8-1. 夜更かし
翌朝。
9時。
「諸君、おはよう。昨晩はよく眠れたか?」
「「「「おはようございます!」」」」
「「「「「おざーっす……」」」」」
元気よく返事する数名。
そして、締まらない返事をする残り大勢。
ちなみに僕は前者だ。元気いっぱいだ。
「本日の予定は半日かけ、徒歩でテイラーに帰還だ。寝不足の勇者諸君は途中で倒れないよう、気を付けてくれよ」
「「「「はい!」」」」
「「「「「はぁぃ…………」」」」」
今にも倒れちゃうんじゃないか、っていうレベルで返事に勢いが無い。
まぁ、そうなるのも当然だ。
朝から同級生達がこんなにダルダルな感じになってしまっている理由、それはズバリ『夜更かし』だ。
修学旅行やら合宿やらでは無くてはならない、いわば一つのイベント。
洞窟に投げる枕は存在しないけど、同級生の多くはそれぞれ夜更かしを楽しんでいたのだ。
女子は数人が広間の端っこに移ってガールズトーク。
時々遠くから笑い声が聞こえて来てた。
……そういえば、なぜかコースもガールズトークに参加していた。
良くあんなに馴染めるよな。
日本の情報も良く知らないのに、話について行けたんだろうか。
男子はカードゲームをやってたな。
どうやら、盾本が『魔変トランプ』なる物を持ち込んでいたようで、男子の数人がこれで楽しんでいたようだ。
最初の方は『革命!』とか『オッシャー富豪!』とか叫んでた。途中からは『うのー!』っていう掛け声が沢山聞こえたな。
ちなみに、この『魔変トランプ』とは魔力を注ぐことでカードの柄が変わり、様々なカードゲームを楽しめるっていう魔道具らしい。
すごい技術だな。
っていうか、この世界にもトランプとかが存在してたんだね。
そして、速攻で就寝組は僕とシン、ダン、それと神谷、森。
僕は結構疲れてたし、さっさと寝てしまった。
テントを設営して寝る準備を済ませて、テントに入って口を閉じてしまえばあとは寝るだけだ。
テントの外から聞こえてくる同級生達の声もテントの幕でそれなりに遮ってくれるので、まあまあ良い睡眠がとれたよ。
ってな訳で、今日の朝元気なのはシン・ダン・神谷・森、それと僕の5人。
残りはボーっとしている。
「では、これよりテイラーに帰還する。作業を見た者も居るであろうが、先程連合の中でも有名な『転移魔術師』の方が魔法陣を描いて下さった」
プロポートさんがそう言って、僕達の後ろを指差す。
僕らもそれにつられて振り向く。
「「「「「おおぉ……」」」」」
すると、そこには銀色の線で大きな魔法陣が地面に描かれていた。
大きな二重丸、その中に星。
歪みの無い、綺麗な円と星だ。
そして、その傍には銀のチョークを持ち銀色のローブを着た女性が笑顔で立っている。
あの人が『転移魔術師』なんだろうな、きっと。
「迷宮の入口までは転移魔術師さんに転移して貰い、そこからは徒歩でテイラーまで向かう。諸君、忘れ物が無いか今一度確認し、準備の出来た者から魔法陣の中に入るように」
「「「「「はい」」」」」
「「「「「はーい……」」」」」
団長の話が終わると、同級生達はゾロゾロと魔法陣へと向かう。
合宿の思い出や昨晩の話などを話しつつ、魔法陣へと足を踏み入れていく。
のだが。
こんな会話が聞こえてきた。
「あーあ、一気にテイラーまで転移してくれりゃ良いのに」
「ホントそれな」
こんな会話をするのは勿論、斉藤と芳川だ。
2人がワザと皆に聞こえるような声で喋っているのだ。
「召喚した勇者様を歩かせるとか、マジ俺らの扱いじゃね?」
「ハハハッ、確かに」
「おいヨシカワ殿、サイトー殿! なんてこと言うんだ!! 失礼にも程があるだろう!」
すぐさまプロポートさんが2人を叱る。
「「さーせーん」」
2人も謝りはするものの、カケラも反省する様子は無い。
顔、笑ってるし。
「す、すみません……私の魔力が足りないばかりに、勇者様方をテイラーまでお送りできず……」
