7-22. 図形Ⅰ
勇者養成【迷宮】合宿、3日目の夜7時半。
風の街・テイラーから徒歩半日の【迷宮】。
その3層目の、とある分岐。
テントや寝袋が用意されているその隣で、新たな技を習得する特訓が行われていた。
コースと【光線Ⅰ】の習得を頑張る可合。
ダンと【硬叩Ⅰ】の習得を頑張る盾本。
神谷と『突き』の習得を頑張るシン。
それぞれ魔術師、盾術戦士、剣術戦士という同じ職を得たメンバー同士が教え、教えられる。
なんだか良いね。
そういうの、少し憧れるよ。
……僕も『ティマクス王国に学者が居ない』って事に頭の中で整理はついてるんだけど、やっぱり同じ職を持つ仲間は欲しいって思っちゃうな。
ところで、この光景を見て思ったんだけど、王都騎士団長・プロポートさんはこういう機会を作るために迷宮合宿をやったのかな。
いつまでも先輩が居るって訳じゃないと、いつかは騎士団が居なくとも1人で動けるようにならなきゃいけないんだと、そういう感じなのかな。
いやいや、考え過ぎだな。
さて…………特訓、か。
僕はさっさと寝てしまおうって思ったんだが、グループのメンバーは皆それぞれ強くなろうと頑張っている。
そういえば、強羅も洞窟の壁際で1人筋トレを行っている。
壁際のちょっとした凸凹に足を掛け、絶賛腹筋中だ。
……こんな空気の中じゃ、僕がただ1人寝るって訳には行かないよな。
皆も頑張ってるんだ。僕も特訓、やりますか。
僕がやる特訓、それは『数学の勉強』だ。
と言ってもまだ小学校の範囲、算数なんだけどね。
という事で、僕のリュックから紙とペン、参考書を取り出し、リュックを机がわりにしてセッティング。
盾本の魔力ランプを点けているので、読み書きするだけの明るさは十分ある。
机の前に座る。
よし、準備オッケーだ。
参考書の目次を開く。
縦にズラーっと項目が並んでいる。
えーと、前回やったのが『計算順序』だから、その下は……『割合』。
あぁ、『割合』もやったな。
この2つは順番間違えてやっちゃったんだった。
『割合』の下は……『図形』か。
今日はコレだな。
一度周りを見回す。
魔術師も盾術戦士も剣術戦士も強羅も、先程と変わらず特訓中だ。
ちなみに強羅は絶賛腕立て伏せ中。
うん、皆も頑張ってるし、僕も頑張ろう。
遅れは取りたくない。
さて、僕も始めますか。
●図形
『数学』のイメージといえば、数字や記号、アルファベット、ギリシャ文字を使って数式を立て、計算するというモノを思い浮かべる人が多いだろう。
だが、いつもそんな感じって訳ではない。
その例として当てはまるのが今回の『図形』だ。
この参考書では、小学校の各学年で扱う『図形』の分野をここに纏めているらしい。
小学校の図形分野では色々な事について学ぶが、ポイントは『三角形』『四角形』『円』『合同』『多角形の内角の和』『図形の面積・体積』の6項目だ。
この参考書では、それぞれのポイントごとに纏まっている。
それじゃあ、ポイントの1つ目から読んでいこう。
Point①
『三角形』
まず三角形とは何かと言うと、『3つの線分で囲まれた多角形』だ。
……そんな風に言っても、高校生ならともかく小学生には分からないよね。
参考書曰く、上の文を簡単に書き換えると『3本の線で囲まれた形を『三角形』って呼ぶことに決めますよー』っていう感じらしい。
で、三角形の3本ある線を『辺』、3つの点を『頂点』と呼ぶようにも決まっている。
うん、実に分かりやすくて宜しい。
ところで、呼び方は『三角形』なのに決め方は『3つの線で囲まれた』なんだね。
不思議だ。
まぁ、それは置いといて。
三角形とはなんぞや? という事が分かったと思うので、次に三角形の種類を見ていこう。
三角形には3つの辺の長さや角度の大きさによって、特別に名前の付いたものがある。
まず、特別な三角形その一、『二等辺三角形』。
3本の辺のうち、2本の辺の長さが等しい三角形はこの名前を授かることが出来る。
他の三角形よりも特別扱いなのだ。
但し、特別扱いしてくれる代わりに少し面倒事が増える。
長さが等しくない1本の辺は『底辺』、底辺の両端にある角を『底角』、残りの角を『頂角』というのだ。
少し面倒になるが、覚えよう。
ちなみに、『2つの底角はどちらも同じ角度』というのは大事なポイントだ。
2辺だけじゃなく、2角も等しいのか。忘れないようにしよう。
だが、『二等辺三角形』よりも更に特別扱いしてもらえるモノがある。
それが特別な三角形その二、『正三角形』。
これは、3本の辺が全て等しい三角形のみ授かることが出来る名前だ。
3本とも長さが揃ったのだ。
正三角形はもう神レベルでの特別扱いだ。二等辺三角形の比じゃない。
そのため、『底辺』だの『底角』だの『頂角』だのという面倒事が正三角形には無く、『辺は全部同じ長さ、角も全部同じ大きさ』とだけ覚えればいいのだ。
これは楽チン過ぎるな。
極度の面倒くさがりの僕でも覚えられる。
そして、最後に特別な三角形その三、『直角三角形』。
3つある角のうち、大きさが丁度90°のものが一つあればこの名前を授かることが出来る。
