8-15. 兎
つい先程まであんなに居た騎士は、全員逃げるなり倒されるなりして居なくなった。
「団長! セットとエルフを包囲したっス! そっちはどうっスか?!」
神谷が最後の一騎を倒した後、背後から長田がそう叫ぶ。
広間の中央へ振り返ると、勇者や戦士達が輪になって立っている。
武器も構えているようだ。
「オサダ殿、こちらも終わった所だ! 今向かう!」
「うっス!」
団長や僕、神谷が走って人だかりの方へと向かう。
「団長!」
「こっちです!」
「あぁ、済まんな」
盾本と呼川が道を開け、そこから団長が輪の中へと入って行く。
僕も団長に付いていこう————
とは思ったんだが、流石に烏滸がましいのでやめた。
適当に包囲の輪に混じる。
んー、そうだな。背が小さい飼塚の後ろでいっか。
ここからなら輪の中で何が起こっているか見える。
ちなみに、神谷は強羅と可合の所だ。
ホームポジションに戻った感じだな。
輪の中に視線を戻すと、団長が剣を構えてセットに歩み寄る所だ。
装備にこそ多少の傷こそあれど、無傷のプロポートさん。
対するは、今もなお少しずつ腹から血を垂らし、矢の周りを押さえて座るセット。
エルフは相変わらず無表情なまま、地に腰を下ろすセットの後ろで棒立ちだ。
「セットだったか、見た通りの状況だ。お前の兵はもう無く、今度はお前が此方の包囲の中だ」
「ィツツッ……そんな事は、見れば分かる。魔王軍も、そこまでバカな連中だとは、思って欲しくないな」
「そうか、ではお前は賢いという事だな。ならば、賢い選択もしてくれるだろうな。この状況で反撃に転じるか、それとも我ら王都騎士団・魔術師連合に降参を宣言するか、決めよ」
「魔物を化け物扱いして、欲しくないな。コチラも生物、無尽蔵に動ける訳では、無いのでね」
そう言うと、セットは得物の槍やらナイフやらを前に置く。
エルフもそれを見て、弓と矢筒を外して前に置き、座る。
そして。
「……私、魔王軍第三軍団所属・セットは、部下のコイツと共に、降参を宣言する」
セットはエルフと共に頭を下げてそう言った。
「降参の申し入れ、承った。それではこの2名、セットとエルフをティマクス王国の捕虜とする。縄を2本持って来い」
「「ハッ!」」
戦士2人が縄を持って2人を縛る。
そういえば、ボディーチェック的な事はしないのな。
まだ武器を隠し持っていたりはしないんだね。
「王国の戦時法で、如何なる者でも捕虜にはそれなりの待遇をする事になっている。暴力や身体的な苦痛を含む拷問には掛けないので、安心せよ」
「無論、言われずとも分かっている。魔法によって精神を支配したり、記憶を抜き取られたりするんだろう?」
「あぁ、そうだ。さすが自ら賢いと言うだけの事はある」
へぇ、セットは知ってるんだね。王国の戦時法。
さすが魔王軍、そういう情報網も凄いな。
「さて。アタシの【記憶操作魔法】でどんな記憶が得られるか、楽しみだねぇ。どうせなら今ここで記憶を————
「コレレさん」
「冗談冗談、分かっているよ、プロポート」
……コレレさん、『冗談冗談』とは言ってたけどさ。
纏うオーラが本気だったよ。
やっぱりこの老魔女、怖い。
そんなやり取りをしている時。
無表情かつ死んだ目のエルフが、セットに話しかける。
「申し訳ありません、セット様。私が返り討ちに遭ったが為に、白衣の男を処分できず————
「いや、お前の所為では無い。白衣の護衛である弓持ちを先に狙えと私が指示したのが悪かった。さっさと白衣の男から倒すべきであったか」
まぁ別に、矢野口が僕の護衛だったって訳じゃないけどね。
ハタから見ればそうかもしれないけど。
すると、セットとエルフが会話をするのを見て気が緩んだからか、同級生同士でもガヤガヤしてきた。
「いやー、しかし……マジで死ぬかと思ったっス! 本気で生死を賭けた戦いするなんて思ってもいなかったっス!」
「本当だな。長田君の言う通り本格的な戦闘経験も乏しいまま挑んだが、同級生は全員無事で居られて良かった」
……あのー、全員無事ではないんだけど。
ここに重傷患者が居るんですけど。
血も止まってきて、意識もまぁまぁハッキリしているとはいえ、結構痛いんだよね!
「勇者諸君、聞いてくれ!」
戦いも終わって完全に気の緩んだ僕達に、プロポートさんが声を掛ける。
「それでは、我々は捕虜2名を連れてテイラーへと戻る。勇者諸君と戦士、魔術師の皆は荷物を持って集合!」
「「「「「ハイ!」」」」」
その号令の後、各々が輪から離れて自分のリュックを取りに行く。
僕もリュックを取りに行かないとな。えーと確か、銀の魔法陣の中央に置いてあるはずだ。
「おい、立て」
縄を持った戦士がセットとエルフを立たせるのを横目に見ながら、リュックの方へと向かう。
素直に従い、無言で立ち上がる2人。
「よし、こっちだ。ついて来————グッハァッ!!」
バタンッ!
突然の声。
それと、誰かが倒れる音。
……ん!? 何が起きた!?
「…………」
振り向くと、そこには手を縛られたまま空手の中段蹴りの姿勢のセット。
その目の前には、仰向けに倒れる戦士。
「おい! 反抗するのか!?」
「あぁ、するさ。降参は嘘だ」
あぁ、しまった!
皆がリュックを取りに行っており、セットの周りに誰もいない。
完全にセット達がフリーになっている。
「敵に情報を抜き取られるような事は決してしない。もし打つ手が無いのなら、その時は既に自ら命を絶っている」
「という事は……」
セットがこの後するのは、『打つ手』か『自害』。
いずれにせよ、止めなきゃ!
っけど、セットの周りに動ける人は居ない。
……駄目だ、止められない!!
「……さて、それでは」
そう言うと、セットの肩から白い何かがヒョコッと現れた。
エルフの肩にも同じものが乗っている。
長い耳に、赤い目。
……魔物図鑑で見覚えがある。
王都南の森に棲息する魔物で、攻撃的ではないが、攻撃を当てるのも捕まえるのが極めて難しい魔物。
外見はそのまま兎だが、とんでもない能力を宿した魔物。
……まさかアレは!
「……ジャンプラビット!?」
「おぉ、白衣の勇者は知っているか。では、私達が何をするかも分かるよな?」
ジャンプラビットの能力は、『任意の場所へ移動が出来る事』、つまりテレポートだ。
まるで兎がジャンプするかのように、軽々とテレポートを行う。
そして、そのテレポートは『魔力さえ有れば、自分以外の物だって幾らでも同時にテレポートさせる事が出来る』。
……つまり、セット達の目論見は。
「逃げるのか!?」
「あぁ、勿論。極めて劣勢の今、この手を打つ以外に方法は無いだろう?」
その言葉と同時、肩に乗った2羽のラビットが目を赤く光らせる。
「今回は私達の負けだ。だが、この傷が癒えた時にはお前達、特に白衣の勇者、待っていろよ」
「止めろォォォォッ!!!」
団長が走り、叫ぶ。
しかし。
「さらばだ————
団長は、セットのテレポートに間に合わず。
そう言い残し、セットとエルフは消えた。
広間に取り残されたのは、怪我人3人を含む戦士・魔術師・勇者30人と、大量のウッドディアー、フォレスト・ラクーンの死体、それと半ば掻き消えた銀色の魔法陣だけだった。




