8-15-1. 『敗残兵セット』
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シュンッ
テレポートに伴う酔った感覚を一瞬感じた後、閉じた目を開ける。
「此処は……」
深い森の中。
陽が届かず、日中といえど暗い。
そんな木々の隙間から、魔王城の正門が見える。
……なんとか近くまでテレポート出来たようだ。
「なんとか魔王城に着いた……」
矢の刺さっている腹部を押さえる。
グゥッ……、ある程度血は止まったが、まだ結構痛む。
それでも、歩くくらいなら問題ないか。
……勇者共の前では強気な態度を取っていたが、正直危ない所だった。
帰って来れて良かった。
少しホッとする。
「フゥ……」
それと同時に、魔力枯渇による疲労も感じる。
私のありったけの魔力をジャンプラビットに注いで、ギリギリ城の付近まで到達できた。
もし戦いで更に魔力を消費していたら…………そう思うと、あの勇者共には恐怖心を覚える。
……しかし、同時に怒りも覚える。
特にアイツだッ……!
前触れも無く王都を襲った筈だった1度目といい、今回といい、私の計画を2度も駄目にしてくれた、あの白衣の勇者!
アイツだけはなんとしても消さねばッ!
……フゥ。しかし、今憤ったところでどうにもならない。
まずは城に戻ろう。
振り向けば、其処にはエルフが居る。
腕を縄で縛られたまま、無表情で死んだ目をしている。
……何を考えているのだか。
「行くぞ、エルフ」
「はい」
その後、門番の魔物に身体を縛る縄を切って貰い、城に帰還した。
クッ……。
この門も、私が勇者共の首を持って潜るはずだったのにィッ。
城に入り、階段を上って3階へと向かう。
あぁ、軍団長にも負けた報告をせねばならないのか……。
それを思い出すと、階段を上がるにつれて気分は下がっていく。
魔王様から直々に賜ったウッドディアーとフォレスト・ラクーンは多数がやられた。
逃げた奴らも、私の支配下から出ていずれ野生化するだろう。
幾らウッドディアーもフォレスト・ラクーンも量産的な魔物であるとはいえ、私1人で合計3万も失えば問題だ。
……あぁ、軍団長にも迷惑をお掛けするかもしれない。
そんな落ち込んだ気分のまま、第三軍団の拠点となる大部屋に到着。
……あぁ、嫌だな。
そう思いつつも、大きな扉を開けて中に入る。
————セット、只今戻りました。
————ぐ、軍団長……。済みません、作戦は失敗しました。
————こちらの損失は、ウッドディアーとフォレスト・ラクーンが共に全滅、エルフと私のみの帰還となりました。
————それについては……敵の一人も息の根を絶つ事は出来ませんでした。
————……しっしかし、転移魔術師を倒せました! 死なせる所までは行かずとも、結構な深手を負わせられた模様です!
————……は、はい。成果は、それ以外には特に……
————申し訳ありません。軍3万とこの傷とを引き換えに魔術師を一人だけでは、魔王様は何と仰るか……。
————承知しました。この腹の傷は大丈夫です。血は止まっていますし、魔王様への報告の後に治療に行きます。
————済みません、軍団長を負け戦の報告にお伴させてしまうなんて……
————は、はい……。
————まっ、魔王様っ! 第三軍団所属・セット、先程王国での勇者討伐作戦より帰還して参りましたっ!
————作戦は失敗に終わりましたっ!
————此方の損失は魔王様より賜りました魔物の軍勢総計3万を全て失い、私とエルフのみの帰還でありますっ!
————僅か2名しか帰って来なかったにも関わらず魔王様の温かきお心遣い、感謝申し上げますっ!
————敵の損失は……死者は0、転移魔術師1人に重傷を与えたのみでありますっ……。
————つ、次こそは、……3度目こそはッ、必ずや王国の勇者共を一掃し、魔王様の治める世界への一歩となって見せましょう!
————た、確かに私は2度襲撃を失敗しました。ですが、私が自信を持ってそう言える根拠は有りますっ!
————それは、『勇者共の情報』です! これこそが、魔王軍で唯一私のみが持つ武器だと考えておりますっ!
————ハッ! まずはこの傷を癒し、必ずや次の襲撃を成功に導きますっ!
————ハッ! 失礼致しますっ!
そして、軍団長と共に魔王様の謁見の間を出た。
魔王様は『お前だけでも戻って来て良かった』とは言ってくれたが、やっぱり気が重い。
軍団長にも申し訳ない事をさせてしまった。
もう、全く……。
いやしかし、振り返っても仕方ない。
この先の事を考えよう。
暫くは、この傷の療養に時間を費やす事になるか……。
しかし、傷が完治すれば再び勇者共を襲撃しに行くのだ!
待っていろよ勇者共! そして白衣の勇者ァッ!
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