9-5. 解散
迷宮を無事脱出し、草原を歩くこと6時間弱。
陽もだいぶ傾き、空はすっかり夕焼けだ。
オレンジ色に輝く大草原、その真ん中に真っ直ぐ伸びる街道。
僕達は今、その街道を南下して風の街・テイラーへと向かっている。
「……フゥ、上り下りの無い草原とはいえ、歩き続けりゃ疲れるな」
「そんな大盾を担いでれば、ダンさんも疲れるよな」
盾本がダンの背中の大盾を見てそう言う。
いつも見ているとはいえ、やっぱりダンの盾って大きいな。その分、重さもそれなりにあるんだろう。
「あぁ。その点、マモルは良いよな。小さい盾で」
「まぁね。小ささ故に若干心許ないけど、その分軽いから取り回しの良さはあるよ」
……ってか盾本、お前の装備って[鍋の蓋]じゃんか。
そもそも盾ですらないし。
そんなんで盾術戦士やっちゃって良いの?
そんな雑談を交わしつつ、草原に伸びる街道を進んでいると。
「おぉっ、アレは!」
「風車っスね!」
大きな風車群が見えてきた。
テイラーの観光名所であり、風の街と呼ばれる所以でもある風車群。
……そういえば、合宿の出発前にも一度上ったよな。
風車を上った所にある展望台からの眺めは最高だったな。
「あー、やっとテイラーが見えてきたぜ!」
「もう少しだね!」
「うん!」
「着いたら速攻で柔らかいベッドに寝るっ!」
「ボクも。岩の地面で寝るの、結構痛かったもんね」
「あー、早くのんびりしてー!」
心の底からの願望が、皆の口から溢れ出す。
僕も早くフカフカベッドにダイブしてグッスリと寝たいよ。
岩の地面は硬かった。背中に感じるその慣れない感覚に、合宿最初の方は中々寝つけなかったな。
そんな生活を1週間程もしてきたのだ。もう、フカフカのベッドは天国だろうな。
……なんて想像をしていると。
「どうした、計介くん。何か良い事でもあった?」
「……ん?」
隣に並ぶ盾本にそう言われ、ふと我にかえる。
「いや、なんか計介くんの顔が凄く嬉しそうで」
「あ、あぁ……」
そこで気づく。
僕、めちゃくちゃ笑顔だった。
フカフカベッドの想像が顔にも出ていたようだ。
「いや、そのー、ね。アレだよ。やっとテイラーに戻って来れたな、って思って」
「そ、そうだな! そうだよな!」
うわ、1人で笑ってる所を盾本に見られちゃった。
恥ずかしい。
……でもまぁ、なんとか誤魔化せたようだ。
良かった。
僕も何気にテンション上がってたんだね。
街道を歩けば歩くほど、小さく見えていた風車は段々と大きくなっていく。
テイラーの建物も続々と姿を現し、市街地が見えてくる。
更に進めば、夕焼けに染まる牧場をのんびりと過ごす動物も見え始めてくる。
そして、陽もすっかり暮れ、暗くなり始めた頃。
「フゥーッ、やっと着いた、テイラー……!」
ついに帰って来た。
目の前には、決して外壁と呼べない簡素な作りの木柵。
木柵と街道が交差する所には、決して門とは呼べない簡素な作りのゲート。
……うん、そうだったそうだった。
テイラーに外壁なんてモノは無く、代わりにあるのは牧場から動物を逃さないためのフェンス。
これも今じゃ懐かしく思えちゃうレベルだ。
まぁ、そんな事を考えつつも、皆に続いてゲートを通る。
ゲートを通ると、そこには北門広場。
合宿の一番最初に集合した所だ。
あぁー、長かった。本当に。
死ぬかと思った面もあった。色々大変だった。
けど、新スキルも手に入ったし、レベルも上がったし、色々成長もしたのかな。
それに、1ヶ月以上会っていなかった同級達と一緒に過ごせたのも楽しかったな。色々と。
……『色々』とばっか言ってるけど、本当にたくさんの出来事があって『色々』としか言えないんだよな。
まぁ、そんな事は置いといて。
この合宿が終わったら、同級生達ともまたしばらくお別れだな。
でも、僕にはシン、コース、ダンが居る。独りじゃないのだ。
寂しくなんかない。
パンパンッ
「勇者諸君、一度集合っ!」
そんな事を考えている時。
最後尾の呼川がゲートを通過した所で、プロポートさんが手を叩き、皆を呼ぶ。
さて、どうやら合宿の締めのようだ。
「なんとか全員、合宿を終えてテイラーに帰って来れたな。今回の合宿では、我々を頼る事なく諸君の力と判断のみで目標を達成できた」
プロポートさんが皆を見回してそう言う。
未だ意識の戻らない転移魔術師さんに一瞬目が止まるが、話は続く。
「その結果、Lvやスキルレベルが上昇したり、また新たなスキルを身につけられた者も居るだろう。また、忍耐や判断力といった必ずしもステータスプレートに表されない部分で成長した者も居ると思う」
ステータスプレートに出ない、か。
なんだか深いな。
