7-25. 死球
翌朝。
現在時刻は8時丁度。
朝食をとり、寝具を畳み、装備を整え、探索の準備完了。
「おはよう。昨日は皆それぞれ、夜まで特訓お疲れ様でした。疲れは残ってないか?」
一応僕が前に立ち、そう言いつつ全員の顔を見る。
「はい! 大丈夫です!」
「応!」
「俺も大丈夫だぜ、数原!」
「オッケーだよ、計介くん」
うん、ほぼ全員朝から元気いっぱいだな。
よしよし。
……あ、今朝は盾本が居る。
「おっ、今日は盾本が遅刻してないな」
「なにその言い方!? まるで僕が遅刻魔みたいな……まぁ、否定はしないけど」
否定しないんかい!
少し笑っちゃったじゃんか。
まぁ、皆元気そうで宜しいね。
「心配御無用だ。特訓が翌日のコンディションを落としてしまっては、本末転倒だろう」
神谷に至っては言う事が違うね。
流石だ。
でもまぁ、時にそういう無理をしてでも頑張る事は必要だとは思うけどね。
「ふあ〜ぁ……」
おい、コース。
神谷がああ言ってる横で大欠伸しないでくれる?
しかも、お前の欠伸を見た可合が責任感じて『コースちゃんゴメンね、コースちゃんゴメンね……』って呟いちゃってるじゃんか。
昨日は可合に夜遅くまで付き合っててくれたのは嬉しいけどさ、無理はしないでくれよ。
「……まぁいいや。若干1名の目が覚めてないけど、迷宮探索4日目、始めよう!」
「「「「「おう!」」」」」
朝から色々あったが、その掛け声と共に僕達は探索を再開した。
迷宮合宿・4日目、スタートだ。
分岐点を左に進んでいく。
陣形は昨日までと同じく、マッピング師を先頭にして残りのメンバーがガヤガヤついていく感じだ。
いつもと同じ迷宮。
いつもと同じ探索方法。
いつもと同じメンバー。
だが、今日の僕は少し違う。
今までただ歩き回ってただけの僕じゃない。
昨晩決めた通り、僕も特訓だ。どんどん積極的に皆のサポートをしていくからな。
そしてどんどんLvをアップさせて、目指せ【合同Ⅰ】!
現金な奴? 勿論ですとも。
面倒くさがりでも、やりたい事には徹底的に、だ。
「あ、アレはロック・ピルバグですね」
「見た所、1匹だけのようだな」
そんな事を考えつつ歩いていると、シンと神谷が魔物を発見。
「よっしゃ、俺の出番だな!」
「おう。頑張れ、タテモトさん」
おっ、盾本の出番か。
昨日は【硬叩Ⅰ】の習得を頑張ってたからな。
見た感じまだ習得出来てはいない様子だが、昨日の成果見せてくれよ、盾本。
「……でも、いざ本物の魔物と実戦となると怖いな」
ちょっと膝が震えてる。
……なんだ盾本、ビビってんのか。
よし、僕もどんどんやっていこう。
「【乗法術Ⅱ】・DEF3! 頑張れ、盾本!」
「あ、先生!」
「先生、使ってあげたんだねー!」
盾本のDEFを3倍にしてやった。
これで叩をしくじっても、そう大ケガを負うことは無いだろう。
「あ、ありがとう……計介くん、今は一体……?」
盾本が僕の方を見てそう言う。
他の皆も、突然僕が謎の呪文を唱たからか『えっ?』という表情で見てくるが、気にしない。
「盾本のDEFを3倍にしたよ。これならビビることなく、気楽にやれるだろ?」
「ま、マジ!? 【状態確認】……」
盾本がの目の前に青い透明の板が現れる。
「…………DEF126!? マジか……」
「盾本君、本当に3倍になっているのか?」
なんだ神谷、僕の【演算魔法】様を疑ってるのか。
「あぁ、僕の装備込みで元々DEF42だから、ピッタリ3倍になってるよ」
「え、スゴい!」
「マジかよ!」
可合や強羅も驚きを隠せないようだ。
そういえば、神谷達には【演算魔法】を見せた事が無かったからな。迷宮入ってから一度も使ってないし。
まぁいいや。このままじゃ話が進まない。
「とりあえず盾本、DEFがそんだけあれば十分だろ。行ってこい!」
「あ、あぁ、そうだったな。サンキュー計介くん。よし、やってやるぞ!」
改めて盾本にやる気を注入。
盾本が鍋の蓋を構え、岩球に近づいて行く。
ゴロゴロゴロッ!!!
