9-12. 符号
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ギルドで依頼の引受を済ませた後。
朝食は適当に屋台で済ませ、そのまま狩りをしに出発した。
市街地を抜け、左右に広がる牧場を横目に見つつ街の外へと向かって道を歩く。
風車群がだんだんと近づき、やがてそれも通り過ぎる。
そして現在。
朝8時半。
テイラー南門。
「明日からの護衛依頼に備えて、狩りで身体を動かしておきましょう!」
「「おう!」」
3人とも朝から元気で宜しいね。
「僕は腹の傷口が開かないようにノンビリしてるよ。シン、コース、ダン、怪我だけはしないようにな」
「「「はい!」」」
そう返事をすると、3人は南へと向かう街道を走っていった。
僕も彼らを追いかけて行こう。
あんまり遠くに行かれるとヒトリボッチになっちゃうからな。
テイラーから南へと続く街道をある程度走り、そこから道を外れて草原に入る。
さて、狩り開始だ。
狩り自体は合宿でもやっていたので、そう久し振りでもない。
のだが、草原での狩りは1週間以上振りだ。
僕、草原での狩りのコツとか立ち回りとか忘れちゃってるかもな……。
ディグラットやプレーリーチキンに関しては、怪我をする程では無いだろう。
だけどカーキウルフだけは少し心配だ。
まぁ、僕も怪我には気をつけて行こう。
「おっ、アレは……」
「プレーリーチキンだー!」
「しかも大群じゃねえか! 行くぞ!」
「「はい!」」
「頑張れー」
記念すべき本日最初の魔物は、プレーリーチキンの群れだ。
いきなり50羽ほどの大群でこちらに押し寄せて来たので、3人はこれ幸いと向かって行った。
「【乗法術Ⅲ】・ATK4、DEF4! 同様に・INT4、DEF4! 同様に・ATK4、DEF4!」
シン、コース、ダンにそれぞれステータス加算を掛けてやれば僕の出番終了。
あとは遠くから見守っておけばオッケーだ。
「まぁ、ついでに……【乗法術Ⅲ】・DEF4!」
どこから誰に襲われるか分からないので、保険として僕自身にもDEFだけ4倍しておいた。
よし、これで大丈夫。
「ハァッ! 【強突Ⅰ】ッ!」
「【硬叩Ⅴ】! ゥオラァ!」
シンとダンは、こちらへとやってくるプレーリーチキンを次々と斬り捨て、また殴り倒していく。
……側から見る限り、もはや2人とも斬り捨て御免だ。
「【大波領域Ⅰ】ーッ!」
ココーッ!
ココケーッ!!
その2人から離れた所で、コースは草原に水の大波をつくり出す。
大量のプレーリーチキンが波にのまれ、流されていく。
ある鶏はゴポゴポと沈んでいき、またある鶏は溺れまいと必死でもがくが、結局はどの鶏もコースの範囲魔法の餌食となっていった。
そんな感じで3人とも朝っぱらから大暴れだ。
50羽ほどの群れは一瞬にして亡骸と化してしまった。
4人でプレーリーチキンを回収し、血を抜き、リュックに入れていく。
……いやー、相変わらず傷の少なく綺麗なプレーリーチキンの死体だ。これならギルドにも良い値で買い取ってくれるだろうな。
「フーッ、やっぱり身体を動かすのって良いなぁ! スッキリするぜ!」
「……『突き』の感覚も悪くない。刀の腕はまだ落ちていないようですね」
「やっぱり、あんな量の水を操るの難しいよー……」
「そうか」
満足するダン、身体の鈍りを確認するシン、力量不足を感じるコース。
三者三様だな。
「よーし、もっと特訓しよー!」
「そうですね。私も、カミヤさんのような刀捌きを目指して……ッ!」
「コースもシンも頑張れ!」
「「はい!」」
この2人、ますますやる気になっちゃったな。
……そうだ。僕もアレを試そう。
『ステータスの-1倍』だ。
果たして、どうなるんだろうか。僕も少しドキドキしてきた。
「さあ、次行こうぜ!」
「「おう!」」
そして、僕達は次なる獲物を求めて草原を駆け出した。
シン達の背中を追いかけながら、ふと考える。
今日は一発目からプレーリーチキンが大漁だったな。
幸先が良い。
って思ったんだけど、なんだか『大量のプレーリーチキンがこっちに向かって走ってくる光景』に見覚えが有るような無いような……。
デジャヴかな。
まぁ良いや。
あー、早く次の魔物現れないかな————
カサカサッ……
そんな時。
僕のすぐ右の草が、不自然に動く。
「ま、まさか————
ガァァァ!
草むらからカーキウルフが飛び出てきた!
クッ、この間合いじゃ避けられない!
