0-1. 夢
「…………はっ」
————気付くと、僕は一面真っ白な世界に立っていた。
「ココは…………?」
右も左も、頭上も足元も真っ白。
壁も床も、天井も無い。
足元には僕自身の影すら無い。
そんな一面真っ白な世界に、僕と————向かい合って女性が1人、立っていた。
「……えっ」
白銀色の髪は腰まで届き、真っ白な布を纏い。
身長は僕より少し高く、スラッとした美人。
知り合いには居ない。見覚えも全く無い。……けど、確実に美人さんだった。
そんな女性が、口を開いた。
「…………どうか、私達の世界を救ってください……」
「…………えぇ?」
何と言われるかと思いきや、まさかの第一声がいきなり救助要請だった。
えぇ……、『私達の世界を救って欲しい』、か……。
まぁ、僕は困ってる人が居たら助ける主義だしな。
もしこんな僕でも力になれるのなら是非是非――――
「ってちょっと待て待て!」
「?」
その前に、あの人は誰なんだ一体?
僕の知り合いにそんなキレイな銀髪の人なんて居ないぞ。ってか日本でもあまり見かけないし。
そもそもココは何処なんだよ?
……色々と分からない事が多すぎる。
「んん…………分からない」
……あの人は一体ドコの誰だ?
ココは何処なんだ?
そして1発目の質問はどう言う意味だ?
頭を抱えて考えるけど……勿論答えは出てこない。
「んん……」
……こうなりゃ無視か?
面倒な事には手を出さないのが一番だ。
けど、だからといって無視も違うよなー。
知らない人だからって突き放すのもなんか冷たいし。
……よし。
ちょっと話だけでも聞いてみるか。
「あのー……『世界を助けて』って、どういう意味ですか?」
「はい……」
すると、彼女は俯いて話し始めた。
「……私達の世界では、突如現れた『魔王』によって人類の命が脅かされているのです————いえ、もう既に失われた命も少なくありません」
『魔王』?
魔王……魔王かー……。
そんな物騒な事件、最近日本で起きてたっけ?
スマホでニュースとかは毎日ザッと見てるけど……国内、いや海外のニュースでもそんな話は聞いた事無いぞ。
まぁ……強いて言えば、あの半島の北半分に居る角刈り坊ちゃんくらいか? 魔王と呼べるのは。
「日本……いや、世界中でそんな事起きてましたっけ?」
「いえ、貴方の世界ではなく、私達の世界です」
『私達の世界』? どういう事?
「日本じゃない……って事は、どちらの国のご出身で?」
「そういう話ではないのです」
えっ……?
「ちなみに……地球人ですか?」
「恐らく違います」
地球でもない……。
それってまさか宇————
「貴方がたの世界で言う、宇宙人でもありません」
……不正解だったみたいだ。
けど、宇宙人ですらない……って事は……?
「私は……貴方がたの世界でいえば、『異世界』の者です」
「いっ……異世界……!?」
えっ……嘘だろ?
「……マジで?」
「はい」
マジかよ!!
色々とそういう系の物は読んでたけど……本当に存在したのかよ、異世界って!
「……実はそういうの、ちょっと憧れてたりもしてたんだよねー……」
「そう言って頂けると嬉しいです……」
思わず溢れた独り言に、少し照れる彼女。
だが……直ぐに表情がシリアスに戻り、話を続けた。
「実は、そんな私達の世界……貴方からすれば『異世界』は今、私達の世界の力だけではどうすることも出来ず、ただただ滅びを待つのみなのです。……そこでどうか」
グイッと顔を上げ、僕と目を合わせる彼女。
「異世界に生きて居られる、貴方がた……特別な力を持つという勇者様の、お力をお借りしたいのです」
……僕達が? 特別な力を?
いやいやいや持ってないよ全然。マンガやアニメでよく見る魔法だの異能だのも所詮作り話だし。
「……あなた方の大変なご迷惑になるのは重々承知しております。勿論、嫌と言うのでしたら私も無理強いしません。ですがどうか……私達を助けて頂けませんか?」
彼女の口調に段々と焦りの色が見え始める。
……まるで新歓期間中の部員さんみたいだ。
けど、一目見て分かる。
この人、なんだか明らかに焦ってるぞ。
何か訳アリなのは確定だろう。
となると……彼女を助けてあげるのか、僕?
