8-3. 尖兵
「会いたかったよ」
骸骨の仮面を着けた男が、僕に向かってそう言う。
会いたかったの?
僕に?
……なんで僕なんかに?
「え、計介くん会ったことあるの?」
「奴と顔見知りなのかい、数原君?!」
「先生はあの方をご存知なんですか?」
「い、一応知ってるけど、話した事は無いよ。チラッと見たことあるかなー、的な?」
まぁ、さっきまではただの見間違いだと思ってたし。
「で、では、奴は一体何者なのかい? 魔王との関係は? 敵の得物は? 行動パターンは————
「ちょちょ、そこまで分かんないから。ただ一つ言えるのは、アイツは南門の襲撃に参加してた。敵側で」
「そ、そうなのかい?!」
「本当か!?」
神谷とプロポートさんが驚く。
そう、これだけは嘘じゃない。確信を持って言える。
さっき骸骨仮面が僕に『会いたかった』って言ったのは、多分勇者の中で僕だけが南門襲撃事件に参加してたからだろう。
そう考えれば、襲撃事件の時に見たのは『見間違い』じゃなく『本物のコイツ』だ。
「何者だ、お前は!」
プロポートさんが骸骨仮面に向かってそう叫ぶ。
「これは失礼、名乗るのを忘れていたな。だかそう焦るな、王都騎士団の団長さん」
骸骨仮面はそうプロポートさんに返すと、大きな声で叫び始めた。
「私は魔王軍第三軍団所属、セットだ! そこに居る白衣の勇者を殺しに来た、魔王軍の尖兵である! 先日の借り、返させて貰いに来た!」
僕の方を向いて指差し、そう叫ぶ骸骨仮面・セット。
「…………えぇ?」
ちょ、ちょちょっと待って。
僕を、殺す?
「僕、ななんかしましたっけ?」
「決まっている、先日の奇襲を台無しにしてくれただろう! 貴様の魔法、それと女魔術師の魔法、あのせいでウッドディアーの群勢が一瞬でパーだ!」
……あぁ、王都中央ギルド長・クラーサさんに掛けた【加法術Ⅲ】、それと【溶岩領域Ⅵ】だ。
「私は見た、貴様が女魔術師に何か魔法を掛ける所を! そして女魔術師の魔法の威力が有り得ない程に強くなったのを!」
セットは怒りで熱くなったまま、話を続ける。
「貴様の使ったであろう強化用魔法は危険、魔王様の治める世界を作るのには邪魔だ。よって、貴様を殺す! 魔王様の邪魔になりうる芽は擦り潰すまで!」
…………これはヤバい。
セットは殺気を放ち、僕を睨んだままそう叫ぶ。
僕、本当に殺されるかもしれない。
って思ったんだけど、セットの言うことも面白くて笑ってしまいそうだ。
本気でこんな事言う人、居たんだ……。
いやいや、今はそんな所じゃない。
周囲は敵に囲まれ、かなり劣勢だ。
「まあ、ついでと言ってはなんだが王都騎士団、魔術師、果ては勇者も皆殺しにしてやろう。白衣の餓鬼、1人で逝くよりは寂しくないだろ? ハッハッハ……」
そう言ってセットは高笑い。
「お、おい……アイツ、ヤバくねえか?」
「本気で僕達を殺しに来てるよね……?」
「周りの鹿が本気度合いを表しているっスね」
「えぇ、こんな所で殺されるなんて嫌だよぅ! だったら日本で死にたかったよぅ!」
「召子ちゃん、そんな事言わないで!」
「そうよ、諦めないで! 今の私達には武器も魔法も有るわ」
「で、でもこの数は……」
「やっぱり無理だ……」
『皆殺し』と聞き、混乱する同級生。
「あぁ、気づいているとは思うが、逃げられるとは思うなよ。先程、このエルフに魔力結晶を矢で射抜いて貰った。貴様らを迷宮から逃がさぬ為に転移魔法を妨害したのだが、まさか転移魔法でなく転移の魔術師まで処分出来るとは僥倖であるな————
「おいアンタ、バールはまだ死んじゃいないよ! それに……」
コレレさんがそう言って転移魔術師さんをパンパンと叩く。
……いや、叩いちゃダメだろ。
「……それに……ね、狙うんならケースケの小僧だけを狙うんだね! わざわざ他の勇者や魔術師も狙う必要は無いじゃないか!」
コレレさんは僕を指差してそう言った。
……え、マジ!?
そんな事言うの!?
「…………あぁ、そうだ。計介さえ居なければ、俺達がこんな目に遭わなかったんじゃんか」
「……ハ、ハハハッ。確かに」
「『ついで』で殺される事も無かったのにな」
「よりによって計介のついでとかマジ勘弁だわ」
「それ」
芳川と斉藤もコレレさんに便乗。
……なんだコイツら。
「ハッハッハ、仲間割れしているようだが、大丈夫か勇者共。私が手を下すまでも無いかな?」
敵にまでそう言われてしまう始末。
「おい、そんな事を言うな斉藤君、芳川君! 他人の所為にするんじゃない!」
「勇太の言う通りだ! こうなったら皆で協力して戦うしか無えだろ!」
「そうだよ! 頑張ろう!」
神谷達が庇ってくれるのは嬉しいんだけど、やっぱり僕のせいで皆を巻き込んじゃって申し訳ない。
「さて、どうやら勇者共は死ぬ覚悟が出来たようだな」
「くっ、黙れ魔物が! お前らに勇者様は指一本触れさせねえ! そもそも、そちらの戦力も数こそあれど所詮ウッドディアー、王都戦士団からすれば相手にもならん!」
「そうだそうだ!」
「準備体操にもならねえぞ!」
プロポートさんが言い返すと、便乗して戦士達も便乗。
魔術師もそれに乗っかる。
すると、セットはやれやれといったポーズをとって呟いた。
「……ハァ、やっぱり人間共は嫌だな」
その直後。
突然セットから殺気が立った。
気のせいか見間違いか、セットが紫がかった淡いモヤを纏うように見える。
そのセットは、背中から黒い槍を取り出し、構える。
黒く長い柄、先端には鋭く尖った穂。
穂の根元には髑髏が刺さっている。
「ッ!! 全員構えろ! 来るぞ……!」
プロポートさんも突然の変化を感じ取り、そう指示を出す。
「総員、指示通りに動け。ウッドディアーに乗ったフォレスト・ラクーンは私に変化せよ」
セットがそう指示を出すと、周囲のウッドディアーの背中からボフボフと煙が立つ。
「…………こ、これは……」
そして煙が晴れると、そこには槍を持って騎乗した大量の『セット』が居た。
「フフフッ、これで『所詮ウッドディアー』と言えるかな、団長さん。ウッドディアーもフォレスト・ラクーンも貴様らにとっては取るに足らない相手であろう。だが、こうなればどうなるかな? ハッハッハ、ハーッハッハッハッハ……」
「…………くっ……」
勝ち誇ったように笑うセット。
顔に汗を浮かべ、黙り込むプロポートさん。
……これは本当にマズくなってきた。
だが。
「戦士、魔術師、死ぬ気で勇者様方を守り切れ! 行くぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
プロポートさんは諦める事なく、指示を出した。
文字通り、死ぬ気だ。
「フッ」
そして、それを見たセットは軽く笑うと容赦なく尖兵全員に命令を下した。
「人間共を殲滅せよ。行け!」
戦いが、始まった。




