9-13. 詛呪
折角思いついた『【乗法術Ⅲ】でステータスを-1倍する魔法』。
だが、どうやらコレは『相手に詛呪を与える呪いの魔法』だったようだ……。
改めて、脚をバタバタさせて痛みににもがき苦しむカーキウルフを見る。
「うわ……」
……僕自身の魔法が作り出した光景だとはいえ、グロテスクだ。
ブワッと鳥肌が立つ。
「あーぁ。先生、ウルフを呪い殺しちゃったー」
「……」
いや、まだ死んでないだろ。
脚バタバタ動いてるじゃんか。
「……にしても何で、突然コイツはこんな姿になっちゃったんだ? 僕に噛み付いただけなのに……」
「先生、このカーキウルフは先生に噛み付いたからこそ、こんな姿に成れ果ててしまったんですよ」
「……どういう事だ、シン?」
「それは、『詛呪』でマイナスになったステータスの効果です…………」
その後、シンに詛呪の効果について教えてもらった。
彼曰く『詛呪に掛かると、自分に不都合な事が起こります。例えば、ATKがマイナスだと攻撃した時に自分がダメージを受ける。DEFがマイナスなら攻撃を受けた時のダメージが増える。INTなら使う魔法が暴発しやすくなり、MNDなら集中力が低下したり、魔法攻撃のダメージが増えたりします』らしい。
要は攻撃すれば自滅し、攻撃を受ければダメージが増える。
もし『詛呪』の状態異常に掛かった時には、ただジッとして何もせずに『詛呪』が回復するのを待つのが最良なんだって。
「なので、先生は気負わないでください。言ってみれば、このウルフが自身のステータスを以って自身を傷つけた。それだけの事です」
「……お、おぅ……」
……そう言われても、ねぇ。
結果的にカーキウルフの自滅とはいえ、詛呪の魔法『【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}』を掛けたのは僕だ。
罪悪感は拭いきれないよ。
「……先生、これ以上苦しませるのも可哀想だ。奇襲を仕掛けてきたのはウルフ側なんだし、とりあえずトドメ刺してやれよ」
「…………あ、あぁ。そうだな。【乗法術Ⅲ】・ATK4」
ダンが後ろから僕に声を掛ける。
カーキウルフに目をやると、今もなお口から血をダラダラと流して苦しんでいる。
その助言に従い、僕は自身にステータス加算を掛け、腰に差している冒険者のナイフでカーキウルフにトドメを刺した。
夕暮れ。
テイラー南門。
「いやー、よく動いたぜ! これで明日からの護衛依頼もバッチリだな!」
「私もー! 今日楽しかったー!」
「沢山獲物も狩れましたしね!」
夕陽のオレンジ色に染まりながらスッキリした表情で門を潜るシン、コース、ダン。
バッグにはパンパンのプレーリーチキン、肩にはカーキウルフ。
沢山動いて、沢山獲物を持ち帰って、3人とも大満足のご様子だ。
「…………いやぁ、今日は色々とスプラッターな1日だったよ」
そんな3人の背中を追って歩く僕。
僕だけはスッキリどころかドンヨリ気分だ。
「……呪いの魔法、ちょっとヤバかったな。僕が詛呪を掛けたとはいえ、無残な姿を見ていて辛かった」
「私も『詛呪』の効果は初めて見ました。まさか、あんな風になるとは……」
「確かに、先生のアレは凄惨な光景だったな」
「グロ系だったねー!」
いや、あの後も何回か【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}を使ったんだけどさ。
カーキウルフに使えば、僕を噛み千切ろうとした奴は牙がズタボロになったり、牙が抜け落ちたりして口元が血塗れ。
酷い奴は、顎が砕けたりもしていたようだ。
爪で引き裂こうとした奴は、爪が根元からボッキリ折れて前脚が血塗れ。
跳びかかろうとした奴は、跳び込みの時に後ろ脚をグネッと挫いて悶絶。
