10-1. 苗字
「では、発車致す!」
シーカントさんの掛け声と共に、馬車は動き出した。
馬車はゆっくりと動き出し、王都へ向かう街道の往来に混ざる。
「「「「おぉぉ!」」」」
僕も学生達も初めての馬車に、興奮の声が漏れる。
ガタガタという軽い振動。
歩きもしないのにゆっくりと流れていく風景。
馬車のすぐ傍を談笑しつつ歩く冒険者のグループ。
馬車に乗りながらも感じる、草原の風。
日本では車や電車、バスに乗る事なんてごく普通だったけど、そんなのとは全く違う新鮮さ。
自然と興奮を覚える。
時間を置かずして馬車は東門を抜け、王都へと繋がる西街道に入った。
人の流れも落ち着いた所で、御者席からシーカントさんが声を掛けてきた。
「速度を上げる。確と馬車に掴まられよ」
それに従い、僕達は荷台の囲いに掴まる。
その直後、シーカントさんが手綱を操る。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「キャーーーッ!」
「…………ッッ!!」
速度はグングン上がり、街道の歩行者や馬車をどんどん追い抜いていく。
僕の隣にはジェットコースターよろしく叫び声をあげるダンとコース。
ちなみに、その隣のシンは目を見開き、グッと歯を食いしばっている。
……あ、シンはジェットコースター苦手系な子なのな。
「シン怖いのー?」
「…………」
コースの問いかけに、黙ってブンブンと頷くシン。
「良いじゃねえか! こんなスピード、初めてだ!」
「うんうん、すっごい楽しーい! 先生も楽しいよねー?」
「ん? あ、あぁ。そうだな」
勿論、歩きより馬車の方が快適だ。
車輪から伝わるガタガタは物凄いけど、それでもスピードは徒歩の比にならない。
とは言っても、日本の路線バスと同じかどうかぐらいの速さだけどね。
……でもやっぱり、『新幹線』くらいの速さに恋しくなってしまうよなー。
あの速さがあれば、テイラーと王都なんて一日足らずで着いちゃうんじゃないかな。
……まぁ、無い物を言っても仕方ないのでこれくらいにしとこう。
ふと、後ろを振り向く。
「おぉ、もうこんな遠くに」
ついさっきまで僕達が居たテイラーの風景がどんどん遠くなっていく。
東門では見えていたテイラー市街地の建物は、もうここからじゃ見えない。
「ホントだー! あんな大きかった風車がもうチッポケー!」
「さすが馬車、凄えな!」
コースとダンも僕につられて振り返る。
そんな時。
「うわっ、帽子!」
水色のとんがり帽子が空中に――――
「ぃよっと」
「おぉ! ダン、ナイスキャッチ!」
ダンが帽子をコースに手渡す。
「気をつけろよ」
「うん、ありがとー!」
まぁ、そんな感じで僕達の馬車は王都へと向けて西街道を走っていった。
ちなみにシンはずっと黙ったままだった。
ある程度テイラーから走ったところで、御者席から声を掛けられた。
「所で、コース様は苗字を『ヨーグェン』と仰っていたな」
「うん、そうだよー」
「シン様の苗字は『セイグェン』であったな」
「…………」
あぁ、駄目だ。
シンは未だにフリーズ中だった。
「あ、あぁ。シンの苗字はセイグェンだぞ」
「という事は、貴方々は北部の山岳地帯から来られた冒険者か?」
「うん! よく分かったねー!」
へー。
苗字から故郷が割り出せるんだ。
長野さんとか福島さんとか秋田さんとか、そういう感じかな。
「なぁダン、苗字から故郷が分かるモンなのか?」
「あぁ。故郷が王国の東西南北のどの辺か、くらいなら分かるぞ」
「シン様およびコース様の苗字に含まれる『グェン』は『急峻な』という意味。険しい山の連なる王国北部を連想するのは容易である故に」
「へぇー、成程」
「シーカントさん、良く気付いたねー!」
「お褒めに預かり光栄」
なんでだろう。
荷台からじゃシーカントさんのスーツを着た背中しか見えないのに、絶対ドヤ顔をしているのが分かる。
……あんな怖い印象だったけど、そんなシーカントさんも褒められると嬉しいんだね。
「あぁ、だけど先生だけは北部出身じゃないんだよー」
「……何ッ!」
そうなんです。実は僕だけ『トリグ村』出身じゃないんです。
コースがそんな爆弾発言を放った瞬間、シーカントさんが目に見えて動揺。
未だに彼の背中しか見えないが、明らかにドヤ・オーラが掻き消えたのが分かった。
「ケースケ様の苗字は…………失敬、改めて苗字を御聞かせ願えるか?」
「数原です」
「カズハラ………………手前の長き商人経験の中に一度と無き苗字。初耳だ」
でしょうね。
多分、『数原』だけじゃルーツがドコか分かんないし。
せいぜい、日本語だから日本国内、ってことぐらい?