腰に差してある『冒険者のナイフ』に手をかけるが、多分コレを振り抜いても間に合わない。
打つ手なしか。
「えっ……!」
「うわっ、しまった!」
「先生ーッ!」
3人も、気づいて振り返った頃にはもう遅い。
カーキウルフは前脚を伸ばし、口を大きく開けて僕へと跳んで来る。
……よし。
こうなったら『アレ』をやってみよう。
ブッツケ本番は嫌だけど、幸い僕のDEFはまだ4倍の効果中。大怪我を負うことはないだろう。
「【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}!」
襲いかかって来るウルフに対し、ステータス加算。
ATKを『-1』倍する。
……が、目に見える変化は起こらない。
「クッ、駄目かッ!」
ウルフは勢いそのままに、僕へと迫り。
ウォン!
「うがっ」
僕に飛びついた。
ウルフはそのまま僕を押し倒し、馬乗りになる。
グルルルルル…………
前脚の爪で僕の肩をガッシリと掴み、牙を剥いて僕の首元に狙いを定める。
「っクゥッ……!」
DEFは4倍であるとはいえ、肩に食い込む爪が結構痛い。
もがいて抵抗しても、僕のプアーなATKじゃウルフの拘束は解けない。
……マズいな。
「おいシン! 先生を————
「駄目です! ウルフ共々先生まで傷つけかねません!」
「あーどうしようどうしようー……」
3人も突然の状況に混乱。
そんな3人に目もくれず、ウルフは口を大きく開け、首を喰い千切らんと口を喉元へと迫る。
……ヤバい。
DEFを4倍したとはいえ、元々お察しレベルのDEFだ。
これ、防御貫通されるかもしれない。
無意識に目を瞑る。
「「「先生ーっ!!」」」
ガブッ
流石は奇襲の使い手・カーキウルフと、そんな事を思いながら3人の叫び声と喉元から発せられた音を聞いた。
トゲトゲしたもので強く押さえつけられるような感覚を首元で感じた。
ギャンッ!?
「……えっ?」
首元に噛み付かれたのを感じたその直後。
僕の身体の上に居たはずのカーキウルフが、か弱い声を上げて跳びのいた。
「…………」
何が起きたんだ?
訳も分からず、とりあえず周りを見回すと。
キャン、キャンキャンッ……
仰向けになって脚をバタバタさせ、のたうち回るカーキウルフが居た。
口から血をダラダラ流して。
口の中をよく見ると、牙という牙がボロボロになっている。
抜け落ちた牙もあるようで、ウルフの口元には牙が数本落ちている。
そして、無傷な僕。
……え、なんで?
なんでウルフが血を流してんのよ。
なんで攻撃した側がやられてるんだよ。
それと、なんで噛みつかれたにも関わらず僕は無傷で済んでんだよ。
状況が飲み込めない。
「先生、何かやったか?」
後ろからダンの声が聞こえる。
「…………い、いや。何もやってない」
「ほんとー??」
コースが信じてくれない。
「あ、あぁ」
「ですが、先生が何かしない限りあんな事には……」
シンも信じてくれない。
……あ、だけど。
「そういえば襲われる直前、ウルフに演算魔法を掛けといた」
「……一体、どんな魔法でしょうか?」
「ATKがマイナスになる魔法」
【乗法術Ⅲ】・ATK{-1}。
ATKの値に-1を掛けて、符号を+からーに変えたのだ。
ATKが仮に30なら、ATKを-30にしたって感じだ。
「ATKがマイナス、つまり0未満って事ですか……?」
「おぅ」
そう答えると、シンはコースとダンの顔を見る。
ダンが頷いた。
コースも頷いた。
そして、3人一緒に呆れた顔をして口を開いた。
「ソレのせいです」
「ソレのせいだねー」
「ソレのせいだ」
マジ!?
カーキウルフを見るも無惨な姿にさせちゃったの、僕のせいなのか!?
なんだろ。『禁術』的な感じのやつ?
使っちゃいけない系の魔法だった?
僕が襲われた側だとはいえ、カーキウルフをあんな姿にさせてしまった魔法に、漠然とした恐怖感を覚える。
……-1の掛け算、ひょっとしてヤバい魔法だったかな。
「……と言いますと?」
「魔物や魔術師の中には、『詛呪』という状態異常を相手に与える魔法を使う者がいます」
「……おぅ」
詛呪、つまり『呪い』って事か。
そんな状態異常もあるんだな。恐ろしい。
「その『詛呪』という状態異常は、掛かるとステータスがマイナスになり、色々と宜しくない事が起こります」
……という事は。
おいおい、まさか……
「ってことは、つまり————
「先生がウルフに掛けた『数値を0より小さくする』という魔法は、おそらく『詛呪』と同じ効果をもたらしたのではないでしょうか」
「……マジで?」
えぇ……。
知らず知らずのうちに『相手を呪う魔法』なんて恐ろしい魔法を使っていたのか。
もう【演算魔法】、怖いよ。




