9-4. 陽
「えーと、1層目の地図はーっと……」
先頭のシンが、ペラペラと紙を捲る音を立てる。
「あった、これですね!」
「それにしても、もう1層目か……」
「早いですね、カミヤさん」
「そうだな、シン君。まだ最下層を出てから2時間半程しか経っていないが」
「え、まだ3時間ですか!?」
「あぁ」
さて、プロポートさんから裏切り者の推測を聞いた後も迷宮の逆走は続き、気づいたらもう1層目。
シンと神谷の描いた地図のお陰で、ここまで一度も迷った事は無い。
それどころか、行き止まったことすら皆無だ。
「……そう言われると、数日前の私達は僅か3時間の道のりに何日掛けて最下層を目指したんだーっ! て気持ちになりますね……」
「……いや、それこそが貴重な時間だったのだよ! 時間を掛けて魔物を倒し、道を探す。身体も精神も鍛える。これが合宿という物ではないか!」
「成程! さすがカミヤさんです!」
神谷、お前そんな事考えて迷宮探索してたんだ。
なんかもう、この意識の高さだ。さすが神谷。
……それについて行けるシンも凄いけどね。
しかし、もう1層目か。
迷宮合宿がスタートして、ここを通ったのも1週間くらい前の事だ。
通路の天井を見上げれば、そこには変わらずケーブバットがびっしり。
ゾワっと鳥肌が立つ。
こちらが手を出さなければ襲ってくる事も無いけど、やっぱり怖いな。
……あぁ、ケーブバットといえば。
「なぁ、コース」
「んー、先生なにー?」
「そういえば合宿初日、此処で皆水浸しになったよな」
コースの【大波領域Ⅰ】だ。
お陰でコウモリを一掃出来たが、ついでに僕達も流されてしまったんだった。
「……アレはごめんなさーいっ! まだ使い慣れて無かったから上手くいかなかったの!」
「ハハハッ、そんな事もあったな」
「タテモトさんも笑わないでーっ!」
プンスカ怒るコース。
まぁ、あの件も今となっちゃいい思い出、なのかな?
そんな感じで合宿を振り返りつつ迷宮1層目を逆走し、地上を目指す。
さぁ、久し振りの地上まであと僅かだ!
だが、ゴールが着々と近づいているとはいえ、皆の疲労も溜まってきた。
今じゃ誰も喋らず、ただ黙々とマッピング師の背中を追うだけだ。
迷宮を逆走するって事は、つまり地下から地上へと上る事。それを物凄いペースで強行しているのだ。
疲労が溜まるのも当然だ。
だが。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ……
「計介くん、結構風が出てきたね」
「おぅ、そうだな。出口が近付いて来たのかな」
1層目を歩く事40分ほど。
僅かながら通路には風が通り始めた。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥ……
正面から流れてくる風は、通路に反響する音と共に微かな草の香りを乗せてくる。
地上までもう少しだ。
そして、シンと神谷の後ろに付き、右に曲がる通路を進んでいくと。
「うぉっ、眩しっ」
突然、真っ白な光が目に飛び込む。
上り坂になっている通路の、その先から差し込む光。
久し振りに感じる眩しさに、無意識に顔に手をかざす。
「こ、これは……」
そうだ。間違い無い。
とても心地よく、また懐かしく感じる光。
肌で浴びて感じる、光の暖かさ。
蛍光灯のように無機質な光ではない。
LEDのように鋭く尖った光でもない。
これは————
「陽の光だ!」
この光は、太陽光。
通路の先は地上だ!
「ッシャー! 地上だー!」
「帰ってきたぞーッ!!」
「ウオォォォォー!」
皆それぞれに雄叫びを上げる。
ゴールが見えて皆テンションMAXだ。
「やっと合宿が終わるよー……」
「早くお風呂入りたいわ!」
「ワタシも」
出口が見えて気が緩んだからか、今までの沈黙の雰囲気は吹っ飛んだ。
皆が思い思いにお喋りを始める。
「遂にゴールが見えましたね! カミヤさん!」
「あぁ! 行こう!」
「はい!」
マッピング師の歩調が自然と早まる。
それにつられ、僕達も興奮と共に迷宮の出口へと早足で着いて行った。
サアアアアァァァァァァァァ…………
上り坂の通路を抜けると、そこには一面の緑。
見上げれば、雲一つ無い真っ青の空。
正午間近の太陽が、頭上から僕達を照らす。
そこを駆け抜ける、涼しく気持ち良い風。
風が乗せて来た、爽やかな瑞々しい草の香りを感じる。
草のなびく音と共に、風が僕達の身体をすり抜けて行く。
興奮して少し温まった身体が冷まされ、心地よい。
「……あれ、ココってこんな気持ち良い世界だったっけ?」
ふと、思った事をそのまま呟く。
「……かもな。少なくとも、俺は今この光景に感動して涙が出そうだ」
盾本が返してくれる。
「……確かに。まぁ、涙が出るほどじゃないけどね」
「……黙っとけ」
そう言ったきり、僕と盾本はしばらくこの景色を黙って眺めていた。
周りの皆も、地下から久し振りに戻ってきた地上世界に色々と思う所があったのだろう。
皆草原に立ったまま、しばらく地上への帰還に安堵し、喜びを感じていた。
さて。
という訳で、優秀なマッピング師のお陰様でまさかの正午前に迷宮を脱出。
プロポートさん曰く、シン達の地図が無ければプロポートさんの曖昧な記憶に頼る予定だったらしい。
その場合は、場合によっちゃ1日で地上に辿り着かなかったかも、との事。
……本当にマッピングしてくれてて良かったよ。
マッピング師、万歳ッ!!
という訳で、迷宮入口の辺りで昼食休憩を挟み、正午過ぎには風の街・テイラーに向けて出発した。
「数原くん、お腹の傷は大丈夫? 痛まない?」
テイラーへと繋がる街道に向かって草原の中を歩いている時、可合がそう声を掛けてくる。
……アフターフォローまで完璧だとは。
さ、流石は可合。もう天使だ。
「おぅ、大丈夫。傷も開いてないようだし、痛みも無いよ。ありがとう」
「うん、良かった!」
「あとはテイラーまでは平坦な草原をただ歩くだけだからな、先生」
すると、可合との話を聞きつけてダンがやってきた。
「そうだな。迷宮の上り階段とかよりは楽だし」
「でも、まだ傷は完治した訳じゃないよ。無理な動きはしないようにね」
「分かった。ありがとう可合」
可合の心配はありがたいけど、まぁ迷宮であんだけ階段を上って、傷に問題無しだ。この先草原を歩くだけなら全く問題無いよね。
「ハッ、先生に無理はさせねえ。傷がカンペキに治るまでは、何でも俺とシン、コースに任せてくれ」
「おぉー、ダンくんカッコいい!」
「先生には色々と世話になってるからな。こういう時くらいは学生の俺達が頑張らなきゃな」
おぉ、頼もしいじゃんか。
いい学生を持ったものだ。先生嬉しいよ。
「ありがとうダン。頼りにしてるよ」




