7-29. 渇水
「ビビリな皆様の為にちょっくら行ってくらあ」
そう言って、階段の下から聞こえた謎の音の正体を確かめるため、拳児は一人階段を下って行った。
「拳児くん、大丈夫かなぁ……」
「拳児の事だ。心配することは無いだろう、美優」
「そ、そうだね、勇太くん」
「俺も拳児のことは心配してないよ。どんな魔物でも『オラァッ!』って持ち前の格闘術で倒して帰って来るんじゃないの?」
「フフッ、確かに。盾本くんの言う通りかもね」
そんな感じで神谷、可合、盾本が話している。
そういえば、強羅は階段を下りていく前、『一応、念のためにな』と言って右手に[メリケンサック]を嵌めていった。
アレを装着した強羅は多分無敵だと思う。ヘタな魔物じゃグーパン一撃だろうな。
……っていうか、強羅は重要物にそんな物騒なモノを選んだのな。
まぁ強羅の力を十分に活かせるアイテムだから良いと思うけど。
「先生はさっきの音の正体、どうだと思いますか?」
そんな事を考えつつ強羅がメリケンサックを嵌める光景を思い出していると、シンがそう聞いてきた。
「んー、何だろうね。僕的には、新しい魔物が階段の下で待ち伏せしているとかかな」
「えぇー、やっぱり魔物ですか……」
「ねぇ先生、やっぱりユーレイとかゾンビとか居るのかな?」
コースは幽霊とか、そういうの好きなんだな。
「この迷宮に居るかは知らないけど、この世界には居るようだぞ。魔物図鑑でも載ってたし」
「「「へー……」」」
学生3人が喰いつく。
「ぇ…………やっぱり居るんだ…………」
少し遠くで可合がそう呟く。
まぁ、放っとくけど。
「会ってみたいなー!」
「ソイツらって、どんな相手なんだ、先生?」
「幽霊の方は、お互いに物理攻撃が無効なヤツだ。相手は魔法攻撃しか使って来ないし、こちらからも魔法攻撃でしか倒せない」
「成程。それでは、私やダンだけでは倒せないですね」
「シンとダンは『倒せない』どころか危険だ。魔法攻撃の軽減はDEFでなくMNDで行われるから、もしMNDが紙だと一瞬でピンチに陥りかねないぞ」
「確かに……。その時はコースに頼むしかないんですかね……」
「俺もだな。この盾が意味を為さねえんじゃ、足手まといにならないようにするだけだな」
シンとダンが落ち込む。
……いや、まだこの洞窟に居るって分かった訳じゃないんだし、今落ち込むことは無いんじゃない? 自分が手も足も出せないからって――――
「「「キャアアアアァァァァァァ………………」」」
階段の奥から悲鳴が飛んできた。
悲鳴は複数、そして男の声とは思えない甲高い声。
決して強羅の声ではない。
「「「「「えぇっ!?」」」」」
突然の事態に驚くメンバー。
「何なんだ今度は!? 一体何が起こっているのだ!?」
「え、拳児くん大丈夫なの!?」
「ちょちょっと下で何が起こってんだよ!? 俺たちも見てきた方が良いんじゃねえか?」
「いや、大丈夫だろ、マモル」
盾本がそう言うが、ダンがそれを止める。
「ダンの言う通りです。今の悲鳴は甲高く、かつ複数でした。ゴーラさんに何かがあったという訳ではないでしょう。寧ろ、ゴーラさんが魔物を蹴散らした結果、あの悲鳴という風に考えるのが良いのではないでしょうか」
「あ、あぁ……確かにそうだね、ダンさん、シンさん」
「良し、ではもう少し待っても拳児が戻って来なければ、我々も見て来よう」
という事で、僕達はもう少し待つことにした。
その間、全員が沈黙して強羅の帰りを待つ。
『強羅なら何事もなく帰ってくるんだろう』という信頼を持ちつつも、『強羅に何か有ったんじゃないか』という心配もあり、沈黙の時間が続く。
会話も時々だ。
「……中々帰って来ないね、拳児くん」
「大丈夫、拳児の事だ。彼奴は小さい頃から何があっても怪我した事は無かっただろう」
「……確かに、フフッ」
そんな時間がしばらく続いた後。
階段から足音が聞こえてきた。
タッ、タッ、タッ
「おっ、帰ってきたな」
僕が気付いてそう言うと、全員が階段の方を見る。
「おぅ、オメェら。待たせたな」
「お帰り、拳児くん! 大丈夫だった!?」
「拳児、無事で良かったよ」
「勿論だろ。俺を誰だと思ってんだ」
可合と神谷が拳児に駆け寄り、そう声を掛ける。
神谷は『心配してない』ような事を言ってたけど、ちゃんと心配してたんじゃんか。
さて、じゃあ本題と行こうか。
お疲れの所申し訳ないが、下に何があったか教えてもらおう。
「ところで強羅、下に何があった?」
「そうそう、途中で謎の悲鳴も聞こえたし」
「ん? お、おおぅ……」
すると、頭を掻いて強羅が答えてくれた。
「えーとだな、その……答えから言うと、下にはうちのクラスメイトが居た。例の音はアイツらの声だったって訳よ」
「「「「えぇ!?」」
「「「マジ!?」」」」
うちの同級生だったのか!
