1-8. 謁見
それから暫くすると、聖堂の扉を開いて王女様が帰ってきた。
「皆様、大変お待たせ致しました」
王女様の声に、雑談に興じていた皆も会話をやめ。
頭を抱えて俯いていた僕も、ゆっくり顔を上げる。
「皆様が無事職を授かった事、大変嬉しく思います。おめでとうございます」
「有難うございます、王女様」
王女様対応は、いつも通りの神谷。
「皆様の職は、きっと皆様に力を与えて下さるでしょう。……そして、その力を以ってすれば魔王でさえも倒せる。私はそう確信しております」
「はい。……しかし王女様。1つ質問をお許しください」
神谷、挙手。
「どうぞ。カミヤ様」
「職を手に入れたは良いものの、私達の大半は戦う術を知らない。時間の余裕もそう多くないこの国で、我々は如何にして戦いを覚えれば良いでしょうか?」
……確かに。
狩猟民族であればともかく、僕達は現代日本の単なる高校生。
剣道部の神谷とか柔道部の強羅とか『元から強い組』は良いとしても、他の同級生は一体どうやって強さを身に着けていくんだよ?
ましてや魔法なんて未知の領域だし――――
「ご心配には及びませんよ、カミヤ様」
すると、王女様は少し微笑んで答えた。
「皆様の特訓やレベル上げにつきましては、私達王国の者共が責任を持ってお付き合いします」
「……と言いますと?」
「王国には、それぞれの職を持つ人の団体があります。戦士は『戦士団』、魔術師ならば『魔術師連合』、産業人は『商工組合』、そして識者は『議会』『学会』といったものです」
「成程、職業集団ですね」
「はい。そこで皆様も各団体に加入し、同じ職をもつ者の下で力や強さを身に着けていって頂きたいのです」
「それは素晴らしい! 同じ職の人ほど適した教え手は居ませんからね!」
へぇー。1人1人に先輩がついてくれる、って事だな。
それなら心強い。
「……ただその代わり、皆様は職毎にバラバラとなってしまいます。心苦しくは思いますが、どうかご容赦ください」
「そうか……。私も学級委員として皆の安全を守らなければならないのだが……」
「ですがその分、私共も全力で皆様の安全をお守りしますのでご安心ください」
「はい。よろしくお願いします、王女様」
そうか、同級生達とはしばらくお別れになっちゃうのか。
こんな異世界でバラバラになるのは心細い……けど、そうと決まったのなら仕方ない。
となれば、僕は僕の上についてくれるであろう先輩を信じてつき従っていくだけだ。
さて、果たして僕の先輩はどんな人になるんだろう?
……数学の先生みたいな人かな。
「(ソレはソレで心強いけど、長々と数学を語られたりしたら嫌だな……)」
ボソッとそんな想像を呟きつつも、僕は少しばかり期待していた。
数学者という超絶ミスマッチの絶望の中に見えた、先輩という名の光。
召喚されて以降、色々あって精神的に疲れてはいたけど……僕にとっては僅かながらも希望が見えた気がした。
そんな事を考えていると……どうやら皆も同じような事を考えていたようで。
真っ先に口を開いたのは、言うまでもなく神谷だった。
「王女様、私達の所属先はそれぞれ何処になるのでしょうか?」
まるで皆の心の声を代弁したような問いに、同級生も揃って頷く。
「カミヤ様、それにつきましてはもう少々お待ちください。この後執り行われる『謁見式』にて、皆様の『配属先』を国王が直々に発表されます」
「成程、謁見式にてですか」
……謁見式、かぁ。なんだか耳にしただけで緊張する……。
「私の父でもある、国王マーガン・ティマクスも勇者様方との顔合わせを楽しみにしておられます」
「そういえば我々も未だ、国王に顔を合わせてもいないからな。謁見は重要だ」
「はい。……謁見のまでは只今準備が行われている筈ですので、もう少ししたら参りましょう」
国王への謁見、メチャクチャ緊張する。
正直そんな式行きたくない……けど、『配属先』の発表も楽しみだ。
緊張と期待のドキドキを一緒に味わいつつ、謁見式までのわずかな時間を待っていた。
「それでは皆様、参りましょう」
どうやら時間になったようで、王女様が一声かけて立ち上がる。
僕達もそれに合わせ、部屋を出ていく王女様の後を追って謁見の間へと向かった。
王女様曰く、謁見式と言ってもそう緊張する程のモンじゃないそう。
別に失敗したって殺されたり牢獄行きにされることは無いし、笑って済ませてくれるそうだ。
廊下を移動中に軽く教えて貰った所作も、実にカンタン。
『謁見の間を真っ直ぐ進み、段差の前で片膝をついて頭を下げる』。あとは国王の言葉に対して良いタイミングで"ハッ"と言うだけ。
これなら僕でもなんとかなりそうだ。
「こちらで少しお待ちください」
