9-6. 暇
「あー、疲れたー……」
「眠いよー……」
「そうだな。俺も今日は結構疲労が来てるぜ……」
「早く横になりたいですね……」
こんな弱音をタラタラ吐きつつ夜のテイラーを歩いているのは、勿論僕達4人組だ。
合宿も無事解散し、同級生達から別れた僕達は、北門からテイラー郊外の風車地帯と牧場地帯を通り抜け、低層の建物が並ぶ市街地へと帰ってきた。
……のだが、疲れと眠気がドッと押し寄せてくる。
皆と別れた後から、だんだんと疲労が押し寄せて来たのだ。
コースなんて歩きながら寝れそうなレベルだし。
「もう、適当にどっかの宿入って寝ない?」
だいぶ疲労が溜まっている僕。
もう、横になれればそれで良い。
フカフカベッドなんて別に無くてもいいや。
「そうですね。合宿用の缶詰も4日分は残ってますし」
「じゃあ宿に入って、夕食はそれで済ませて寝るか」
「さんせーい……」
「そうしましょうか……」
学生達もだいぶ適当になってきた。
疲労で頭が回ってないようだな。
……そろそろ限界が近そうだな。
よし。
「じゃあ、宿は適当にこの辺にするか」
「「「はぃ」」」
返事が締まってない。
まぁ、とりあえず宿だ。
宿、宿は、宿はーっと……
「お、あった」
宿発見。
「あそこにするか」
「はい。……って、ココは————
「おぉ、此処か」
「ボロの所だ!」
……睡眠間近だったコースを再び『ボロだ!』と言わしめたのは、僕達の目の前に建つこの宿。『キュースー荘』だ。
偶然にも、合宿前に泊まっていた宿と同じ所に帰ってきたようだ。
ドアを開ける。
談話用の椅子やベンチ、それに観葉植物。
そして、カウンターから顔を出すのは白髪の曲毛に黒縁眼鏡を掛けた、初老の御主人。
「こんばんは、お泊りで……おや、貴方がたは……」
「どうも。お久し振りです」
「北の迷宮から戻って来たんだね。お疲れ様」
微笑んでそう言ってくれる。
御主人、覚えていてくれたんだな。
なんか嬉しい。
「ありがとうございます。またお世話になります」
「いえいえ、こちらこそまた来てくれて嬉しいよ。はい、1人部屋を4つ。今日はゆっくり休みな」
「「「「ありがとうございます」」」」
そう言って、御主人は鍵を4本手渡してくれる。
番号は204〜207、これも前と同じだ。
クーッ、御主人、なんて気の利く人なんだ!
「はい。それじゃあ、おやすみなさい」
「「「「おやすみなさい」」」」
そして、階段を上がって2階へ。
「明日は1日フリーで。何か行動するのは明後日からにしよう」
「「「はい」」」
そう返事をして、シン、コース、ダンが部屋に入っていく。
それを見届けて、僕も受け取った鍵で部屋に入った。
そのまま速攻でベッドダイブした。
……目が覚めた。
「うぉっ、眩しっ」
目を開いたが、眩しさに直ぐ閉じる。
「うぅ……」
目が慣れて来て、片目ずつゆっくり開く。
そのままベッドから立ち上がり、グーっと伸びる。
「……アァーッ、よく寝たっ」
久し振りにグッスリと寝られたからか、気持ちが良い。
カーテンを閉め忘れた窓からは青空が見える。
うん、今日も雲一つない青空。良い天気だ。
さて、振り向いて時計を見る。
現在時刻は12時8分。
「お昼か」
昨晩から16時間も眠ってたのか(【加法術Ⅲ】利用)。結構寝たな。
まぁ、それだけ僕の身体に疲労が溜まってたんだろう、という事だ。
ってな訳で、何しようかなー……。
……グウゥゥゥゥゥゥ
「っ……」
成程ね。
よし、ご飯にしよう。
自分1人で聞いても恥ずかしいくらいの音量で僕のお腹は主張してくれた。
……ってか、昨晩何も食べてなかったな。
缶詰をリュックから取り出す。
「……あっ」
視界の隅に、血塗れになった白衣が映る。
やべっ、昨日はそのまんまで寝ちゃったのか。
食べ終わったら散魔剤で洗っとかなきゃな。
そんな事を考えつつ、椅子に座って蓋を開いたらイタダキマス。
……まぁ、缶詰の味は今更感動するものでも無い。
迷宮内で沢山食べたしな。
……フゥ。ごちそうさんでした。
よし、じゃあ血塗れのコートを洗うか。
リュックから水色粉末の散魔剤を取り出し、部屋にあった桶に水を溜める。
ある程度溜まったら水を止め、水色の粉末を混ぜて完成だ。
あとは白衣を入れてっと。
そんでジャバジャバすれば元通りの真っ白な白衣に————
戻らない。
白衣は血塗れのままだ。
……え、ちょちょっ、なんで!?
