9-3. 疑念
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翌朝。
午前8時。
「勇者諸君、お早う。昨日は皆ぐっすり眠れたようだな」
「「「「「おはようございます!」」」」」
皆が荷物を纏めて団長・プロポートさんの前に整列。
昨日の朝とは違い、朝から皆シャキッとしている。
「それでは、今からテイラーへと帰還する。予定としては転移魔術師の魔法で迷宮の地上入口まで転移させてもらう予定だったが、皆知っての通りだ……」
全員が俯く。
さっき可合から聞いたが、転移魔術師さんは一命はとりとめたものの意識は取り戻していない状況らしい。
って事で、転移魔術師さんは戦士の1人が担いで行くようだ。
「なので、ここからはテイラーまで全て徒歩だ。だが、諸君なら問題無いだろう。昨日の奇襲は私にとっても予期せぬ実戦経験となったが、諸君の成長具合に驚かされた。諸君が召喚された直後とは比較にならない程にな」
確かに、プロポートさんの言う通りだと思う。
僕も土壁の上から同級生達の戦闘を見ていたが、皆戦闘が上手いなって思った。
何というか、皆それぞれの『重要物』を十分に活かして戦ってたな。
滑らかな剣捌きで[日本刀]を振るう神谷、[金属バット]無双の長田、自慢の[弓矢]の腕を見せた矢野口。
回復用魔法が優秀な【光系統魔法】と[救急箱]を併用して後方支援に徹する可合、[鞭]を使って魔物を従えてしまう飼塚。
まさか、呼川が持って来たあの[ぬいぐるみ]が戦闘に参加するとは思いもしなかった。
「では、準備の出来た者から出発だ。時間にもそう余裕は無い。今出発しても夜テイラーに着くかどうかだ」
「「「「「はいっ!」」」」」
そんな感じで僕達は迷宮の最深部を出発。
迷宮の地上入口、そして風の街・テイラーへと向けて歩き始めた。
「【強斬Ⅷ】!」
「【強突Ⅰ】ッ! ……よし、オッケーですね」
「あぁ。シン君、突きがだいぶ上達したようだな」
「は、ハイ! ありがとうございます!」
ちなみに、列の先頭を進むのはシンと神谷。
時々現れるモンスターを次々に斬り伏せつつ合宿中に描いた地図を確認、迷う事無く上の層へと向かっているようだ。
そのお陰で、出発から1時間にして既に4層目だ。
順調順調。デキる男がペアになると凄いね。
「計介くん、なんだかこの雰囲気ももう懐かしく思えちゃうよな」
「そうだな、盾本」
道順の事は先頭の2人に任せ、後を追う人々は雑談しつつ歩いている。
僕も隣に居る盾本とお喋りしながらウォーキングだ。
来た道をただ引き返しているだけなんだが、最下層に向けて探索をしていた日々が凄く昔の事に思えてくる。
最下層で二晩しか過ごしていないのに、まるで一週間ぶりくらいの気分だ。
「あ、3層目への階段ですね、カミヤさん」
「あぁ。そういえば此処で長田君達が死にかけていたな」
「んんッ!? 呼んだっスか神谷君ッ!」
「オサダさん達が此処で脱水症状に陥っていたな、って話をしてたんですよ」
「あー、確かに此処っスね! ハハハッ、懐かしい!」
生死を賭けた戦いの後じゃ、死にかけた事も笑って話せるってか。
「カミヤ殿、シン殿、それは……この迷宮の地図か?」
すると、プロポートさんがシンの持つ地図を覗き込む。
「団長! はい、私とシン君で合宿中に作りました」
「ほぅ、よく出来ているな。こんなにも順調に地上へと向かえているのは、君達の地図のお陰だったのか」
プロポートさんに褒められ、照れる2人。
「有難うございます。地上まではお任せ下さい!」
「私とカミヤさんの2人で頑張ります!」
「頼もしいな。宜しく頼んだぞ」
「「ハイッ!」」
マッピング師、俄然やる気が出たようだな。
階段を上がり、僕達一行は3層目に突入。
マッピング師は地図を持ち替え、早速案内を始める。
いやー、順調順調。こりゃ良いね。
さて、僅か1時間で5、4層をクリアしてしまった。
凄く早いな。これなら今日中にテイラーに戻れるんじゃない?
……なんて事を考えていた時、ふとプロポートさんの顔が目に入った。
なんだろう、凄く悩んでるみたいな感じだな。
「プロポートさん、どうかしました?」
「ん? ……い、いや。特に何も無いが」
そう、何も無いんなら良いんだけ————
「……いや、カズハラ殿には伝えた方が良いか。カズハラ殿は数学者の職を持つ、『識者』であるしな。王城に出入りする事も少なくないだろう」
「そうですね」
目当ては王城図書館ばっかりだけどね。
「ならば、一応伝えておこう。これは飽くまで私の推測に過ぎないが、聞いてくれ」
え、いきなり何だろう。
僕が数学者である事、何か関係あるのかな……?
「ティマクス王国の王城内に勤める人、それも結構な要職に就く者の中に裏切りが居るかもしれない」
「え…………」
裏切り、つまりスパイか?
スパイが潜り込んで居るかもしれないって事か!?
「あぁ、私の推測が正しければ魔王側についた人間、又は人間に扮した魔物が王国に潜んでいる」
「ま、マジで!?」
僕の隣に居る盾本も驚く。
「しかし、なんでそんな突然分かったんですか……?」
「それは昨日のセットの発言だ。セットは我々に向かって色々と話したが、その中に王国内でも結構な機密事項、少なくとも王城に勤めていなければ知らない情報をポロっと零したのだよ」
その後、プロポートさんはこの件について詳しく教えてくれた。
プロポートさんが『裏切りの存在』を感じたのは次の会話でのようだ。
それは、神谷が最後の1騎を斬り伏せ、セットと無表情エルフを包囲。降伏宣言後、身柄を縛った時の事。
『王国の戦時法で、如何なる者でも捕虜にはそれなりの待遇をする事になっている。暴力や身体的な苦痛を含む拷問には掛けないので、安心せよ』
『無論、言われずとも分かっている。魔法によって精神を支配したり、記憶を抜き取られたりするんだろう?』
『あぁ、そうだ。さすが自ら賢いと言うだけの事はある』
セットの言った事、『捕虜から情報を抜き出す方法』は、王国でも結構なお偉い立場じゃないと知れない内容のようだ。
そんな、王国でも機密級の情報を何故魔王軍の者が知っているのか?
その答えは、『王国内に裏切り者が居るから』だ。
「……と言うのが、私の推測だ。私としては、只の考え過ぎであれば良いとは思っているのだがな」
「「成程……」」
僕と盾本が頷く。
……ってお前、一緒に聞いてたんかい。
「もしカズハラ殿が王城に出向く事があれば、この事を頭に入れておいて欲しい。お前が狙われたり、王城で何らかの事件が起きるという事も考えられるからな」
「……分かりました。ありがとうございます。気をつけます」
「あぁ。私も身分上忙しく、中々王城には出向けないのでな。万一の事があった場合には、宜しく頼む」
「はい!」
……ま、まぁ、果たしてこんな数学者の分際で、狙われて何が出来るんだって感じだけどね。
とりあえず情報は有難く貰っておこう。
先達の知恵は蔑ろに出来ないからな。
って事で、『王城に裏切り者』の件は忘れないレベルに頭の片隅に放っておこう。




