エリーゼ
「ねえ、悪阻はもう大丈夫?」
「ええ。最近すっかり良くなったわ。一時期は戻してばっかりだからウィルが凄く心配しちゃって」
「あー、わかるわ。だって、ウィリアムさまってカンナの事になると完全に馬鹿になるもの。よっぽど大切なのね」
「ば、馬鹿って!!」
私の目の前に居る友人のカンナはポポポっと頬を赤らめた。うーん、こういう姿もウィリアムさまが見たら可愛くて悶絶しちゃうんだろうな-。
友人のカンナは小さいときは良く顔を合わせて遊んでいたけれど、ある時期から社交の場に姿を現さなくなったので交流が途絶えていた。そして、数年前にまた社交界に姿を見せるようになったので親交を深めるようになったのだ。二人とも侯爵夫人だし、今は大の仲良しよ。
実はこのカンナ、見ていて呆れられる位の夫からの溺愛のされようで有名人なのだ。しかも相手はウィリアム・バレットさまなんだから若い貴族女性達の羨望の的よ。
ウィリアムさまは貴族学校をトップの成績で卒業していて、穏やかで人当たりが良く、父親譲りでとても見目麗しい。そしてご実家は候爵家でしかも嫡男と来ている。
どこのご令嬢が射止めるのかと、社交デビューの時を皆が虎視眈々と狙っていたわ。ところが蓋を開ければ当の本人は全てのお誘いをお断りして足繁く一人のご令嬢の元に通い始めたんだからみんなびっくりだったわ。しかも、その相手が殆ど社交の場に姿を現さないディルハム伯爵令嬢だったんだから、みんなの驚き具合ったら無かったわよ。
私はまだ婚約する前のウィリアムさまとカンナのことを思い出した。
そう言えば、一時期この二人って喧嘩してたわよね。あれは確か、ウィリアムさまが花の嬢を連れて街歩きをしていたとかで妙な噂が立った時だったわ。
──ウィルが花の嬢を恋人にしたのなら、それは私が口を出すべきことでは無いわ
なんて精一杯意地張って言ってたけど、あの時のカンナおもいっきり涙目だったわよ。そのくせ、その後開催された舞踏会で熱烈な愛の告白とキスシーンを披露したと聞いたときは本当に我が耳を疑ったわ。
どの口が『私が口を出すべきことでは無いわ』なんて言ったのかしら。誰にも負けないくらいウィリアムさまが大好きなくせに。
私は火照りが冷めてきてもとの白い肌になってきた友人を改めて見つめた。少しだけ目立ち始めた下腹部にそっと手を当てて微笑むカンナは幸せな女性そのものね。
「うーん、この幸せ者!」
「エリーゼも幸せでしょ?」
思わず突っ込んだ私に、カンナはキョトンとした顔をして首をかしげた。
「ええ、幸せよ。でも、言いたくなったわ。溺愛されてて羨ましいもの」
私が口を尖らせる。と、その時、カンナは何かに気付いたように視線を泳がせた。
「おやおや、他人の妻のことを溺愛されてて羨ましいと思わせるとは俺も不甲斐ないな。これからはもっと努力しよう」
頭の上から低い声がして私は慌てて振り返った。この声は・・・ご機嫌斜めだわ!!
「まぁ、レオンさま!羨ましいなど滅相もない。私、世界一幸せな妻ですわ」
「しかし、俺の愛し方が足りてなかったようだ」
颯爽と現れた我が夫、レオンさまは悩ましげに眉を寄せている。いやいや、これ以上愛情表現してあなたはどうするおつもりですの??
「君にはもっとしっかり愛を伝えなければ」
「いえ、足ります。足りてますとも」
レオンさま、目が笑ってないわ。まずいわ。このままだと・・・
「では、私そろそろお暇しますわ。ミリガンもそろそろ起きるでしょうし」
「えっ!?」
「そうか。カンナ殿も大切な体だからあまり長居はよくないない」
ミリガンとは私とレオン様の可愛らしい愛の結晶のことよ。でも今はそんなことより、主催者の私を差し置いてお茶会がお開きになりつつあるわ!なに二人で笑顔で話を進めているの!
「ではエリーゼ、いろいろとご馳走さま」
「カンナ、待って!!」
ウフフっと楽し気に微笑むカンナはひらひらと手を振ってスキップしそうなご機嫌具合で去っていった。あの子、自分のことだと鈍いくせにー!!
私にレオンさまとの愛の結晶が再び舞い降りたのはこの少し後のことよ。
ウィルとレオンは愛妻家の2強です