「気にするんじゃないよ、バール。転移魔術師は王国にアンタ1人、アンタよりも転移に優れた者は居ない。足りない魔力上限は鍛えて上げれば良いんだ」
「はい……ありがとうございます、コレレさん」
ガックリと落ち込む転移魔術師さん。
それを慰めるコレレさん。
なんだ、意外とコレレさんも優しい所あるじゃんか。
『要注意人物』だけにもっと危険な老婆だと思ってたよ。
すると、その直後。
コレレさんの逆襲が始まった。
「で、そこの小僧達は一体何なのかね? プロポートの所は勇者達にどういう指導をしているんだい?」
「す、済まん、コレレ。サイトー殿とヨシカワ殿には後でキツく言っておく」
「フン。さっきアンタが叱っても反省しなかった小僧を、果たしてアンタがどうにか出来るんだかね」
「…………」
悲報。
『強面団長』プロポートさん、『要注意人物』コレレさんに言い負かされる。
「これだからアタシゃ戦士の小僧共は嫌いなんだよ」
「…………」
もうプロポートさんは何も言えない。
……見てるこっちも辛くなってくるよ。
「あぁ、そうそう。そういえば」
コレレさんは、何かを思い出したのか話を続ける。
なんだろ――――
「戦士以外にも、勇者が1人居たねえ」
首をグリグリグリッと回して、僕の方を向いてそう言った。
「っ……!」
ゲゲッ!
なんでこっちにまで飛び火しちゃうかな?!
「小僧、ケースケとか言っていたよねえ」
「っハ、ハイッ」
老魔女・コレレさんから発せられるプレッシャーが凄い。
「職は?」
「すす、数学者ですっ」
「知ってるよ」
じゃあ聞くなよ!
「非戦闘職である識者の職を授かっておきながら、合宿をやり終えた事は褒めてやるよ。だけれどアンタ、戦士でも魔術師でもないくせにこの合宿でデシャバッていたようだね。どうなんだい?」
ええ!?
出しゃばってた!? 僕が!?
「いえ、そのような気は全く――――
「フン、良く言うよ。12人も勇者様達を引き連れて此処に到着しておきながら、そのどこがデシャバッていないって言えるんだい。アタシゃその心意気がよく分からんね」
「…………」
「第一、この合宿は飽くまで『戦士』と『魔術師』の勇者様方を養成するためのものだ。数学者のアンタのために開いているんじゃないんだよ」
「……あ、あの、一応僕、冒険者でもあるんですが――――
「冒険者ギルドなんて装備を整えれば誰でも入れるよ。あんなガバガバ団体」
「…………」
悲報。
『数学者』数原計介、『要注意人物』コレレに言い負かされる。
なんだよこの老婆。
さっきの『コレレさん、実は優しい説』なんて撤回だ撤回。
話すだけムダだ。やっぱり出来るだけ触れないようにしよう。
まぁ、こんな短時間に色々とあったが、全員が魔法陣の中に入った。
「勇者諸君、それと戦士団と魔術師の皆も全員入ったな」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「それではバール、頼んだよ」
「承知しました!」
全員が入ったのを確認すると、転移魔術師さんは魔法陣の円上に立ち、リュックから何かをガサゴソ取り出す。
「それでは皆さん、出来る限り魔法陣の中央に寄ってしゃがんでください」
そう言い、リュックからハンドボール大の透明な水晶玉を取り出した。
「この人数を一度に運ぶのは私の魔力だけじゃ足りないので、この『魔力結晶』に蓄えられた魔力も一緒に使って転移魔法を発動します」
「「「「「おぉ……」」」」」
そう言うと、魔術師さんは目を瞑って集中する。
転移の魔法陣に魔力が漲り、魔法陣の線から銀色の光が溢れ出す。
「行きます!」
そして、ついにその時が来た。
「【領域転————
バキイイイィィィィィィン!!!!
「ぇ…………」
転移魔法が発動する正にその時、水晶玉が割れた。




