第捌話 利己的な制裁
だいぶ間が空いてしまいすいません。
時間が掛かっても物語は必ず完結させます。
「ただいま」
灯りがなく、完全に闇に溶け込んでいる玄関の鍵を手探りで開け、僕は誰もいない自宅へとたどり着いた。そこには先ほどまでの暖かな喧騒の世界は欠片もなく、少しだけ寂しく感じる。少し前までは当たり前のように祖父と祖母が優しく迎えてくれたのだが、今では祖母は亡くなり、祖父は病院でほぼ寝たきりだ。生活は貯金を切り崩して何とか保てているが、今日みたいに彼らと遊びに行くことも今後は控えなければならない。
「はぁ」
自然に溜息がこぼれる。その行為自体日課のようなもので、今さら理由を考えるのもばかばかしい。今日の透夜からの誘いはおよそ予測はできていたが、それでもここまで遅い時間になるとは思っていなかった。そのせいで予定の時刻まであまり時間がない。
僕は少し急いで制服を脱ぎ、いつもの作業着に着替える。動きやすさと後始末の効率性を重視した格好になっているのでこのまま外に出たら、かなり目立ってしまうだろう。まぁ、見た目が悪い事ぐらいは能力のおかげで何の問題もないのだが
ある程度用意を済ませ、家を出る前に鏡で自分の格好に問題はないのか確認してから、仕事道具の、どこにでも売っている一般的な包丁を手に持ち、最終的な仕上げで、能力を使い、姿を完全に消す。
もう一度鏡で自分の姿を、今度は格好ではなくちゃんと消えているかを確認して、そのまま玄関を開け、目的地へと歩いていく。
今日の目標は2週間前から続いているの放火事件の犯人だ。透夜の話によれば、警察もすでに犯人をある程度絞り込んでいるらしい。この調子だと今週中には犯人は捕まるだろう。その前に何としてでも終わらせておきたい。
この行為を世間は制裁などと言っているが、実際のところはそんな大それたことではない。ただの復讐のための情報収集。その為にはこのやり方が最も効率がいいだけだ。犯人を殺すのも自分の情報が漏れないための安全策だ。
すべて、仕方のない事なんだ
※ ※ ※ ※ ※
時刻は既に深夜0時、薄暗い路地には人の気配がほとんど感じられない。僕の予想が正しければ連続放火犯はもうそろそろこの場所に現れるはずだ。僕の予想といっても、警察が絞り込んだ容疑者をさらに僕が絞り込み、その人間の自宅を中心に今までの犯行現場と照らし合わせたうえで、次の犯行現場の可能性が一番高いエリアに賭けただけではあるのだが…
耳を澄ます___
___微かに足音が聞こえる
「来たか」
ターゲットはパーカーのフードを深くかぶった長身の男だ。まずは相手に気づかれないように息をひそめる。能力のおかげで姿は見えないが、音まで消せるわけではない。この緊張の中で気配を上手く消せるようになるまでかなり期間が掛かった。しかしここまでは慣れた作業、問題はこれからだ。
ターゲットは僕に気づかないまま近づいてくる。一歩一歩、自ら死に近づいている事にも気づかないで……
8m………5m……3m…2m…1…0
男が目の前を通り過ぎた瞬間、気配を消すために注いでいた意識を、目の前にいる男をとらえるための意識に移行する。
背後に回りこむのに0.3秒、首に手を回し、体勢を崩すのに0.2秒、そのまま相手の喉元にに包丁を押し当て、口を塞ぎ、準備は完了だ。
後は今まで何百回も繰り返してきたセリフを言うだけだ。
「今から問う質問に答えろ、抵抗したり、大声を出したらすぐに殺す」
出来る限り感情を殺して、普段の僕とできる限り離れた口調で宣言する
「アザミという男を知っているか?」
そこまで言い終えると、口を塞いでいた手をそっと離した。
男は何が起こったのか理解できていないのか、完全に固まっているようだ。状況を理解させるためにも喉元に押し当てていた包丁に少しだけ力を入れる。