「それではシーカントさん、先生の故郷はドコでしょーか?」
「ムッ……」
あらら。
コースがクイズを始めてしまった。
「……王国北部に非ず、また耳や瞳、髪等の身体的特徴からもエルフではなく、故に王国南部にも非ず。ならば選択肢は西部又は東部……」
御者席で馬を操りつつ、そうブツブツ呟くシーカントさん。
そして、答えを出した。
「ケースケ様は王国東部出身か?」
「ブーッ!」
コースが手でバッテンを作り、そう言う。
……まぁ、シーカントさんは御者席から前を見てるので、そのバッテンは見えてないけど。
「…………ならば、王国西部か?」
「ブーーッ!」
ダンとコースがお互いにニヤニヤする。
……あっ。
コイツら、シーカントさんで遊んでやがるな。
この問題の答えは『日本』。
勿論県名や市名で答えてくれても良いし、この際『地球』って言ってくれても正解にするよ。
……けどさ。
異世界に召喚させられて、そこで『日本』なんて答えが出てくる訳ないじゃん。
今のコースとダンは、まるで『答えの無い問題』を突き付けてカラカう小学生だ。
……そしてシーカントさんは、正にそれに嵌まっている所だった。
「……東部でも西部でも無し。ならば王都出身か?」
「ブッブーーッ!」
「……となれば、残る選択肢は一つ。故郷は王国に在らず、大陸内の他国か?」
「違ーう!」
「他国にも非ず………………ならば、『ニホン』と云う地か?」
え?
「せっ、セイカーイ!」
「シーカントさん、やっぱり凄えなオイ!」
えぇ、当てちゃったよ。
ちょちょ、何で知ってんだよ、日本を。
「お褒めに預かり光栄」
見事的中させたシーカントさんの背中からは、再び物凄い量のドヤ・オーラが噴き出す。
……え、シーカントさん。一体何者なんだよ!
「し、シーカントさん。どうして僕の故郷を……日本を知ってるんですか?!」
「手前が其の地名を知る理由、其れは――――
「……あぁっ!」
なんで日本を知ってるか聞こうとした時、久し振りにシンが口を開いた。
クソッ、良いタイミングで————
「か、カーキウルフがッ!!」
シンが敵襲を告げる。
僕達の仕事が来た!
シーカントさんに疑問の答えなんか聞いてる場合じゃない!
シンの声と同時に、皆の雰囲気が一気に変わった。
学生達は護衛の仕事モードにスイッチが切り替わる。
シンの目線の先を辿ると、そこにはカーキウルフの大群がコチラへと走ってくる。
薄い緑色のリーダー格も数頭居る、結構大きめな群れだ。
「ホントだ!」
「よっしゃ、俺らの出番だな!」
コースは杖を取り出し、ダンは背中の大盾に手を伸ばす。
「承知!」
シーカントさんも手綱を操り、馬車を止める。
よし。
そんじゃ、僕もやりますか。
「行くぞ、シン、コース、ダン! 馬車を守るぞ!」
「「「はい!」」」
※11/14
シーカントの一人称を修正




