10-3. 悪魔
テイラーから王都へと向かう、僕、シン、コース、ダン、それとシーカントさんの馬車5人旅は続く。
時刻は朝10時半。
太陽も頭の上に昇り、馬車の上で受ける風も段々と暖かくなってきた。
地形は多少の起伏がつくようになり、街道にも僅かながらアップダウンが現れ始めた。
街道の左右には幾らか木も生えるようになり、ちょっとした林みたいになっている所も見える。
相変わらず街道には人が殆ど居ないが、時々冒険者のグループとすれ違う。
王都から徒歩で10日の行程をこなしてきたであろう冒険者達の顔には、溜まり続けた疲労感と目的地まであと少しという希望の表情が同時に浮かんでいた。
「あ、あそこ! 焚き火の跡があるよ!」
「この辺多いな。もう3つ目だぞ」
「恐らく、この辺りがテイラーから徒歩1日で辿り着く距離なんですかね」
街道の際には、草がハゲて炭が残された場所が点在している。
冒険者がそこで野宿をし、焚き火で暖をとっていた跡なんだろうな。
「テイラーに来る時は、私達もあんな感じだったんですね」
「みんなでテントで寝るの、楽しかったねー!」
「そうだな」
町と町の間、西街道で夜を明かす時には僕たちもテントセットを出して寝ていた。
現代日本じゃあまり見られない、焚き火も体験した。
そう考えると、今じゃ徒歩10日は過酷だったけど結構楽しかったな。
いい思い出の一つだ。
「ねーねー、またテントで野宿やろうよー! 久しぶりにー!」
「俺らが先生と出会う前は、毎日テント暮らしだったじゃねえか」
「それにコースは『もう野宿ヤダー! 宿に泊まりたいー!』としばしば言ってましたね」
「……えー、言ったけどさー……あの時はあの時! 今は今なのー!」
そうかい。
『便利な暮らし』に慣れちゃうと『不便な暮らしに憧れる』っての、あるあるだよね。
まぁ、僕はテント生活も割と楽しいと思う。
キャンプみたいな感じで悪くないから、またやっても良いな。
「まぁ、また機会があったら歩き旅しよっか、コース」
「うん、先生!」
あれだけ歩き旅はコリゴリだと思っていた僕だけど、改めて考えるとそう悪くもないかもね。
まぁ、また今度って事にしといて、今は馬車旅を楽しみますか。
「あー、やっぱり早いねー!」
「コレなら一瞬で王都に着いちまいそうだな!」
「いやいや。そんな事はありませんよ、ダン」
「いや、そんな事は分かってるけどよお……タトエだよ、タトエ! シン、お前は真面目か!」
その通り。
シンは真面目です。
「ねーねーシン。そういえば、王都まで何日で着くんだっけ?」
「4日ですよ、コース」
「あれ、そーだったっけ? もっと短いかなって思ってたんだけどー……」
「『速達』馬車でこそあれど『夜行馬車』にあらぬ故、夜通し街道を駆ける訳では無い。4日こそが、無理せぬ範囲にて最速」
「成程」
コースとシンの会話に反応し、御者席からシーカントさんが教えてくれた。
まぁ、確かにどれだけ急ぎの用事でも休憩は必要。無理は禁物だ。
食事や睡眠の時には、やっぱり馬車を降りてのんびり羽を休めたいし。
馬車を引く馬だって同じように休憩は必要だろうしね。
「それじゃあ、今日はドコまで行く予定なのー?」
「そう言えば、貴方々には本運搬の行程を伝え損ねていた。失敬、今頃ではあるが今後の予定をお伝え致そう」
おぉ。
僕もさっき『どういう予定なんだろう?』って思ってたんだけど、聞き忘れてた。
ナイス質問だ、コース。
「行程は至って単純、1日ごとに街道上の町村を1箇所ずつ進行。本日中にリーゼの村に到達、明日にファクトの町、明後日はプリムの村、そして明々後日に王都に到着」
成程。
僕でもすんなり分かった。
シンプルでよろしい予定だね。
「って事は、俺らは毎晩どこかしらの町やら村に泊まるって事だな?」
「左様」
護衛任務中も毎晩フカフカベッドに有り付けるんだな!