いつもは一瞬でパッと白くなるのに。
魔物の血液ならほぼ一瞬で消えるのに————
……あ、そうか。だからか。
コレ、僕の血だ。魔物の血ではない。
矢を腹に受けた時の出血だわ。
その後30分くらい浸しておいたが、結局白衣は変わらず。
あー、クソッ。
僕の血に散魔剤は効いてくれなかった。
朗報。
魔物の血液を消せる散魔剤が僕の血に効かないので、僕は魔物じゃないって事が分かりました。
悲報。
白衣の血痕は取れず、血塗れのままでした。
嬉しいんだか、悲しいんだか……。
まぁいいや。
血塗れの白衣はこの際置いといて。
さて、次は何しようかなー。
昨晩『1日フリーで』とは言ったけど、やる事が無くて暇だ。
寝すぎて寝る気にはなれないし、勿論この世界にゲーム機なんてある訳がない。
何しよう……。
…………。
……よし、とりあえず学生達に会いに行こう。
彼らは何をやってるんだろうか。参考になるかもしれない。
コートは今ベランダで干しているので、麻の服の格好で部屋を出る。
僕の隣の206号室、ダンの部屋。
コンコンッ
「…………」
留守か。
どっか行ってんだな、きっと。
その隣の205号室、コースの部屋。
コンコンッ
「…………」
ココも留守か。
その隣の204号室、シンの部屋。
コンコンッ
「はい」
おっ、居た居た。
「数原です」
「はーい!」
良かったー、シンが居てくれて。
3人とも居ないかと思ったよ。
ガチャッ
「先生、おはようございます」
「おぅ、おはよう。シンは今何やってたんだ?」
「私ですか? ベッドの上でダラダラしてました。久し振りのベッド、本当に気持ちいいです」
ほぅ、ダラダラね。
残念ながら僕はそんな事出来ない。
多分、暇過ぎて気付いたら暇死してるかもしれない。
但し、スマホさえあれば幾らでもダラダラできるんだけどなぁ。
「そうか。ちなみに、コースとダンについて何か知ってるか? 部屋をノックしたんだけど、返事が無くて」
「あぁ、多分コースは寝てます。ダンは『腹減ったー』と言って出て行ったので、今頃街で食べ歩きでもしているんじゃないですかね」
成程。
いいなー、食べ歩き。テイラーの美味しいお店とか探して回るってのも面白そうだ。
……でも、宿から出る元気は無い。
食事は缶詰で結構です。
「オッケー、分かった。ありがとう」
「先生はどうなされますか?」
「んー、僕は……」
えー、結局何するか決められてない。
「……まぁ、部屋で適当に暇人やってます」
「……そ、そうですか」
まぁ、思い付きでシンに答えておいた。
……我ながら『暇人やってます』って酷い答えだな、とは思ったけど。
「おぅ。じゃあ、何かあったら来てくれ」
「分かりました」
という訳で、自室に帰ってきた。
結局何をするかは決まりませんでした。
……あー、暇だ。
何しようかな……。
とりあえずリュックを探ってみる。
リュックからまず出てきたのは、MPポーションが数本。
あぁ、可合から貰ったヤツが余ってたな。
返すの忘れてた。
……でもまぁ今更だし、貰っちゃおうか。
あの時は緊急事態だったし。
次に出てきたのは缶詰。
うん、これは後で食べよう。
宿の外に出るの面倒だし、今晩もコレで済ませちゃいます。
その次に出てきたのは参考書。
参考書の下に、紙とペンも控えているのが見える。
……あー、はいはい。
コレをやれと。
いつも暇になったら出てくるってあたり、この参考書の登場のタイミング素晴らしいよね。
まぁ、職が数学者である僕からすれば、算数や数学のお勉強は本業だからな。
数学は嫌いだけど、数学こそが僕の『武器』でもあるのだ。【演算魔法】にはいつもお世話になってるし、無碍にも出来ない。
よし、まぁ暇だし、コレやりますか。




