第伍話 ”いつも通り”の風景
春らしい暖かな朝日に暖められた校舎の廊下を、くだらない言葉を交わしながら僕と椿姫は教室まで辿り着いた。いまだに眠気が拭えない瞼をこすりながら教室の扉を開くと、同じクラスの生徒たちの騒がしい声が全身を不快な風になって包み込む。
聞こえてくる会話の内容はどれも昨日の殺人事件の話題で持ちきりだ。
親しい人の近くで無駄の場所をとって話している人たちの間を掻い潜り、自分の席の近くまで行くと、既に登校していた透夜が僕の席に座りながら退屈そうな顔を上げた。
「おっそいなぁ、早く数学の宿題見せろよ~」
間の抜けた声でいきなり僕に上から目線で宿題をせがむダメ人間を僕の椅子から押し出しながら、しっかりと注意する。
「たまには自分でやりなよ。もし誠さんにバレたらただじゃすまないでしょ?」
しかし彼は悪びれる様子もなく言い返す。
「できることをわざわざやっても時間の無駄だって、テストで点を取ってれば問題なし!誰かが親父にチクったりしない限り大丈夫!」
確かに透夜の成績は学年でも上位に入るが、それが宿題をやらないでいい理由にはならないだろう。
そんな透夜に、彼女は冷たい微笑を浮かべながら答える。
「そうね、誰も告げ口しなければ…ね?」
「じ、冗談だよな?まさかそんなことしないよな__しないですよね……椿姫さん?」
透夜は先程までのなめた態度とは打って変わって、怯えた表情で椿姫に問う、というよりも懇願するような目で訴えるが、彼女は「どうしようかなぁ」と微笑むだけだった。
「観念して大人しく自力でやったらどう?」
僕は未だに納得のいかない顔をしている透夜を諭すと、彼は諦めたように呟いた
「わかったよ、おとなしくやるから親父にだけは言うなよ!」
そう念を押すと彼は宣言通り自分の席に戻り宿題を広げ始めた。
かなり厳しく育てられてきた彼にとって父親に学校での怠慢がバレるのはどうしても避けたいようだ。なんだかんだ言って親には逆らえない所は相変わらず子供っぽい。しかし思春期というのか、何かと反抗したくなるんだろうか、何かと突っ張った口調になるときがたまにある。本人もそれは理解しているようで、よく「直そうにも親父の事はムカつくし、親父を怒らせた時の怖さも知ってるから結果的にこんな中途半端な性格になるのはしょうがねぇよ。まぁ、こんな感情も時間が解決してくれるさ」と言っている。子供っぽい事ばかりしてるくせに、考えていることはなかなかにまともに聞こえるので反応に困るというか、開き直った上に、無駄に格好付けているようで非常にうざい。
「最初から大人しくやってればいいのに…」
椿姫が溜め息交じりに呟くのとほぼ同時に、スピーカーから予鈴が鳴り響く。その音を合図に、それぞれの生徒は自分たちの席へと向かう。
いつもと変わらない日常の風景
例え何処かで大地震が起こっても、例え何処かで何人も人が死ぬようなテロが起こっても、例えこの町で人が死んでも変わらないであろう、いつもの景色
どこかで大災害があったらほとんどの人は祈るだろう。少しでも死者が出ないでほしいと
どこかで通り魔事件が起これば、ほとんどの人は同情するだろう。巻き込まれてしまった尊い命に対して…
しかし誰も気づかないのだ。それは傍観者であるからこそできる思考なのだということに…
例えこの町で誰が死のうと、人々は話のネタ程度にしか思えないのだ。
ただし、きっとその思考は正しいのだろう。すべての出来事に対して主観であることはきっと人間には耐えられないから、同情や憐みというもので感情を整理するのだろう。
しかし、間違っていると分かっていても、僕は思ってしまうのだ。
嗚呼、なんて無責任な世界なのだろうか……と
親は偉大ですよ(唐突)
それでも時々イラッとするときはありますね。
大切にとっておいたお菓子を食べられたときとか(笑)