するとやっと状況を理解できたのか、男は現実逃避をするかのようなテンションの高い声で話し始めた。
「あざ…み?そ、それって、うちのボスのことか?そんなこと聞いてどうするんだよ?あ、もしかしてお前も組織に入りたいのか?でも残念だな、俺も最近入ったばっかでそんなに詳しく知らねぇんだよ。悪く思うなよ」
どうやらこの男は組織の人間らしい。しかし下っ端程度は今までにも何回か会ったことがある。しかし、いくら話を聞いても、そいつらがほぼ全員が組織にとって捨て駒程度の扱いだということ以外に得られることはなかった。しかし念の為、確認だけはしておくことにする。
「組織に入ったばっかだと言ったな。お前はどうやって組織に入ったんだ?」
「聞いたところでお前は入れねぇと思うぜ。なんせ俺は選ばれたんだからな!」
このセリフも今まであった組織の人間が全員口を揃えて言ったものだった。つまるところ、今回も収穫は無しということだ。
諦めて、握っていた包丁に力を込め始めた瞬間、男は何かを思い出したかのように話し始めた。
「あ、お前、もしかして今ニュースになってる制裁の死神か?」
正体がバレたところで別段慌てることはない。今までも僕の事に気が付いた奴らは何人かいる。
「もしそうなら、なんなんだ?」
「だ、だったら話は変わるぜ、組織の奴からこんなのを預かってるんだ。この辺りで放火を続けたらいずれ死神が来るから、もし会ったらこれを渡せって頼まれてたんだ。俺は別に楽しく火遊びができればよかったから断らなかったが、まさか本当に会うなんてなぁ」
すると男はポケットから一通の封筒を取り出した。
「ほらよ、これであんたも満足だろ?だったら早くこの手を離してくれねぇか?」
そう言って手渡された封筒には宛名も差出人も書いてはなかった。
「一応聞いておくが、他に何か知っていることはあるか?」
「は?もうねぇよ!俺もやることがあんだよ。さっさとこの手をはな……が…れ」
男が力尽くで逃げ出そうとしたせいで、反射的に握っていた包丁を喉の奥まで差し込んでしまった。慣れというのは恐ろしいもので、この作業には何の殺意も罪悪感も生まれない。最初は殺すのにかなりの時間が掛かったが、今となっては機械のように、暴れたら殺す。叫んだら殺す。抵抗したら殺すなどの行為を無意識のうちにできるようになってしまった。
まぁ、遅かれ早かれこいつは殺すつもりではいたけれども…
どのみち、もうこの男に用はない。このまま放っていたら数分後には失血死でただの死体になっているだろう。
男の体を抑えていた手をどけようとしたとき、ふと何かが僕の腕をつかんだ。
「み…ち……れだ」
男がほとんど聞き取れないような声で何かを言ったと思った瞬間、空気が焦げるように熱くなっていくのが分かった。おそらくこれがこいつの能力、発火だろう。基本的には強くてもガスバーナー程度の火力しか出せないはずなのだが、目の前の火はその比にならないほどの規模になっていた。おそらく、僕を道連れにするために自分自身を薪にして燃やしたのだろう。
しかし、自分が燃えているからか、僕の腕を掴んでいた手の力はかなり弱くなっていたので、何とか相手の手を振り払って火の中から抜け出すことはできた。外傷が左腕が火傷をした程度だったのは不幸中の幸いだった。
しかし今はそんな事に意識を割いている時間はない。これほどの炎が上がったのだ、すぐに人が集まってくるだろう。その前にここに来た時と同じく姿を消し、家に帰ろう。運良く封筒は端が焦げているだけで読む上では問題はなさそうだ。左腕は痛むが、それは注意を怠っていた自分への罰ということにしておこう。
ただ、実際に僕に罰が下るとしたら、単純に自分の命を失う程度では済まないだろうが…