深呼吸してこちらを見つめ、冷静にそう話す。
彼女の声は透き通っていつつも女子にしては少し低めで、『淡々と』というイメージが合う。
「いえいえ」
「どういたしましてー!」
「死ぬかと……いや、もう死んだと思ったわ。あなた達が居なければ、今頃……」
あるある。そういう状況、あるよねー。
カーキウルフの襲撃からシン達に助けて貰った時には、僕もリアルに『終わったーっ!』って思ったよ。
「大丈夫、僕もそういう時あったし」
「そーそー。 生きてれば、危ない瞬間のヒトツやフタツあるモンだしねー!」
「まぁ、俺らは当然の事をしただけだ。『冒険者なら困った時は助け合い』って言うしな」
「……そ、そうね」
そんな感じで軽く会話を交わしていると、女の子の服が妙にボロボロになっているのに気づく。
「ところで、服がすっごいボロボロだけど、何かあったのか?」
「それに、歩き旅にしては装備が少し身軽過ぎな気もしますが……」
「姉さんの槍も、結構良いモンの割には手入れが行き届いて無えな。どうかしたのか?」
確かに。
服がボロボロだってのは見て分かるが、言われてみるとリュックが小さい。テントセットを入れたらパンパンになっちゃうぞ、あの大きさじゃ。
女の子が手に持つ槍の穂先には十字形の刃がついており、決して安くない装備である事が分かる。なのに汚れでくすんじゃってる。
「え、えぇと…………それは……」
「分かったー! 盗賊に遭ったんでしょ! だから荷物も盗られちゃってボロボロなんだねー!」
「それは大変じゃないですか!」
「でも大丈夫だ。もう俺らが付いてるからな」
「え、いや……そういう訳じゃ…………」
おいおい、お前ら。
なんだか話が変な方向に行ってるぞ。
女の子も戸惑ってるし。
……っていうか、話の展開が速くてついて行けない。
「そういえば、旅のお仲間は居ないのですか?」
「ええ、まあ。一人旅よ」
「はぐれてしまった、とかではなく?」
「そう。テイラーから私一人で」
「テイラーからか! そんなら、姉さんも王都を目指してるのか?」
「んんー……ま、まぁ、そんな感じね」
「それじゃあ、お姉さんも一緒に行こーよ! 私たちも王都に向かってるところだもんねー!」
「一人じゃ寂しいだろ? 俺らと馬車に乗って行こうぜ!」
「先生、お姉さんも一緒に連れて行って良いですよね?」
……ちょい待てーい!
「おいおいお前ら、勝手に他人の馬車にご案内すんな! 僕達は今護衛依頼の任務中なんだ。僕に許可を求められても、シーカントさんが許してくれるか分からないじゃんか!」
「あ……そうでした」
「忘れてたぜ……」
「でもさ、先生はこんなお姉さんを置いて行くって言うのー……?」
コースが下から目線でそう言われる。
改めて女の子を見る。
見た感じ、年は僕と同じ、高校生くらい。
真っ赤な長髪で瞳も赤みがかった黒。
身長も、僕より少し高いくらいだ。
だが、服はボロボロで汚れており、得物の槍にも汚れや傷が目立つ。
さっきも言ってたけど、体力も魔力も限界らしいし。
………………あー、クソッ!
こんな女の子を一人草原のド真ん中に置いて行けるかよ!
折角ギリギリのところで助けられた命を、結局放り置くとか無理だ。
ましてや、そんなんで結局死なれちゃったりとか、もっと嫌だ。
「…………しょうがないな。そんじゃあ、馬車に戻ってシーカントさんにお願いしてみるか。僕も一緒にお願いするから」
「ヤッター! 先生、ありがとー!」
「先生、ありがとうございます!」
「さすが先生だ!」
「…………あ、ありがとう」
「でも、飽くまで許可を出すのは依頼人だからな。全力でお願いするけど、依頼人がダメって言ったときは――――
「大丈夫、そこはちゃんと覚悟してるわ」
「お、おぅ」
おぉ。
肝が据わってるじゃんか。
「さて、それじゃあ急いで馬車に戻るぞ! 速達馬車なんだし、そう長く護衛依頼を放っぽいてシーカントさんを一人にする訳には行かないしな!」
「「「はい!」」」
シン、コース、ダンの元気の良い返事。
「……はいっ」
そんな3人に合わせた、女の子の控えめな返事も……なんだか可愛いかった。




