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アーロン 3

「10年以上、私の虜?」


 アニエスは僕の一世一代の告白に、怪訝な顔をした。どうやらアニエスは僕との出会いをすっかり忘れていたようだ。と言うより、その時の男の子と僕が同一人物と認識していなかったらしい。

 僕は慌てて言い訳した。嫌われる過去を自分から言うなんて、我ながら要領が悪い。格好付けて愛の告白をしたはずが、何とも間抜けな状況になっていた。

 

「あー。俺、格好悪いな」


 自己嫌悪で思わず独り言が漏れた。それ聞いたアニエスはクスリと笑い、それから真剣な顔をして僕を見つめた。


「アーロンさま。私はエドウィンさまを慕っております」


「うん、知ってる」


 僕は思わず目を伏せた。


 知ってるよ。君はいつもエドウィンを見つめていた。泣きそうな顔をしながらあいつを視線で追っていた。結局、僕はエドウィンの穴埋めにすらなれないのか・・・


「しかし、私もいつまでも実らぬ初恋に引きずられている訳にはいきません。私のリハビリを手伝って下さいますか?」


 そう思っていたとき、アニエスの続きの言葉を聞いて僕は驚いて顔を上げた。

 聞き間違えじゃ無いよな?ああ、もちろん手伝うさ。


「もちろんだよ、アニエス。僕より君を愛してる男なんて絶対に居ない。アニエスがエドに捧げた以上の愛情を僕が君に捧げよう」


 僕は君に笑っていて欲しいんだ。そのためなら道化師にでもなろう。だってアニエス、僕は君を愛してる。


「いいね?辛いときは必ず僕は君の隣にいる。アニエス。僕を信じて」


 僕がアニエスの手を握りそう伝えると、アニエスはまだ涙の残る双眸を細めて微笑んでくれた。




 その日から僕は暇さえあれば毎日のようにアニエスに会いに行った。最初はぎこちなく距離を置いていた彼女は、段々と僕の本気の度合いを見極めてきたのか次第に良く甘えるようになってきた。


 もしかしたらいつも凜としている彼女はずっと甘える相手が欲しかったのかもしれない。そう思った僕はアニエスをとことん甘やかした。

 時には抱っこしろだとか、正直言うと体の弱い僕には辛い我が儘もあった。けれど、僕は彼女が甘えてくれる相手が自分だと言うことがただただ嬉しかった。

 そしていつからか、アニエスは僕の顔を見つけるといつも嬉しそうににっこりと微笑んで両手を広げるようになった。


 あるとき、僕はアニエスにドレスを強請(ねだ)られた。彼女が物を強請るのは初めてのことで、僕は嬉しくなってすぐに頷いたよ。

 すぐに一緒に仕立屋に行って彼女がこれが良いと選んだ生地は栗色だった。僕の瞳と髪の色だ。


 あの頃は僕の人生で一番幸せな時期だったな。だって、決して手に入らないと思っていたアニエスが社交界で僕の瞳と髪の色のドレスを身に付けたいと自分から言い出したんだ。恋人や婚約者であることを示す僕の色を身に付けたいと。


 この時、僕はそれまで特になんとも思っていなかった自分の瞳と髪の色を心底恨んだね。よりによって華やかなアニエスにこんな地味な色だなんて、彼女の魅力が半減だ。本当にいいのかと何度も確認したけれど、彼女は僕の色だからこの色が良いのだと微笑んでいた。


 僕は勇気を出して彼女に結婚の申し込みを正式にしたいと伝えた。断られたらどうしようかと内心ハラハラしていた僕の気持ちとは裏腹に、彼女はこれまでに無いくらい目を輝かせて喜んでくれた。


「マンセル領には農業と畜産くらいしか産業がない。クランプ侯爵家に比べるとだいぶ領地収入に見劣りするし、爵位も低い。アニエス、君はそれでもいいかい?」


 僕はアニエスがよくわかってないのかもしれないと思ってもう一度確認した。彼女は僕の問い掛けにしっかりと頷いてくれた。


「ええ、勿論ですわ。アーロンさま、私を幸せにして下さいね。一生愛してくださるって約束ですわよ?」


「アニエス、僕を信じて。この命が尽きようとも君への気持ちは変わらない」


 一生君を愛するなんて当然だろう。彼女にはまだ伝わってないのかと思い、『命が尽きようとも』と更に強調した。


「信じますわ。その代わり、あなたのことは私が幸せにするわ。アーロンさまが私を愛してくれるなら、爵位も領地収入もどうでも良いのです。私は持てる全ての愛をあなたに捧げます。私と一緒に幸せになりましょう」


 僕はそれを聞いたとき、思わず泣きそうになった。彼女のことを絶対に幸せにしようと、そう心に強く誓った。










 僕は彼女を幸せにしたかったんだ。


 そして、そうすることを心に誓っていた。


 なのに、なんでこんなことになったんだ?










 痩せこけて変わり果てた姿になったアニエスに花が添えられて蓋が閉じられるとき、僕は自分が大の大人の男だと言うことも忘れてみっともなく号泣した。



 何でだ?

 何でこうなった??

 確かについこの間まで、彼女は僕の腕の中で笑っていたのに。


 

 僕は最後に彼女をエスコートした舞踏会ですぐに彼女を追いかけなかった自分を心底責めた。そして、エドウィンにまで日頃から苛められることが多かったスフィアから目を離したことを、その責任をみっともなく責め立てた。エドは目を伏せて唇を噛み締めると、頭を垂れてただ一言こう言った。



「済まなかった。俺が悪かった」


 

 違う。エドウィンが悪いんじゃないことくらいわかってる。いっそのこと、この件はお前がアニエスから目を離したからだと逆ギレして欲しかった。もう犯人は死刑になってこの世にはいない。このどうしようもない気持ちをどうすればいいんだ。



 僕が一番赦せないのは、あの時に他のご令嬢に手を貸して舞踏会広間から出てしまった、そして彼女をすぐに追いかけなかった僕自身だった。



 アニエスが僕の元を去ってから、元々あまり良くなかった僕の体調は益々悪くなった。きっと、彼女を追いかけなかった罰が当たったんだと、僕はそう思った。


 


 久しぶりにピンク色の薔薇をみたせいか、アニエスのことが止めどなく思い起こされる。アニエスと僕が恋人だったのは、たったの数カ月だ。でも、僕は本当に全力で彼女を愛していた。


「ケイリー?」


 ベッドに寝ていると、ふと誰かに触れられたような感覚がした。侍女のケイリーかと思って声にならない声で呼びかけて重い瞼を開けると、そこには見たことも無い程に美しい女がいた。アニエスとは違う、作り物のような隙の無い美しさを纏った金の髪と瞳を持つ女だ。

 女はじっと僕の目を覗き込んで、少し口の端を持ち上げた。


「迎えに来たわよ」


 女はそう言って僕に手を差し出した。起き上がろうとして、僕は胸の苦しさが一切無い事に気づいた。


 そうか、僕は・・・


 僕は一切を悟った。そうやって女に連れて行かれた先にはこの世界の一柱である輪廻転生を司る女神がいた。


「あなたは来世に何を望む?」


 金髪金眼の女が僕に問い掛ける。


 僕が望むこと?


 それはもちろん、来世でも彼女に会うことだ。


 そして、叶うことなら・・・

 


 

アーロン視点終わります。次はウィルのつもりです。

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