プレーリーチキンに使えば、嘴で突こうとすれば嘴が砕け散り、顔面血塗れ。
脚で掴み掛かろうとする奴は脚先の爪が折れたりして脚から出血。
ディグラットに使えば、穴を掘ろうとした途端に前脚の爪がボキッと折れ、出血。
体格の小さいディグラットなんて、そのまま出血多量で血抜きも不要な程になってしまった。
だが、攻撃を受けるはずだった僕はいつでも無傷だと。
そんな感じで、魔物に遭遇しては【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}を使って凄惨な現場になり、また魔物に遭遇しては魔法を使って凄惨な現場になり、っていうサイクルの繰り返しだ。
僕から詛呪を受けた魔物が、僕に攻撃を仕掛けた瞬間に尽く自滅していく。
コレを延々と見ていて、気が滅入っちゃったよ。
「……【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}はしばらく使わない事にするわ」
「……そうですね。何度も何度も無惨な姿を見たところで、辛くなるだけですもんね」
「……魔物が可哀想に思えてきちまうもんな」
シンとダンの言う通りだ。
狩るべき対象の魔物に対して、同情してしまう程の残忍さ。
ちょっとこのスキルは自重しておこう。
「コースはあーいうの結構好きだよー!」
……そ、そっすか。
コースはグロ好き、っと。
まぁ、こういう危ない魔法は使わない方が良い。
さっさと頭の奥の方に放り投げておこう。
その後、僕達はギルドで獲物買取をしてもらった。
勿論、買取カウンターのお相手はマッチョ兄さんだ。
買取作業は順調に進み、買取金の引き渡しの時にマッチョ兄さんからこんな事を言われた。
「ほら、コレがさっきの買取金だ。基本的に奇麗な魔物だったが、時々爪やら牙やらの欠損が酷い個体が居た。その分は申し訳無えが買取代を値引いておいたぞ」
「ありがとうございます」
「だけど、そんな酷く傷つける程激しい戦いを繰り広げたのか?」
「えぇ……ま、まぁ……」
詛呪なんて物騒な単語、言えない。
適当に誤魔化しとこう。
「ふーん。お疲れだったな。お前の白衣もいつになく真っ赤に染まってるし、無事で良かったわ」
「……あ、ありがとうございます」
あー、良かった。なんとか誤魔化せたようだ————
「ところで、今日『身体に触れた魔物を尽く血噴き出させ、地に伏せさせる冒険者集団が居た』って不審者情報を聞いたんだが……」
「………………多分僕です」
目撃されてた。
全然誤魔化しきれてないじゃんか。
「そうか。やっぱりお前だったか。まあ知ってたけど」
勝手に確信を持つなよ。
「流石は血に塗れし狂科学者、やる事が違えな」
「…………あざます」
「もうお前がどんなタネを使ってそんなパフォーマンスをしてるか知らねえけど、とりあえず『凄えな』とだけ言っとくよ」
「…………」
いやいやいや。
パフォーマンスじゃないです。一応、生活の糧を得ようと頑張ってるんです。
割と本気でやってんだよ。
「あ、あと。お前らは確か、明日から『ディバイズ商会』の護衛依頼で王都に向かうんだったな。短い間だったがアリガトウよ。またテイラーに来た時は顔出してくれ」
「こちらこそ、ありがとうございました。その時にはまた」
「おう。お前らもまたな」
「「「はい!」」」
……マッチョ兄さんと話をして分かったこと。
『詛呪』の魔法を使うと、買取金額が大幅に下がる。
『詛呪』の魔法を使うと、周囲からの反応がヤバい。
って事で、ステータスを-1倍する魔法は出来る限り使わない事にしました。
本当に必要な時じゃなければ、使わない。
そう、決心を固めた。
頭の片隅に置いてあった『プラスマイナス・インバージョン』を、更に頭の奥の方へと蹴り飛ばしておいた。




