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エドウィン 3

 まさか20年近い時を経て、再びあの事件がぶり返されるとは夢にも思っていなかった。


 きっかけは領地の鉄鋼製品の偽物流通事件だ。数年前から偽物が市場に混じり始めて頭を悩ませていたときに息子のウィリアムから解決の糸口を見つけたと報告されて、この件は息子に任せていた。そして、主犯格として息子が私兵と伴にとらえてきた女は、忘れたくとも忘れられない女だった。そこに居たのはあの事件を裏から手引きしたとして捉えられ、貴族追放になったルシエラだった。


 事件の真相は俺も想像していないようなことだった。ルシエラの罪深さに戦慄を覚えるとともに、絶対に許せないと思った。

 だが、話はそれだけでは終わらなかった。スフィアの兄嫁のユリアが、俺がずっとスフィアに隠し続けてきたことを暴露したのだ。真実を知った父親は激昂して皆の前で俺をぶん殴った。そして、スフィアは気絶するほどのショックの受けた。


「何故教えてくれなかったのです!」


 後日、やっと寝床から起き上がってきたかと思ったら青白い顔をしたスフィアは俺が真実を教えなかったことを責めてきた。


「教えてどうなる?俺は一人しかいないんだから君のエスコートをしたらアニエスをエスコートできないのは当たり前だろう?それに、事件のことは教えてもアニエスは帰ってこない。君が傷つくだけだ」

 

「私が傷つくだけかどうかはあなたが決める事ではありません!あの方にしてしまった仕打ちを考えると、私の行動はなんと浅ましいことか!!」


 スフィアは両手を震わせて嘆き悲しんだ。


「教えたところで君に何が出来る?君はユリアの言う通り、いつも誰かに助けてもらうばかりだ」


 その言葉を聞いたスフィアは目を見開いて俺を見つめ返すと、絶句した。そして、暫しの沈黙の後に今まで一度も見たことがないくらいに激怒した。


「私はあなたの飾りではありません。私にだって考えることは出来ます。意思のない人形ではないのです!!」 


 そしてスフィアは屋敷を飛び出していった。行先は領地の屋敷だ。どうせすぐに戻って来ると放っておいたが、俺の予想とは裏腹に1ヶ月経っても帰ってこない。領地の屋敷の者からの報告によると熱心に慈善活動を始めたらしい。


「父上。迎えに行かないのですか?」


 息子のウィリアムは事ある度に俺にそう聞いてきた。向こうが勝手に出ていったんだぞ?何故俺が迎えに行く必要がある?


「必要無い」


 そう言い放つと、息子はいつか見た従兄弟のような目で俺を見た。そうだ、従兄弟がかつて俺を哀れな男と言ったあの時と同じ目だ。不愉快に感じて睨み返すと息子は肩を竦めて去って行った。


 そんなある日、息子の婚約者のカンナの父親でもある俺の従兄弟が屋敷を訪ねてきた。外国産の高級酒が手に入ったから一緒に飲もうと言う。


「奥方は戻ってきたかい?」


「いや」


 従兄弟は酒を飲み暫く世間話して程よく機嫌が良くなったところでそう切り出した。きっとカンナ経由で話を聞いているのだろう。俺の返事を聞いた従兄弟は納得したように「だろうな」と頷いた。


「エド。前にも言ったことがあるが、大切なものは大切にしないと両手からこぼれ落ちるんだ。うぬぼれるな」


「なにを?」


「奥方のスフィアを愛しているんだろう?失ってからでは遅いんだぞ?」


 俺は従兄弟が何を言っているのかがわからずに、眉間に皺を寄せた。


「君がクランプ侯爵令嬢よりも奥方を選んだとき、僕は君にも理屈より優先させたい女性が現れたんだと思ったんだが違ったかな?」


 俺は従兄弟の言葉に衝撃を受けた。確かに俺はあの当時、条件の良いアニエスよりもスフィアを優先させた。俺が理屈抜きでスフィアを愛してるだと?


「君はカミーユ殿を馬鹿な男だと思うか?妻のために爵位を失った彼は一部の貴族連中からは良い笑い物だが、同時にそれ程大切に思える奥方を得られたことは羨望の的だ」


「俺が迎えに行けばスフィアは戻ってくると思うか?」


「さあな?なりふり構わず縋ってくるといい。君が土下座でもしたら驚いて頷くんじゃ無いか?いや、むしろ土下座してこい。君にお灸を据えるにはちょうどいいし、いい気味だ」と従兄弟はニヤニヤと笑った。


 妻を迎えに行こうと思い立ったその日、屋敷の私室から庭園を見下ろすと手を握り微笑み合う息子と婚約者の姿が目に入った。その姿は何故か、かつて見た幼なじみとその恋人の寄り添う姿と重なった。

 貴族の婚姻に愛など面倒なだけだと信じてきた筈なのに、寄り添う彼らが眩しくて、底知れぬ羨ましさを感じた。俺はしばらく2人の姿を見つめた後、一人屋敷を後にした。


 


 


つぎはスフィアかユリアのどっちかです

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