9-14. 速達
依頼当日。
朝7時過ぎ。
キュースー荘の1階ロビーにある談話席に座り、スマホの如くステータスプレートをいじる。
椅子の横には纏めておいた荷物。
麻の服に、赤くシミの残る白衣を羽織り、腰には冒険者のナイフ。
出発準備を済ませ、ロビーでシン達が来るのを待っている。
「フゥ……ちょっと早く来すぎたかな」
シン達と7時20分にロビー集合にしたのだが、準備が早く終わったのでサッサと部屋を出てきてしまったのだ。
「……【演算魔法】、結構増えたな」
目の前に浮かぶ青透明のプレートを眺め、そう呟く。
===【演算魔法】========
【加法術Ⅲ】 【減法術Ⅰ】
【乗法術Ⅲ】 【除法術Ⅰ】
【直線比例Ⅰ】 【合同Ⅰ】
【状態操作Ⅲ】 【解析】
===========
【演算魔法】を覚えたての頃、【加法術Ⅰ】【状態操作Ⅰ】の2つしか無かった時を思い出す。
あの時はこの2つで冒険者になり、独り草原で血の池を作って狩りを楽しみ、生計を立てていたな。
魔法の数こそ増えているけど、スキルレベルの上がり具合に差があるな。
バフ魔法の【加法術Ⅲ】【乗法術Ⅲ】は毎日のように使っているが、デバフ魔法の【減法術Ⅰ】【除法術Ⅰ】は使い所が少ないから、まぁ仕方ないか。
一撃で倒せる魔物にデバフを掛けても意味ないし、ねぇ。
それと【合同Ⅰ】、夢の分身魔法だ。
まだ僕のMP上限は45であり、必要MPの50に届かないので使用不可。
もっとLvを上げて、MP上限を増やさないとな。
あー、早く使ってみたいな。
『分身の術ッ!』ってやつ、一度は憧れたことあるよね。
「先生、おはよーっ!」
「おおっ、先生早いな」
「遅れてすみません」
ステータスプレートを眺めていると、階段から荷物を背負った学生達が下りてきた。
バッチリ装備を整え、それぞれの手には部屋の鍵が握られている。
「おぅ、おはよう。3人とも時間通りだな」
ステータスプレートを閉じ、置いておいたリュックを背負う。
時刻は7時15分。
キュースー荘から東門までは歩いて30分程なので、依頼人との集合には余裕で間に合うな。
「3人とも準備は良いな。忘れ物は無いか?」
「「「はい!」」」
「よし、オッケー。それじゃあ、鍵を返して出発しようか」
4人それぞれ、カウンターに置いてある箱にチャラチャラと鍵を入れる。
「よし、それでは出発ですね」
「護衛依頼、ドキドキだねー!」
「それじゃあ、行こうぜ!」
3人がキュースー荘の扉の方へと向かう。
……けど、まだ残ってるぞ。やり残し。
「ちょっと待った」
「ん?」
「先生、何か忘れものですか?」
「んー、まぁな」
カウンターの前に立ち、扉に向かって叫ぶ。
「ご主人、居られますかー!」
何だろう、という表情をしてこちらへと戻ってくる学生達。
まだ大事なことを忘れてるぞ。
少し間を置き、カウンターの奥にある扉が開く。
扉から出てきたのは、初老の老人。
キュースー荘のご主人だ。
「はい、おはようございます…………おや、白衣の冒険者さん。どうかされたかな?」
「おはようございます、ご主人。これから護衛依頼で王都に戻るので、出発前に挨拶をと」
後ろの3人から、ハッという声が聞こえる。
大事じゃんか、挨拶。
勉強はできない僕でも、挨拶とか礼儀とかそういうのは一応弁えているつもりではあるのだ。
「いやいや、そんな気にしなくてもいいよ。お代も昨日頂いたしね」
「いえ、そんな。短い間でしたが何泊もお世話になりました」
「うん、こちらこそありがとうね。君達みたいな若いのを見て私も元気を貰えたよ」
「「「お世話になりました」」」
「おや、後ろの皆もありがとうね。またテイラーに来た時には此処に泊まってくれよ」
「「「「勿論です!」」」」
フカフカベッドに広いベランダ。
此処は居心地が良かったしな。是非また泊まらせて貰いたい。
「……それじゃあ」
「うん、行ってらっしゃい。護衛の依頼人を待たせないようにね」
「「「「はい!」」」」
そう言ってキュースー荘とのご主人と別れを済ませ、宿を出た。
テイラーから東に向かう大通りに入る。
そのまま市街地を抜け、景色は市街地を囲む牧場に。
その奥には風車が並んでいる。
「テイラーとも今日でお別れですね」
「そうだな」
「また来ようよー! 王都に無いような、オシャレなお店がいっぱいあったしー!」
「僕も。風も気持ちいいし、また大風車に登りたいな」
「俺もだ。4人でまた来ようぜ」
「是非また来ましょう!」
「うん!」
「おぅ」
そんな会話を交わしつつ、牧場内をまっすぐに抜ける大通りを4人並んで東門へと向かう。
左右には長閑な牧場風景。
牛っぽい動物が新鮮な草を食む。
馬っぽい動物が草原を駆け回る。
今日も草原からは新鮮な風が流れ込み、空気は清々しい。
風車は風を受けてゆっくり回り、今日も魔物除けの仕事をこなしている。
そんな景色ともお別れだ。
まぁ、テイラーにまた来る時を楽しみにして、王都へと向かおう。
その次は『港町・フーリエ』だ!
「フーッ、着きましたね、東門」
「まだ依頼人は来ていないようだな」
朝の7時45分。
テイラーの東門には、乗合馬車や冒険者らしき人、荷物を満載した馬車がぼちぼち現れ始めた。
が、東門で立ち止まる馬車は現れない。
「まだ約束まで15分あります。私達が少し早く来てしまったようですね」
「まぁ、のんびり待とう」
相手は依頼人だし、なんてったって『馬車に乗せてくれる人』なのだ。
この依頼のお陰で『10日間の歩き旅』も『4日間の馬車旅』になるんだし。
無礼の無いようにしなきゃな。
「あっ、あの馬車ですかね!」
数分後、シンが市街地の方を見てそう言う。
シンの向く方を見ると、一台の馬車がやってくる。
速達の馬車らしく、荷物もそこそこしか積んでいない。
「荷物も少ない。恐らくあの馬車だな」
「ですが、あの御者、ちょっと……」
だが、御者席には黒いスーツ風っぽい服にサングラスを掛けた男。
「ぅぅっ、なんか怖い人が乗ってるー……」
「……アイツ、見た感じヤバくねえか?」
遠くから見ても分かる。
あの人、まるでヤクザだ。
でなければ凄腕のスナイパーだ。
そうにしか見えない。
結局、その馬車は僕達の前で止まった。
御者が馬車を下り、僕達の前に立つ。
……グラサン男、めっちゃ背が高い。身長190cmはあるんじゃないか?
それでいて体格も良い。この格好、ヤクザでもスナイパーでもない。SPだわ。
口をムッと閉じた顔には恐怖感を覚える。
とりあえず分かったことは、絶対僕より強いって事だ。
……うわー、凄い怖い。
け、けど、これも依頼の仕事だ。
勇気を出して馬車から降りるグラサン男に声を掛けた。
「お、おはようございます。護衛を依頼された方でしょうか?」