そんなイメージトレーニングを何度か繰り返しているうちに、一際大きな扉の前に到着。
扉の横には兵士も控えている。……謁見の間だ。
「それでは、また後程お会いしましょう」
「「「「「…………」」」」」
壁一枚隔てて国王という状況に、流石の同級生達も緊張を隠せなくなってきた。
王族サイドで出るために裏口へと回っていった王女様の後ろ姿が、またそれを助長させる。
「(勇者様方、間も無くです。宜しいでしょうか)」
そんな中、兵士から掛けられた声に緊張が更に高まる。
思わず背筋がピンと張る。
……そして、数秒後。
「勇者様御一行の御謁見!!」
兵士が大きく叫ぶとともに、扉が開かれた。
ギィィィィ……
ゆっくりと開く大扉から見えたのは……厳かな雰囲気に包まれた、大広間。
壁や天井には綺麗な装飾が施され、床全面に赤の絨毯。
中央には段差があり、部屋の奥側は数段高くなっている。
そんなステージの上には……1つの空席と3人の人物が座っていた。
僕の父より少し年上で、銀髪でふくよかな体型。しかし優しい顔立ちの男性――――国王。
僕の母と同じ位の歳に、金髪でスラっとした顔立ちの女性――――王妃。
そしてさっきまで一緒にいた、もう見慣れた顔の――――王女様。
その左右にスーツをしっかり着込んだ人々が立ち並ぶ。
そして……同級生の誰かが唾をのむ音が聞こえる程の、静寂。
卒業式の体育館なんかじゃ比にならないプレッシャーが、謁見の間に満たされていた。
「(……よし、行こう)」
しかし、そんな空間にも先駆けるのはやっぱり神谷。
小さく囁き、後ろの同級生を引っ張るかのように堂々と謁見の間に足を踏み入れた。
「「「「「……」」」」」
僕達も覚悟を決め、ゾロゾロと謁見の間に入っていく。
――――さあ、イメージトレーニング通り。
イメージトレーニング通りに行こう。
謁見の間に入ったら、真っ直ぐ段差の前まで歩く。
段差の前で一旦ストップ。
腰を下げて片膝をつく。
そして頭を下げる。
「(……よし)」
……うん、我ながら完璧!
心臓のドキドキを感じつつも安堵していると…………少し間を置き、深い男性の声が聞こえてきた。
「勇者様方よ。我らが世界の危機のため、遥か遠き所よりよくぞお越し下さった」
「「「「ハッ!」」」」
……よしよし、返事のタイミングもバッチリだ。
「勇者様方については我が娘より聞いているので、我々の紹介をさせて貰おう。……私がここティマクス王国の現国王、マーガン・ティマクスである」
……低くて深い声。
聞いただけでも王様の威厳が有る。
「隣にいるのが妻のデルト・ティマクスだ。そしてその隣が娘のアファル、最後に今は修行に出ているため出席していないが、息子のヴェダだ。以降、よろしく頼む」
……成程、空席は王子様の分だったのか。
大事に育てられるのかと思いきや、王族でも修行に出させられるとは。ライオンが子どもを突き落とすってのも良く言ったモンだ。
「……して、勇者様方よ」
王族の自己紹介も終われば……国王の話は本題へと入る。
「この度は遠き異世界よりこの世界の危機を助けに来てくれた事、誠に感謝している。改めて国王マーガン・ティマクスが礼を言う」
「「「「「ハッ」」」」」
気の引き締まる返事が、謁見の間にこだまする。
「古代より、遠き異世界より来られし勇者は不思議な力を宿し、途轍もない力を発揮するとされている。恥ずかしくも我々の力では為す術無く、勇者様方の力を頼ることになってしまった。どうか、よろしくお願い申し上げたい」
そう言い、王族3人は揃って頭を下げる。
……国王の言葉に、この国の状況の喫緊さを改めて感じる。
「「「「……ハッ!」」」」
こころなしか、返事が先程より気の入ったものになった。
「とはいえ、我々もただ黙っているのみではない。勇者様方に『こちらの世界』の如何を伝え、レベルや技術を蓄えるお供となり、共に戦い、そして魔王を打ち倒す力になりたい。……そこでだ。我が娘アファルより話が有ったとは思うが、勇者様方を職によってそれぞれの団体へと配属する」
……ついに来た。
王女様の言っていた『配属』だ。
「そこに加入して戦闘面や生活面、仕事面をはじめ様々な鍛錬を積んで貰いたい。皆が魔王を打倒しうる力を得られるよう、王国一同も協力しよう」
国王様がありがたいお言葉を述べて下さっている……けど、興奮と緊張で聞き流し状態の僕。
……さあ、僕の配属先はドコになるんだろう? どんな人が先輩になるんだろう?
ドキドキしてきた。
「それでは……只今より国王マーガン・ティマクスの名において、我らが神エークスにより召喚されし勇者様御一行の配属先を発表する」
そして、謁見の間で配属先の発表が始まった。