この依頼、やる事ちゃんとやれば『歩き旅』のみならず『テント泊』も回避できるとは。
もう最高の移動手段じゃんか。
いや、テント泊も良いとは思うけどさ……やっぱりテントの中で毛布一枚だけだと地面が固くてなかなか寝付けないんだよね。
さっきコースに『また歩き旅しよっか』とは言ったものの、やっぱりキツい物はキツいのだ。
「フカフカベッド、やっぱ良いよな」
「……先生は本当にベッドが好きですね」
「おぅ」
勿論。
あいにく数原家はそう裕福ではないので、僕はこの世界に来るまであんなフカフカなベッドで寝た事は無かった。
というか、この世界に来てからフカフカじゃないベッドを見た事が無い。
僕の身体をあのフカフカに受け止めて貰う瞬間、アレが良いんだよなー。
『今日も1日頑張ったー!』みたいな?
シンに呆れられたような表情で見つめられながら、頭の中でフカフカベッドにダイブする想像を膨らませていた。
さて、その後僕達は街道の側に馬車を停めてお昼タイムにした。
皆馬車から降り、周囲を気にしつつ草原に腰を下ろして昼食を楽しんだ。
馬車を引く馬達は、新鮮な草を食べる。
もうだいぶ食べ慣れた缶詰を開けて食べる。
そしてシーカントさんは…………カゴに入ったサンドイッチを食べていた。
長身でガッシリ体格、サングラスを掛けてムッとした口元、もうヤクザかSPにしか見えない、あのシーカントさんが。
サンドイッチを食べていたのだ。
……見た目に反して、なんだか可愛いかった。
ってな訳で、お昼を食べ終わると再び馬車に乗って出発した。
栄養を補給し、休息を挟んだ馬は午後も元気に馬車をガタガタと引いてくれている。
のだが。
僕はひとり、荷台の上で見えざる悪魔と闘っていた。
そこそこ美味しかったお昼ご飯、気持ちの良い陽光、そして車輪から伝わる振動。
この三要素が揃ってしまった時に突如召喚される、悪魔。
その名も『睡魔』。
僕はコイツと死闘を繰り広げていた。
高校の昼休み明け5限にもしばしば現れるこの強敵との戦績は、ダントツで負け越し。
打ち勝った事なんて、5限が体育の授業だった日くらいだ。
だが、今日はコイツに負ける訳にはいかない。
僕達が馬車に乗っているのは飽くまで『護衛』のため、居眠りなんかしたらそれこそ職務怠慢だ。
シーカントさんに顔を上げられなくなる。
寝ちゃいけないのは分かってる。
分かってる……んだけど、さ……。
クソッ……、やっぱり、眠いモンは眠い。
……目は開けているんだけど、目から情報が入って来ない。
……というか、瞼が重い……。
……ぅああぁぁ、寝ちゃダメだ……、寝ちゃ————
「なぁ先生」
「……ん、寝てないよ」
ダンに呼ばれるのと同時、全身にビリっと電気が走るような感覚。
一瞬で目が覚める。
危うく、眠りについてしまうところだった。
寝ぼけた頭を必死に回して『起きてたアピール』を一言してみたけど、なんとか誤魔化せたかな……。
「ん? そ、そうか……」
ダンに苦笑いされた。
……クソッ、やっぱりバレたか。
「それよりアレを見てくれよ、アレを」
「ん?」
寝ぼけた目をこすり、ダンが指差した先を見ると。
「……カーキウルフ? の群れだな」
「ああ。カーキウルフがあそこで群がってんだけどよお……」
「ん? 何かあるのか、ダン?」
「よーく見ると、あの群れの中に……人が…………」
ダンに言われ、カーキウルフの群れに目を凝らす。
「……あ、本当だ。 しかも一人じゃんか!」
「だろ? アレはちょっと危険じゃねえか? 助けに行かねえと――――
「だけどあの距離だぞ、ダン。僕達がここから間に合うか?」
カーキウルフの襲撃を受けている人が居るのは、僕が目を凝らしてやっとの所だ。
僕達がここから向かっても、果たして助太刀に入れるかどうかだ。
もし、辿り着いた時には時既に遅く、なんて事になったりしたら――――
「いや、行くしかねえだろ! 先生はアイツを見捨てるのか!?」
「い、いや…………」
ふと、僕がカーキウルフに襲われた時の事を思い出す。
……彼らが僕を助けてくれなきゃ、多分今の僕は居ない。
「……よし、行こう。ダン!」
「おう、先生! シン、コースも行くぞ!」
「「はい!」」
僕だって助けられた身なのだ。そう考えれば、行くしかないじゃんか!
あんな遠くで事は起こっているが、間に合わせてあの人を助ける。
間に合わなきゃ、その時はその時。
僕は、今僕が出来る事をやる。
覚悟は決まった。
「シーカントさん、突然で申し訳ないんですけど、馬車を停めて頂けませんか?」




