7-27. 混乱
さて、僕のLvアップがあってから1、2時間くらいだろうか。
シンにもその瞬間がやって来た。
相手はルート・バインダー1頭。
「シン君、今までに私が伝えた事を思い出して、やってみるのだ」
「はい、カミヤさん!」
「【乗法術Ⅱ】・ATK3、DEF3。これで攻防ともにバッチリだ。頑張れ、シン」
「ありがとうございます、先生!」
そう言うと、シンは剣を抜きルート・バインダーの方を向く。
両手で剣を構え、ジッとルート・バインダーを見るシン。
格闘術のような構えを取り、正対するルート・バインダー。
一瞬の沈黙が場を支配した後————
両者は動いた。
ルート・バインダーが右腕を前に突き出す。
「っ来た!」
何度も見た攻撃パターン。
右腕の根っこがシュルルルっという音と共に伸びる。
凄い勢いで伸びる根っこはシンの顔面へと迫る。
が、シンも既に見切っている。
シンに届く直前、剣で根っこを払い、首を曲げて避ける。
そしてその隙を逃さず、一気にルート・バインダーへと駆け寄る。
……見た事のある流れだ。
間違いない。
昨日神谷がやっていた『突き』の動作そのままだ。
超が付くほど真面目なシンだからこそ出来る、技だけでなく立ち回りまで忠実にコピーした動き。
『新しい事を学ぶ時にはまず模倣から始まる』という言葉があるけど、正にそれを体現しているようだ。
シンが間合いがどんどん詰めていく。
そして————
「ッ突キイイイィィィッ!!!」
神谷と同じ掛け声で、剣を水平に突き出す。
ピンと腕を伸ばし、勢いをそのまま剣に伝える。
ミシミシミシッ!
ルート・バインダーの胸に突き刺さった剣は、木が割れるような音と共にスルスルと入っていき。
バキバキッ!
そのまま、剣はルート・バインダーの背中を貫いた。
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アクティブスキル【強突Ⅰ】を習得しました
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「お、おぉぉ…………」
目の前に現れたメッセージウィンドウを眺めるシン。
「いい『突き』だった、シン君。完璧な一本だったよ」
「…………あ、カミヤさん!」
腕を組みつつ見ていた神谷がそう言うと、シンはウィンドウから目を離して神谷と目を合わせる。
「ありがとうございます! カミヤさんのお陰です!」
「そんな事はないさ、君の努力の結果だ。その調子でこれからも頑張るんだ、シン君」
「はい!」
そして、2人は大きなマメの出来た手で固く握手を交わした。
そんな感じで、可合は【光線Ⅰ】を、盾本は【硬叩Ⅰ】を、そしてシンは【強突Ⅰ】を無事習得出来た。
いやぁ、良かった良かった。
シンが強烈な突きを決めた後、再び探索が始まった。
毎回思うんだけど、ずっと同じ洞窟が続く。
魔物も勿論現れる。ケーブバットの奇襲には毎回驚かされるし、ロック・ピルバグの回転攻撃やルート・バインダーの根っこの腕が伸びるのは見ているだけでヒヤヒヤする。
のだが、心なしかメンバーは割と上機嫌だ。
それぞれが教え、教わった新技をモノにできたんだ。そりゃ浮かれちゃうよな。
だが、そういう油断した時に限って何か起こるモンだ。
「何か見えてきたぞ!」
「お、本当ですね! 階段でしょうか?」
先頭を歩くマッピング師の2人が何かを発見。
「まだ遠すぎて分からないが、近づけば分かるだろうな」
「あぁー、ついに4層目ですね! ゴールの6層目までもう少し!」
「よっしゃ! オメェら、気合い入れて行こうぜ!」
「うん!」
「ああ!」
「おぅ」
強羅のお陰で気合い注入された僕達は、自然と早歩きになる。
目に映るのは、通路の先にある階段。
だが。
「こ、これは…………」
「マジかよ!?」
「あ、あれ?」
その先にあったのは階段。
間違いなく階段だ。
但し。
「「「「「上り階段!?」」」」」
2層目へと戻ってしまう、地上へと続く階段だった。
「えー、なんでなんでー!?」
「これは……昨日の朝の所に戻って来ちゃったって事か?」
「いや、『実はこの階段は俺たちが下りて来たのとは別だった!』とかだったりして————
「いや盾本、オメェ団長の話忘れたのか!? 階段は各階層に1つずつだ。まずあり得ねぇだろ」
「あぁ、そうだった。スマン、強羅くん」
「拳児の言う通りだ。階段は1層に下りが1、上りも1であると考えるのが最適だ。団長曰く『ここは初心者向け迷宮である』ようだし、難しい事を考えるのは止めよう」
想定外の事態に混乱するメンバー。
しかし、神谷がなんとか纏める。
「じゃあ、これは昨日の朝下りてきた階段、って事か? 神谷?」
「あぁ。そう考えるべきだ」
「じゃあ、道に迷って帰ってきちゃった、って事?」
「ええぇ、それヤバくない?」
だが、神谷の言葉のせいで更に混乱に陥る。
神谷の努力は裏目に出てしまったようだ。
「いや、道に迷うって事は無いはずだ。シンとカミヤさんは地図を作りながら歩いていたんだろ?」
「はい、ダンの言う通りです」
シンがそう言って地図を僕達に見せる。
そこには、僕達が通って来た形跡が描かれている。
沢山の枝分かれがあるが、全体的に大きく∩字のカーブを描いている。
その両端にはそれぞれ、かわいい上り階段のマークが描かれていた。
コースの「今どこー?」という質問に、シンは「ここですよ」と言って右端の階段のマークを指差す。
「じゃあ、シンが地図を描き間違っちゃったとかー?」
「えぇ!? ここに来てコースは僕を疑うんですか!?
「いや、地図に間違いは無い。定期的にシン君の地図を確認していたが、書き損じは無い」
「じゃあなんで戻って来ちゃったんだろう…………
メンバーの混乱は止まらない。
それぞれが誰かのミスを疑う。
そしてまた誰かのミスを疑う。
もう疑心暗鬼状態だ。
いやー、でもなんでこの階段に帰って来ちゃったんだろう……
改めてシンの地図を確認する。
そういえば、3層目だけでこんなに沢山の分岐を通って来たんだな。
…………ん?
これって、もしかして……
【合同Ⅰ】っ!
……うんうん、なるほど。7個目までか。
って事は、アレか。
それなら、ワンチャンあるな。
「だーかーらー、朝イチで出発する道を間違えたんだろ!? それしか無えよ!」
「昨日は分岐で一泊しましたが、道は間違えていません!」
「一晩経ちゃ、来た道がどれで次進むのがどこくらいしか忘れるだろ!」
えぇー!?
少し地図を見ていた間に、周りで喧嘩が勃発してたよ。
強羅が痺れを切らし始めているようだ。
「いや、間違えていない」
「その証拠はあんのか————
「ちょっと良い? 気づいた事があるんだけど」
神谷と強羅の話に割り込んでみる。
強羅がキレて暴走中なので、こうでもしないと僕の話すターンが回って来ないだろうからな。
「なんだよ数原! オメェは関係ねえだろ!」
うぉー、怖っ。
「いや、1つ気づいた事があってね」
「うっせぇ、頭突っ込むんじゃねえよ!」
「なんだい数原君? この馬鹿の事は放っておいて、教えてくれ」
「……お、おぅ」
意外と強羅の扱いが雑なのな。
さて、それじゃあ説明、行こうか。




