7-19. 踊り
気付いたら今日で100話目になりました!
3桁の大台に突入だー!
……と言っても、特に何もありませんが。
これからも『数学者』をよろしくお願いします!
「アイツの名前は『ルート・バインダー』。アイツも厄介な魔物だ」
魔物図鑑の情報を頭の棚から引き出す。
コイツは割と簡単に思い出せた。結構、僕の中では印象が強かったからな。
3人でクネクネと踊るルート・バインダーを眺めつつ、話し合う。
「またですか……」
「こいつも厄介なのか。どのような点で厄介か、教えてくれ」
「あぁ。コイツは、地中にある根っこに魔力が溜まって生まれる魔物でな」
「ほう。つまり、木の根さえあればどこでも生まれ得る、という事だな」
「そんな感じっすね」
まぁ、正確に言えば『木の根だけでなく、植物の根っこであれば大小・新旧・種類問わず』生まれ得る。
ここでは地上が草原、更に魔力が溜まっている迷宮だ。ルート・バインダーにとっちゃ最高の環境だろう。
「で、ルート・バインダーの主な攻撃は自身の身体、木の根を使って敵を縛り上げる事だ。敵の身動きを取れなくして、その後どうするかはご想像にお任せだな」
「先生、でもそれって攻撃って言って良いんですか? ダメージを与えるような効果では無さそうですけど」
「シン、何もダメージを与える事が攻撃って訳じゃない。そういう、補助的な能力も戦略においては必要だ。って魔物図鑑に書いてたよ」
「成程……」
「だが、その攻撃は厄介だ。場合に依っては普通にダメージを与える攻撃よりも危険だ。例えば、私達の全員が縛られて動きを止められた所にロック・ピルバグがやって来たら————
「団子虫の蹂躙だな。多分、全滅する」
「えぇ……本当に厄介ですね」
そして、シンが大きく溜息を一つ。
普段絶対見せないような疲れた表情で俯き、呟き始めた。
「はぁ…………ケーブバットは魔法しか効かないし、ロック・ピルバグは打撃しか効かない。そしてルート・バインダーは攻撃が厄介だ。剣術戦士からすれば、厄介のオンパレードですよ、本当に」
……真面目なシンがそんな愚痴をこぼすなんて。
色々溜まってるんだろうな。
だが、そんなシンにいいお知らせだ。
「……お前も大変だな、シン。だが、そんなシンくんに朗報です」
「え、何でしょう?!」
朗報という単語を聞いて急に目を輝かせるシン。
根っからのピュアだな。
根だけに。
「ルート・バインダーは魔法に耐性があって殆どの攻撃魔法は効かず、気絶の状態異常にならないので打撃もあまり意味が無い」
「やっぱり、色々と厄介な特性を持ってますね……」
「そうだな。だが、ルート・バインダーの弱点は、魔法の中でも唯一効く火系統魔法と斬撃なんだよ」
「おぉ!」
「それは本当かい、数原君!?」
シンだけでなく、神谷まで喰いついてきた。
あぁ、そういえば神谷も職は剣術戦士だったな。
重要物に[日本刀]なんかを持ってきてたしな。
「あぁ。相手は所詮、木だ。斧で木を切り倒すんだから、剣でも行けるだろ、って感じなんだろうな」
「確かにそうですね。あぁ、ついに剣術戦士にも出番がやって来ました!」
シンの目の輝きが更に増す。
確かに、今までマッピングしか出番が無かったもんな。
ここに来て剣術戦士として活躍できる機会が出来た。おめでとう。
「さて、それではさっさと倒しちゃいましょう! 私の【強斬Ⅴ】、あの魔物にお見舞いしてやりますよ!」
「おお、シン君のお手並み、拝見させて頂こう!」
「おぅ、頼んだ。単体で居るルート・バインダーは基本攻撃して来ないが、殺気を感じたり近づきすぎたりすると攻撃を仕掛けてくるぞ」
「はい、分かりました!」
やる気に満ち溢れたシンがそう答える。
そして僕とシン、神谷は例のルート・バインダーの方へと振り向く。
「さぁ、掛かって来なさい、ルート・バインダー――――
「……へ?」
「……何これ?」
「……君達は一体何をしているんだい?」
ルート・バインダーの方へと目を向けると、そこには謎のフラダンサーが居た。
コースがルート・バインダーと向かい合って一緒にダンスをしている。
……何この光景。中学生程の女子と魔物が暗い洞窟の中で一緒にフラダンスするって。
っていうか、ルート・バインダーの踊りもいつの間にかフラダンスになってるし。
さっきまでもっと気味悪いグネグネな踊りをしていたはずなんだけど、まさか動きをこっちに合わせてきたのか!?