それなりに特別扱いしてくれるが、代わりの面倒事として『直角な角にくっついていない辺』を『斜辺』という。
これらが特別な三角形だ。
参考書には、図を使って簡単にまとめられている。
┌三角形────────────┐
│ │
│┌二等辺三角形─┐ │
││ ┏┿直角三角形┓│
││┌正三角形┐┃│ ┃│
││└────┘┃│ ┃│
││ ┗┿━━━━━┛│
│└───────┘ │
└───────────────┘
気付いた人もいるとは思うが、二等辺三角形と直角三角形はダブルで授かることが出来る。
そんな三角形には、『二等辺』と『直角』の2つの特徴を併せ持った『直角二等辺三角形』という名前が与えられる。
素晴らしいね。
小学校で学ぶ三角形については以上だな。
Point②
『四角形』
四角形については、基本的に三角形と同じだ。
『4本の辺で囲まれた形』、それが四角形である。
で、四角形にも同じように特別な名前が存在する。
これについて見ていこう。
まず特別な四角形その一、『正方形』だ。
正方形、と言えば殆どの人が頭の中にその形を思い浮かべられるだろう。
だが、たかが正方形と舐めてはいけない。
こいつはキング・オブ・四角形とも言える、四角形中の四角形だ。
四角形のなかでは神レベルだ。
それゆえ、正方形という称号を授かる条件は結構厳しい。
『全部の角が直角』と『全部の辺が同じ長さ』の2つを満たさなければ、正方形にはなれない。
だが、これじゃちょっと条件が厳し過ぎる。
という訳で、条件を少し緩くした立場が作られた。
それが特別な四角形その二、『長方形』だ。
長方形の名を授かる条件は、『全部の角が直角』だけ。
正方形の半分だけになった。
長方形の特徴としては、『対辺の長さがそれぞれ等しい』だ。
長方形になれば自動的に、向かい合ったペアの辺の長さは一緒になる。
覚えておこう。
だがここで、『ちょっと待てよ』と文句が入る。
『全部が直角』だけを満たした四角形は『長方形』と呼ばれるようになった。
だが『全部が同じ長さ』だけを満たした四角形に名前は無いのか、と。
それは不公平だろう、と。
その不満に応えて作られたのが特別な四角形その三、『ひし形』だ。
ダイヤ形、とも呼ばれる形だ。
ひし形という名前を授かる条件は『全部が同じ長さ』。
そして、ひし形の特徴としては『対角がそれぞれ等しい』『対角線が直角に交わる』というものがある。
これらはひし形ならば自動的に備わるので、覚えておこう。
だが、人とは欲を張る生き物だ。
面倒くさがりなので、もっともっと条件を低くしたがる。
そこで作られたのが特別な四角形その四、『平行四辺形』だ。
『四辺形』と名乗ってる時点で『四角形』という名前を捨ててしまっているが、一応これも四角形の一種だ。
平行四辺形という名が与えられる条件は『2組の対辺がそれぞれ平行』であること。
イメージで言えば、『斜めに潰した長方形』か『片方に伸ばしたひし形』だ。
特徴としては『対角がそれぞれ等しい』『対辺はそれぞれ長さが等しい』というものがある。
さて、平行四辺形を作った時点で『四角形』という名のプライドを捨ててしまった。
プライドさえなくなってしまえば、その先は早い。
そして作られてしまったのが特別な四角形その五、『台形』だ。
そこに『四角形』という名は跡形すらなく、遂には『四』という字さえ捨ててしまった。しまいには『台』という道具の名前を借りる始末となってしまったが、一応これも四角形の一つだ。
台形の条件は『1組の対辺が平行』だ。
……ハードルが低すぎるだろ。
果たして、こんな条件で『台形』という名前を貰って嬉しいのかどうかは分からないけど、まぁきっと嬉しいんだろうな。
『僕は特別扱いしてくれる四角形です!』っていう事実が欲しいんだろう、きっと。
……フゥ、図形の勉強をしているうちに四角形に感情移入してしまっていた。
特別な図形の形が作られた本当の経緯は良く分からないので、今までのヤツはとりあえず諸説ある内の一つとさせて貰おう。
参考書を読みながら考えていた、僕の想像の世界が混ざりつつあるからな。
という訳で、以上の四角形についても図に纏めるとこうだ。
┌─台形────────────┐
│ ┌─平行四辺形─────┐ │
│ │ │ │
│ │┌─長方形──┐ │ │
│ ││ ┏━━━┿━━┓│ │
│ ││ ┃正方形│ ┃│ │
│ │└──╂───┘ ┃│ │
│ │ ┗━━ひし形━┛│ │
│ └───────────┘ │
└───────────────┘
これを見ると、台形の中で特別な形が平行四辺形、その中でも特別なのが長方形、その中でも……となっていることが分かる。
そう考えれば、正方形は台形の一種であり、かつ平行四辺形の一種であり、かつ長方形の一種でもあり、かつひし形の一種でもある四角形であるという事だ。
これが正方形のキング・オブ・四角形と言われる由縁だろう。
さて、四角形についても以上だな。次はPoint③だ。




