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エドウィン 2

 ある時、スフィアが俺以外の相手からエスコートの申し出を受けたと言い出した。スフィアは見た目が可愛らしく、庇護欲をそそる。それにやられた高位貴族が現れたのかと内心で舌打ちした。

 本来ならばここでスフィアのエスコート役はお役御免にして俺はアニエスの元に戻るべきだった。だが、俺はスフィアが別の男にエスコートされるということに言いようのない不快感を感じた。


「君にドレスをプレゼントしようと思うんだ。いつもアニエスのお下がりだろう?一着くらい君のために作った物があってもいい。次の舞踏会はそれを着て欲しいから俺がエスコートするよ」


 将来の妻の最有力候補であるアニエスにすらドレスなど贈ったことはない。それなのに、既製品とは言え俺はスフィアに自分の色のドレスを贈った。

 スフィアは貴族の常識に疎い。空色のドレスを贈ったとき、初めての新品ドレスにただただ喜んでいたが、それが意味するところは理解していないようだった。そして、俺もその意味を教えることはなかった。


 その舞踏会以降、アニエスの俺に対する態度は明らかに変わった。もともと仮面の様な笑顔を貼り付けて微笑んでいることが多かった彼女だが、それでも俺に対する感情の起伏が顔に現れることがあった。

 それなのに、今のアニエスは一切の感情を現さず俺と一線を引いていた。まるで、『私はあなたのことなど、どうでも良い』と言っているかのような態度だった。


 そんなある日、俺は舞踏会会場のテラスにいるアニエスとアーロンの姿を見つけた。アニエスはアーロンに甘えるように絡みつき、幸せそうに満面に笑みを浮かべていた。絡み付かれたアーロンはとても優しい目をしてアニエスを見つめている。

 衝撃的だった。アーロンといるアニエスと俺の知るアニエスとは全く違う女のように見えた。彼女はいつだって穏やかに微笑んでいて、凛としていて、決してあんな風に自分の感情を顔全体に表すことはなかった。少なくとも、俺は社交界デビューした後にあんな顔をしたアニエスを見たことは一度もなかった。


 「お似合いの二人だな」という声がして横をみると、いつの間にか俺の隣には最近結婚したばかりの従兄弟がいた。「相思相愛の様子だ。爵位も年齢も釣り合っている」と従兄弟は目元を柔らかくした。


「相思相愛でお似合い?」


 訝し気に眉を寄せた俺に対し、従兄弟は首をかしげて見せた。


「どこからどう見てもそうだろう?」


 そして、呆然とする俺の様子を見て何かを察したのか顔をこわばらせて眉間に皺を寄せた。


「エド。大切なものはきちんと大切にしないと両手から零れ落ちていくんだ。自惚れるな」


 アニエスは理想的な俺の政略結婚の相手で、俺を慕っていて、少しぐらい放っておいても大丈夫。そう思っていたのが見透かされた気がした。

 従兄弟は以前のように可哀そうなものでも見る目で俺を一瞥すると、何も言えない俺の肩をポンと一回叩いてから友人といる新妻の元へと去っていった。





 

 ウインザー公爵家で開催された舞踏会に参加したその日、俺はいつもの通りスフィアと参加していた。アニエスの相手は勿論アーロン・マンセルだ。

 仕事上の付き合いで一曲知り合いのご令嬢とダンスを踊ったあと、スフィアを探したが見当たらない。舞踏会会場とテラスまで見たが、どこにもいなかった。

 

 どこにいるんだ?


 流石に心配になってきて探し回っていた俺は、一人でいるアニエスの姿を見つけて彼女なら知っていると思って声を掛けた。


「アニエス。スフィアを見なかったか?」


「さあ、知りませんわ」


「そうか・・・」


 この時のアニエスの声には明らかに剣呑なものが混じっていた。なぜあそこでアニエスに何があったのかと話を聞かなかったのか。それは今でも悔やまれてならない。


 結局、スフィアが見つかったのは想像だにしない状況でだった。

 スフィアを探し始めて暫くすると、今度はアニエスがいないと必死に探し回るアーロンと出会い、俺たちは二人でスフィアとアニエスを探し始めた。そして、悲鳴らしき声が聞こえる鍵のかかった休憩室の一室でスフィアとアニエスは見つかったのだ。


 この時の状況と事実を知っているのは第一発見者のウインザー公爵とアニエスの実家のクランプ侯爵家、スフィアの実家のゴーランド伯爵家、そしてアーロンと俺だけ。俺達には強い箝口令が敷かれた。パーティーに来ていた貴族達にはたちまち噂話が流れたが、ウインザー公爵家とクランプ侯爵家の力が特に大きく、家ごと潰されると恐れた彼らの噂話はすぐに鳴りを潜めた。

 

 スフィアは事件発生時、気絶していたようで何が起きたかをわかっていなかった。助けを求めていたらアニエスが駆けつけてきてくれて、気づいたときには屋敷に寝かされていたようだ。


 俺はスフィアにアニエスの事を聞かれて嘘を伝えた。彼女が君の元に駆けつけたすぐあとに助けが入り、アニエスは無事だったと。

 犯人の男の証言から元々の狙いはスフィアで、アニエスは巻き込まれて被害に遭ったようだったと知った。しかし、それも彼女には教えなかった。教えればスフィアが傷付くと思ったからだ。


 元気になったスフィアはアニエスのお見舞いに何度行っても会えないとしきりに心配していた。一度はスフィアと一緒にクランプ侯爵家を訪れたが、やはり会うことは出来なかった。あんなことがあっては誰にも会いたくないのは当然だろう。


「きっとまだ気が動転しているんだろう。もう少ししたら少しは元気になるさ。その時にもう一度会いに行こう」と言った俺の言葉が実現することは無かった。


 精緻な彫刻が施された箱に横たわった変わり果てた彼女を目にしたとき、スフィアは取り乱して泣き叫んだ。あまりに取り乱して最後は気を失ったほどだ。そして、同じく号泣していたアーロンは俺のせいだと詰め寄(つめよ)ってきた。


 俺のせい?俺のせいだと??


 確かに、あの舞踏会会場でアニエスの様子がおかしいことに気付いていたのに俺は何があったのかと話を聞かなかった。

 もっと遡れば、アニエスに頼まれてスフィアのエスコートなどしなければ、スフィアは今年は社交界デビュー出来ずにこんな事件はきっと起きなかった。


「済まなかった。俺が悪かった」


 それ以外に言葉が出て来なかった。アニエスには恋愛感情こそ無かったが、彼女は幼なじみで間違いなく大切な友人だった。こんな不幸に見舞わせるつもりは無かったんだ。

 アーロンはそれを聞くと、また拳を握り締めて気が狂ったように号泣した。


 彼女がこの世を去った後、スフィアと俺は折りを見てはアニエスに花を手向けに行った。こんなことで赦されるとは思わないが、彼女の安らかな眠りと来世での幸せを祈るしか俺には出来ない。

 アニエスの墓前に立つと、いつものように彼女が話しかけて来るような錯覚を覚える。スフィアをよろしくね。彼女は事ある度にそう言った。


「スフィア、結婚しようか」


 アニエスの喪が明けた翌年に俺達は結婚した。そして、たった一人だけれども、元気な男の子の子宝に恵まれた。


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