「……おい、コース。これは一体何なんだ?」
「あー、先生。この魔物が歓迎のダンスを披露してくれたから、私も一緒に踊りをしてるのー!」
……いや、多分歓迎のダンスではないから。
そのグネグネしてる状態がデフォルトなんだと思うよ。
「お、おぅ。まぁ、コイツは近づいたり殺気を見せなければ攻撃して来ないから、こうやって一緒にダンスしてる分には安全か」
「い、いや……先生、安全とか危険とかの問題じゃないですよね。早くコイツを倒して、3層目の探索を始めましょうよ! 通路に居座るコイツを倒さないと、先に進めませんよ!」
「あぁ、そうだった。すまん、シン」
まぁ、確かにシンの言う通りだ。
こんな所で踊ってないで、さっさと迷宮最下層へと向けて探索を始めないと。
……あと、シンから『早く狩猟したい』オーラが滲み出ている。
迷宮に入ってから暫く剣を握っていなかったしな。そうなるのも仕方ないだろう。
「ほら、コース、どいてくれ。シンがそいつを倒して、3層目の探索を始めるぞ」
「えー……せっかく仲良くなれたのにー……」
「いやいや、相手は飽くまで魔物だ。気を抜くな」
「はーい……」
コースがフラダンスを止め、他のグループの所に向かう。
それに合わせてルート・バインダーもフラダンスを止めると、シンから放たれる殺気に気付いたようだ。
顔は無いが、シンの方を向いたのが分かる。
シンも改めてルート・バインダーの方を向き、お互いが正対する。
シンの目つきは鋭く、集中しているのがわかる。
それに皆も気づいたようで、全員が黙って二者から距離を置く。
周囲の空気がガラリと変わり、一気にピンと張った雰囲気に包まれる。
シンは腰から剣を抜き、両手で持って構える。
ルート・バインダーも腕の部分をクネクネと動かし、格闘術のような構えを取る。
構えをとった両者の距離はまだ開いており、お互いに攻撃は届かないだろう。
メンバーの誰もが息を殺し、両者を見守る。
聞こえるのはシンの微かな呼吸音だけ。
そして数秒間の沈黙の後、状況は動いた。
ルート・バインダーが右腕を大きく振りかぶり、水平に振り抜く。
シュウゥゥゥゥッ!
すると、その勢いと共に腕の部分の根っこが伸び、音を立てて鞭のようにシンへと迫る。
「なっ!」
咄嗟にしゃがむシン。
その頭上を、空を切る音と共に伸びた腕が通過する。
シュルルルルルルルルッ!
「あっ、しまった!」
のだが、シンの頭より上に残された剣の先端に木の根っこが巻き付く。
ルート・バインダーが右腕を引くのに合わせて、シンも引き寄せられる。
シンの剣を手放させようとしているのだろう。
「クッ……【強斬Ⅴ】!」
シンがスキル名を唱え、剣を上下に大きく振る。
ブチブチッという音と共に絡まった根っこが断ち切られる。
顔が無いので分からないが、ルート・バインダーからは悔しげな感情が伝わってくる。
ルート・バインダーの動きが一瞬止まった。
その瞬間、シンは一気にルート・バインダーへと駆け寄る。
「ウオォォォォッ!!」
剣を右肩に振りかぶりつつ、距離を縮める。
ルート・バインダーも左腕を挙げ、腕で攻撃を受ける構えをとる。
そして、シンがルート・バインダーへと辿り着いた。
「【強斬Ⅴ】ッ!」
掛け声と共に、シンが剣を振り抜いた。
剣は残像を残す勢いでルート・バインダーの左腕を斬り落とし、胴体を右上から斜めに斬り進む。
バキバキバキッ!!
そんな音と共に剣は胴体の左下へと進み、斬りきった。
胴体で斜めに真っ二つになったルート・バインダーはそのまま倒れた。
「……フゥ。倒しました!」
倒れたルート・バインダーがピクリとも動かないのを見て、シンが僕らの方を向いてそう言った。
「「「オオォー!」」」
「やったな、シン!」
「凄かったよ、シンさん!」
「シンさっすがー!」
それを聞き、拍手と歓声を上げる僕達。
「やったな、シン。カッコよかったぞ」
「はい! 先生、ありがとうございます!」
……僕、何もしてないんだけどね。
そんなシンは、皆の歓声を受けて顔が赤くなっている。
恥ずかしいのかな。
まぁ、活躍できて良かったじゃないか。
初めてのシンの出番は大成功に終わったようだ。