……いやいや、でも面倒事は嫌いだし。
だけど相手は憧れの『異世界』だぞ。ソコもちょっと気になるし……。
うーん、完全に葛藤状態だ。決められない。
せめてもう少し情報がないと断るにも断れないし、どっちかに決めるに決められないよな。
……よし。まずは情報収集から行こう。
「……き、協力するかどうかはともかく、ここが何処なんですか? あと貴方は誰なんでしょうか……?」
「……っ!!」
恐る恐る聞いてみるや否や、彼女の差し迫った表情が一変。
『ハッ!!』という表情を浮かべてアタフタしている。
……どうしたよ急に。
「た、大変失礼致しました、勇者様。名乗りもせずにこんなお願いをしてしまったご無礼、どうかお許しくださいっ!」
「……気にしてないので大丈夫です」
そう言い、ペコペコ何度もお辞儀。
……ちなみにだけど、まだ『勇者』確定してないからね。『勇者候補』ですから。
「『自己紹介を忘れんな』っていつも言われているのに、またやってしまいました……」
……もしかしてこの人、ポンコツなのかな……?
「私の名前は特にありません。が、こちらの世界では『光の精霊』と呼ばれております。【光系統魔法】を司っております」
……まさかの彼女は精霊様だった。
しかも『司っております』ってセリフ、中々聞かないぞ。もしかして相当お偉いさんなんじゃないの?
……ポンコツって言ってごめんなさい。
「『魔法を司る』って……もしかして、そっちの世界には魔法が?」
「はい! ございます!」
へぇー。魔法の世界か。
好奇心ポイントに+1点。
「魔王は闇系統の魔法を操ります。それを相手取るのに最も相性が良いのが光系統であり、私が勇者様のご助力をお願いする係にさせられちゃったのです」
闇の力に光の力、いいねいいねー。面白そう。
好奇心ポイント+1。
あと『係』とか『させられちゃった』とか言うな。何も知らない僕が言うのもなんだけど、完全に押し付けられた感が丸出しじゃんか。
……それでいいのか。
「そして今、私はあなたの夢の中にお邪魔して、ご助力をお願いしている次第です」
「成程」
そっか。この真っ白世界は僕の夢の中だったのか。
そう言われれば、記憶は昨夜ゲームやってた所までしか遡れないし……これも多分嘘じゃないな。
「……そういう事でしたか」
とりあえず、大体の事は分かった。
聞いてて面白そうだ。
ぶっちゃけ異世界とかそういう物に憧れが無い訳じゃなかったし。
答えは決まった。
勿論————
「まぁ、話は分かりました。面白そ……いえ、僕で良ければ、そちらの世界を救う力になりたいと思います」
「あ、ありがとうございます! 勇者様のご協力、こちらの全人類を代表して感謝いたします!」
そう言い、再び頭をペコペコ下げる精霊様。
「お、おぅ……」
全人類ですか……。大袈裟な。
そこまで言われてもピンとこないよ。
「じ、じゃあ……今から行くんですか?」
……だとするとちょっと困るな。
もう少し時間が欲しい。
「いえ、今すぐにと申すつもりは最初からございません。勇者様方にも色々と心の準備や身なりを整える時間は必要でしょうから……」
おぉ、よく分かってるじゃんか。
「……今から24時間後。『あなた方の世界』でいう次の0時丁度に、勇者様を召喚させて頂きますね」
オッケー、次の0時ね。
……にしても、『召喚』か…………。
そうか。僕召喚されちゃうのか。
「分かりました。それじゃ————
「あ、あと一つ。それまでの間に、皆様には何か一人一つ、ご自分の物を一緒に重要物としてお持ち頂けますので、召喚の時刻にはそれを手にしてお待ち下さい」
……キーアイテム?
「はい。私達の世界へ来られる際に勇者様方とリンクされ、きっと皆様の力となりうるアイテムになるでしょう」
「重要物……切り札的なモノですか?」
「はい!」
はぁー……成程ね。
まぁ、何か切り札になりそうなアイテムを持っていけと。
うーん、切り札と言われりゃ、やっぱり武器だよな。
剣とか鎧とかかな?
……そんなモン、勿論持ってないけど。
「……何でも良いんですか?」
「はい。勿論です」
……こう言われると逆に思いつかない。
1つだけだし、悩む。
「……今決めなくても大丈夫ですよ。あと24時間ありますので」
……確かにそうだな。
目が覚めてからゆっくり考えればいっか。
……っと、精霊様のお話はこれくらいか。
なんだか本当に夢のようなお話だな。
夢の中なんだけど。
「まぁ、重要物は明日中に準備しておきます」
「はい」
そういうと、精霊様はニコリと笑って頭を下げた。
「よろしくお願い致します。では、後ほど改めて」
そのセリフを最後に————夢の中の真っ白世界は霧のように消えていった。