「今回の合宿でついた『力』はいつか役に立つ日が来る。我々としては是非その力を魔王討伐に活かして欲しいとは思っている。しかし、例え活かせなかったとしても諸君の人生には大きな影響を与えるだろう。諸君、この経験を活かし、更に更に強くなっていってくれ!」
「「「「「ハイッ!」」」」」
「では、勇者養成迷宮合宿、これにて終了とする。解散ッ!」
「「「「「ありがとうございました!」」」」」
プロポートさんの締めの言葉と共に、僕達の合宿は幕を閉じた。
さて、じゃあ皆ともお別れの時間だ。
お別れの前に皆に一言言っておこう。
「じゃあ、皆。一緒に合宿に参加させてくれてありがとう。楽しかったよ」
「あぁ! 数原君ッ、一緒に居られるのって合宿だけだったっスね! 忘れてたっス!」
「俺も。久し振りに計介くんと一緒に居られて、俺も楽しかったよ!」
「また別行動かよ。寂しいじゃねえか、数原」
長田、盾本、そして強羅が声を掛けてくれる。
……クッ、嬉しい事言ってくれるじゃんか。
「数原くん。お腹のケガ、お大事にね。しばらく無理しないようにね」
おぅ、ありがとう可合。
しっかり治すよ。
「クラス委員として、君を見守ってやれないのはとても悔しい。だが、数原君の強さはこの目でしっかりと見た。非戦闘職とはいえ、君の『武器』は十分に強い。良い仲間も持っているようだし、私は心配していないよ。頑張ってくれ、数原君」
「おぅ、ありがとう神谷」
そんな過保護な事しなくて良いよ、神谷。
クラス委員がしっかりしているってのは良いけど、しっかりし過ぎは返って面倒なんだよな。
神谷との話が終わると、その後ろからコレレさんがやって来る。
「何か困った事があったら、いつでも連合においで。皆でアンタを助けてあげるよ」
おぉ、それは有難いな。
何かあった時は、是非お力をお借りして————
「なんなら、連合に入ってくれても良いんだよ。【演算魔法】という、珍しいステータス強化の魔法を持つアンタを、連合のメンバー一同が歓迎するよ」
……あー、はいはい。こっちが本命だったな。
この流れは多分アレだ。
連合に駆け込んだが最後、なんだかんだで連合に加入させられ、ステータス加算をクソほど使わされるって奴だ。
「ありがとうございます、コレレさん。ですが、僕にはギルドが有りますし、連合加入は大丈夫です」
セールスお断り。
「……チッ、やっぱりこの小僧、ギルドに囲い込まれているねぇ。あの女、こんな逸材をよくもやってくれたね」
……なんだその掌の返し方は。
やっぱりこの老魔女ダメだ。
僕の中で完全に”要注意人物”のイメージが焼き付いた。
「カズハラ殿、非戦闘職であるといえ、よく付いてきてくれたな。御苦労だった」
コレレさんに怒りと呆れを感じていると、後ろからプロポートさんに声を掛けられる。
「そして、共に戦ってくれてありがとう。カズハラ殿の敵を見破るスキルが無ければ、我々は今此処に居なかったかもしれない」
……今此処に居なかったかも、って。
まぁ、僕が合宿に来なければ、僕への復讐を果たさんとしていたセットも来なかったと思う。
僕がセットを呼び寄せちゃったのな。
「いえ、こちらこそ外部からの飛び入り参加みたいな感じになっちゃってすみませんでした。セットの奇襲も、元はと言えば僕への私怨みたいでしたし」
「ハッハッハ、そうだな。とはいえ、そのお陰で私も一つ、魔王討伐への鍵が手に入った気がする。礼を言うよ」
あぁ、スパイが居るかもって件ね。
それも気をつけておかないとな。
「それではカズハラ殿、これからも頑張ってくれ」
「はい、ありがとうございました!」
よし、話したい事は大体話した。
このままじゃいつまで経っても終わりがないので、そろそろ本当にお別れにしよう。
「先生、もう良いんですか? 折角のお仲間との機会なのに……」
「あぁ、大丈夫。皆も強くなってるって分かったし、話も大体出来たよ」
「お別れ、寂しくないのー……?」
「もちろん寂しいさ。だけど、今の僕は独りじゃない。シン、コース、ダン。君達が居るしな」
「……先生……」
「まぁ、そういう事だ。行くぞ!」
「「「はい!」」」
3人の返事に頷くと、身体をテイラー市街地の方へ向ける。
そして、皆の方へと振り返って。
「じゃあね、皆。もっと強くなってまた会おう!」
手を軽く振ってそう言い、市街地の方へと足を進めた。
「数原くん、頑張ってな!」
「またね!」
「…………」
「元気でねー!」
「もっと強くなれよ!」
「そうそう! ボクたちがが魔王倒すために!」
「ボッチ頑張れよ!」
背中で皆の声を受けつつ、僕達4人は再び皆と別れて旅立った。




