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アーロン 2

 舞踏会の夜、すっかり浮かれていた僕に対し、アニエスは沈んだ顔をしていた。表面上は笑みを浮かべているけれど、ふとした表情や態度から彼女が何かに気落ちしていることは僕にもなんとなくわかった。

 僕は自分が何かまずいことをしたのかと思い、考えうる限りの彼女の機嫌取りをした。飲み物や食事を彼女のために取り分けるのは勿論、視線を追って何を考えているのか先読みしてエスコートした。ようやく手に入れたこのエスコートの大役だ。自分の不手際のせいで彼女から二度と僕に頼むのをやめようなどとは絶対に思われたくなかった。


「アニエスさま!」


 ふいにアニエスが呼び止められて振り返ったとき、僕はつられてそちらを振り返った。


 呼び止めたのは僕の見たことのないご令嬢だった。このご令嬢を見た時、僕は本当に驚いた。ご令嬢は金の髪に青い瞳をした、まあそれなりに綺麗な女の子だ。だけど、僕が驚いたのはそんなことじゃない。このご令嬢はアニエスのドレスを着ていたんだ。彼女に再会してダンスを踊ったあの日に彼女が着ていたドレスだ。僕にとってその日はとても素敵な思い出になっていたから、これは確かだと思う。そして、エスコートしていたのはバレット侯爵家嫡男のエドウィン・バレット。いつも彼女をエスコートしていた男だ。


「まあ、スフィア。似合っているわね。サイズもちょうどよくて良かったわ」


「はい、ありがとうございます!」


 アニエスはスフィアと呼ばれるご令嬢を見て優しく目を細めた。ご令嬢は嬉しそうにはにかんでいる。


「エドもありがとう。スフィアをよろしくね」


 アニエスがスフィアをエスコートしているエドウィンにお礼を言うと、彼は「ああ、任せてくれ」と自分の胸に拳を当ててアニエスに微笑んだ。そして僕たちは少しの間4人で歓談して、お互いのパートナーと別れた。


 そのやり取りを横で見ている時、僕はなぜ彼女が気落ちしていたのか全てを悟った。ほんのわずかな変化だったけれど、僕は彼女のことをじっと見つめていたからね。エドウィンがスフィアの手をとってアニエスに背を向けた時、彼女の瞳は確かに寂しげに揺れた。


 はっきり言ってこれは堪えたよ。ずっと思いを寄せていた彼女のエスコート役を手に入れて浮かれて参加したその舞踏会で、彼女の心が他の男に向いているとはっきりと見せつけられたんだ。


 男の名はエドウィン・バレット。同年代の貴族令息では群を抜いて見目麗しく、背も高く体格にも恵まれている。そして極めつけが侯爵家嫡男。しかもその侯爵家は今、鉄鋼業の要となる事業を主力にしていて飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 僕は不細工ではないと思うけど美男子ともてはやされるほどの見た目じゃない。体も弱いからひょろっとしている。伯爵位は継げるけれど、広い領地は農業と畜産業くらいしか産業がなくて大した領地収入ではない。

 

 僕は思わず自嘲気味に笑いを漏らした。どこからどう見ても完敗だ。滑稽なことに、僕がエドウィン・バレットに勝てる要素が何一つ見当たらなかった。何をどう努力すれば彼に勝てるのか、見当も付かない。


 でも、せっかく手に入れた彼女の隣の場所だ。例え今宵限りでも、僕は彼女をエスコートする大役を仰せつかったことを決して後悔しないだろう。僕は苦しい胸の内を隠し、笑顔を作ってそっとアニエスに手を差し出した。


 

 一度限りで終わると思っていたアニエスのエスコート役は予想とは裏腹に何度も続いた。今シーズンは全ての夜会、舞踏会を僕が彼女をエスコートしていた。

 これは僕にとって、嬉しいとともに苦しい時間でもあった。日を追うごとに気落ちしていく彼女を見ていられなかった。


 エドウィンは明らかにスフィアと呼ばれるそのご令嬢に気持ちが向いてきているようだった。

 口説けは全ての女性が靡くような彼にとっては、僕には女神のように美しく見えるアニエスもただの幼馴染でしかなかったのだろう。

 スフィアは貴族令嬢にしては喜怒哀楽が顔に良く出る。それは貴族令嬢としてはあまり良いことでは無いが、彼にはそこが良かったのかも知れない。


 仮面の様な笑顔を見せながらもふとした拍子に泣きそうな顔をするアニエスが痛々しくて、僕はなるべくあの二人から彼女を遠ざけるようになった。


 転機はある日突然やってきた。その日も舞踏会にパートナーとして参加した僕らは「アニエスさま!」と呼びかける声に振り向いた。


「スフィア。今日のドレスは素敵ね」


 アニエスがそう褒めるスフィアのドレスを目にしたとき、僕は咄嗟にまずいと思った。彼女は流行最先端のふんだんにレースのあしらわれた空色のシルクドレスを着ていた。空色、それはアニエスの思い人であるエドウィン・バレットの瞳の色だ。


「実は、エドウィンさまが贈って下さったのです」


「まあ、そうなの。似合ってるわ。よかったわね」


 正直、目の前のスフィアに対しては罵りたいような衝動に駆られたよ。

 馬鹿正直にも程がある。能天気もいい加減にしろ、と言いたかった。嬉しそうにドレスの端を抓んで微笑むこのご令嬢は、仮面のような笑顔を浮かべたアニエスがどんなに傷ついているのか判らないのか?

 エドウィン・バレットもエドウィン・バレットだ。貴族社会で揉まれてきたこいつが上辺だけの微笑みに全く気付かないだなんて考えられない。


 僕は目の前の2人に激しい怒りを感じた。アニエスは化粧した上からでもわかるほど青ざめていた。僕はもう泣きそうな顔を必死で隠して一人で立とうとする彼女をこれ以上見ていられなかった。


「アニエス、顔色が悪い。休憩室に行こう」


 茫然とするアニエスの腰を強く抱き寄せると、僕は無理やり彼女を休憩室に連れて行った。


「アーロンさま、ありがとうございます」


 休憩室のソファーに座せると、アニエスは力無くお礼を述べた。そして、顔を手で隠して俯くと肩を震わせた。


 泣いてるのか?

 あの男を思って君は泣いてるのか・・・


 僕は堪らないやるせなさを感じてぎゅっと手を握りしめた。


「アニエス」


 僕はアニエスの前の床に跪いて、少し見上げるようにアニエスと目線を合わせた。彼女の美しい瞳は涙に濡れている。


「アニエス。僕は彼とは見た目も違うし人格も違うから、どんなに努力しても彼の代わりにはなれない」


 僕はあいつみたいに美男子でも無ければ、逞しくも無い。爵位も低いし、領地収入に至っては半分にも満たないかもしれない。どんなに僕が努力しても、あいつにはきっと敵わない。それでも僕は泣いている彼女にしっかりと目を合わせた。


「でも、これだけは天に誓おう。君が辛いときは僕は君の隣にいる」


 アニエスは顔を上げると驚いたように目を見開いた。


「君が抱えている悲しみや苦しみも丸ごと僕が引き受けるよ。だから、僕に落ちておいで。君を愛してるんだ。もう10年以上、君の虜だ」


 僕があいつに勝てるのは、君がとても大切だというその気持ちだけなんだ。アニエス、僕は君を愛してる。絶対にこんな風に君を悲しませたりしないと誓おう。


 だからアニエス、あんな男を思って悲しむのはもうやめにして、僕に落ちておいで。

 


アーロン視点は2話の予定が終わりませんでした<(_ _)>

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