「本当か、拳児?」
「おう。で、『水をー……水をー……』って呻いてたな」
「成程。恐らく、手持ちの水分が尽きてしまったという事だな」
じゃあ、あの『ゥゥアアァァ…………』っていう謎の音はそいつらの呻き声だったのか。
なんだよ。てっきり魔物だと思って心配しちゃったじゃないか。
まぁ、杞憂に終わって良かったけどさ。
「所で、強羅くんが下りた後に響いた悲鳴は何だったの?」
あぁ、そうじゃん。忘れてた。
あの悲鳴は何だったんだろう?
「あぁ……やっぱ気になっちゃうよなぁ…………」
そう言われると余計に気になっちゃうじゃんか。
「えーと、そこなんだが……アイツら曰くだな、『ギラギラ光るメリケンサックを着けたデカい魔物が現れた』と言って、悲鳴を上げて気絶しちまったんだよ」
「「「「「え」」」」」
……ま、まぁそりゃあんな大男が突然現れりゃ驚くよな。
「で、今アイツらは気絶したまま置いてきちまった」
「「「「「え」」」」」
「そ、それは危険ではないか! 今すぐ行かないと!」
「おいおい強羅くん、もし今そいつらが魔物に襲われていたらどうするんだよ!」
「直ぐ助けに行こうよ!」
「そうだな。お前達も行くぞ!」
「「「はい!」」」
ってな感じで、強羅の爆弾発言を受けて僕達は下に居る同級生達を助けに階段を駆け下りていった。
8人で階段を駆け下りると、そこには幾つかの倒れた影が見えてきた。
「あ、居た!」
「周辺に魔物は居ないようだ。無事で良かった!」
可合の作り出した光の球に照らされ、段々とその顔がくっきりと見えてきた。
「あれは……長田君!」
「あ、飼塚くんだ! 森くんも!」
「真弓ちゃん! 召子ちゃん! しっかりして!」
それぞれが気絶した同級生に向かって駆け寄る。
倒れている5人は目にクマが出来ており、全身がダランとしている。
「おい、ちょっとこりゃヤバいんじゃねえか?」
「大量に発汗した痕跡、全身の脱力、口内は乾き、睡眠不足……脱水症状だ」
そうだな。『水を……』って言っていたようだし、それで間違いない。
僕も彼らの状態を確認してあげよう。
とりあえず近くに居る長田と森に【解析】を使う。
「【解析】!」
ピッ
===Status========
長田振之助 17歳 男 Lv.7
職:棍術戦士 状態:脱水症状(中)
===========
===Status========
森力也 17歳 男 Lv.7
職:斧術戦士 状態:脱水症状(中)
===========
2人とも脱水症状(中)か。
これは危険だ。
「あっ、なるほどー! 【鑑定】!」
ピッ
僕が2人のステータスプレートを見ていると、コースがそう言って僕に続いて【鑑定】を矢野口と呼川に使う。
どうやら僕のやりたい事に気付いてくれたのだろう。
「…………なるほどー! 2人とも脱水症状(中)だね!」
ステータスプレートを見つつ、コースがそう言う。
「数原君、コースさん、それは一体……」
「これはコイツらのステータスプレートだよ」
「ええ、表示させられるのか!? もしかして君達【鑑定】を習得し――――
「そんな事は後でだ。とりあえずコイツらをどうかしよう、神谷」
神谷が僕らの【鑑定】スキルについて聞いてくるが、無視だ無視。
僕のは【鑑定】じゃなくて【解析】なんだけど、それを指摘するのも後回し。
今はそんな所じゃないのだ。
「そ、そうだな。済まない数原君」
「よし、じゃあ全員でこの5人を上の拠点まで運ぼう」
「「「おう!」」」
「「「はい!」」」
そんな感じで、倒れていた長田、矢野口、森、呼川、飼塚の5人を3層目のテントへと運んで行った。
ちなみに強羅は気絶させた責任をとり、1人で2人を運んでいた。