岩球が急加速し、盾本に向かって行く。
腰を据え、盾を岩球に向かって構え直す盾本。
「(足腰を使って、足腰を使って……)」
自分に言い聞かせるように呟く。
物凄い勢いで岩球が盾本に迫る。
そして、接触の直前。
「シールド・バーッシュ!!」
盾本が右脚を踏み込み、盾を前に突き出す。
よし、これなら行ける————
「あぁ、ダメだな」
僕の隣でダンがそう言った。
その直後。
ガンッ
盾本の鍋の蓋が斜め上を向く。
そこに直撃する岩球。
岩球は回転の勢いを使い、上り斜面のようになった鍋の蓋の表面を駆け上がるようにして、盾本の顔面へと一直線に向かう。
「あっ」
思わず、僕の口から声が漏れてしまった。
勢いが衰える事無く、盾本の顔面へと迫る岩球。
そして。
「えぇ————
ゴンッ!
「ぐっ、ガハッ…………」
岩球はそのまま盾本の顔に直撃し、盾本は背中から倒れていった。
「盾本くんっ!」
「おい、盾本君! 大丈夫かい?!」
「盾本!?」
顔面に岩製の死球を浴びた盾本に、皆が慌てて近寄る。
「あぁ、皆、俺は大丈夫だよ。ありがとう」
が、盾本は何事も無かったかのように一人で立ち上がる。
「あの速度、あの質量の物体を顔で受けたのだぞ! 大丈夫な訳が無いだろう!」
「あ、いけない! 鼻血が!」
「これでどこが大丈夫だと言うのだ、盾本君!」
あぁ、やばい。
盾本への心配が強すぎて、神谷が暴走を始めた。
「いや、何というか、思ったより痛く……ない、みたいな? とにかく俺は全然大丈夫だよ!」
「そんな無理して我慢しなくても――――
「カミヤさん、落ち着いて。大丈夫だよー!」
そんな暴走神谷の腕をコースが握り、止めに入る。
「今のタテモトさんは、先生の【演算魔法】のおかげで鉄壁の守りになってるんだよ! あんな魔物なんかに傷つけられたりしないよー!」
「あ、あぁ……そうか」
ちょっと惜しい。
鉄壁の守りではあると思うけど、鼻血が出てます。盾本、傷ついちゃいました。
「うんうん、コースさんの言う通り。【状態確認】……ほら、HPも2しか減ってないし」
「失礼…………本当だ、あの攻撃を直に受ければもっと減るはずだが、信じられない」
「そー! これが、先生の魔法の力なのー!」
コースにそんな事言われちゃ、先生照れちゃうな。
ちょっと嬉しくなっていると、神谷が僕の所にやって来た。
「数原君の力、初めて見たよ。孤独でありながら、君も努力していたんだな」
「おぅ。ナメんな神谷」
「それは失礼。ところで、先程盾本君に掛けた魔法は、『数学者』としての魔法なのかい?」
「そうだよ。その名を【演算魔法】と言う、僕の一番の武器だ」
「演算、か……確かにそうだな。数学者らしい。フフフッ」
あ、コイツ笑いやがった。
「ちょ、なんで笑うんだよ!」
「いや、済まん。君が『職が数学者だ』と悩んでいたのを思い出したが、上手く数学者なりに頑張っているようで良かったと思ってね」
「…………」
……懐かしいな。
王城で数学者の職を授かった時は、結構落ち込んでたからな。
「いやー。あんな直撃を受けといて言うのもなんだけど、助かったよ、計介くん。サンキュー!」
神谷との会話が切れた所で、盾本が入って来た。
「おぅ。今の魔法なら幾らでも掛けてやるから、【硬叩Ⅰ】の習得頑張れよ」
「勿論! そこまで言われちゃあ、計介くんの期待に応えるしかないな」
そう言って、僕と盾本はお互いに微笑んだ。
ちなみにこの後、歩きながらダンが盾本にアドバイスをしていた。
どうやら今回の失敗の原因は『腕に力が入り過ぎていた』事らしい。足腰ばっかりに意識してたから、腕がリキんじゃったのが悪いんだって。
僕も気をつけよう。




