第参話 消えない記憶 消せない呪い
「ただいまー」
引き戸が軋む音と同時に、生まれたときから聞き続けた優しい声が家の中に響いた。
「おかえりなさい!おとうさん!」
いつも通り、父の帰りを母とともに玄関まで迎えに行く
「お疲れさま、あなた。先に夕飯にしますか?」
母はやつれた表情の父を労いながら、慣れた手つきで父の羽織っているコートと鞄を預かった。
「さすがに腹が減ったよ。先に夕食でお願い」
父はため息交じりにそう言うと、玄関の扉を閉め、靴を脱いで玄関を上がると僕の頭を撫でながら、先程の疲れを感じさせない明るい口調で呟いた。
「どんなことがあってもお前と母さんは守るからな」
すると何事もなかったかのようにリビングへと歩いて行った。
※ ※ ※ ※ ※
机の上に並んだ暖かい夕食を家族三人で囲んで食べ始めてしばらく経ち、それぞれのお皿の底が見えてきたころ、何の気なしに母が父に尋ねた。
「ところで会合はどうだったんですか?」
すると父は、少し思い出すように目を閉じると、苦々し気に口を開いた。
「相変わらず舞富名のじいさんは馬鹿みたいに強い酒を飲ませようとしてくるし、満闇さんとは会話が噛み合わないし…疲れたよ」
すると母は半ばからかうように
「花韮家当主様も大変ですね」
と微笑みながら言った。
「冗談はよしてくれよ」
父は笑いながら答えると、徐々に真剣な面持ちになった。
「どうかしたんですか?」
急に変わった父の雰囲気に気づいた母が心配すると、父は「これは多分ただの噂だと思うが…」と前置きすると、ゆっくりと話し始めた。
「近頃、能力者が頻繁に行方不明になっているらしいんだ。しかも家庭を持っているところは、能力者以外は全員殺されたらしい……実際に身内が被害にあったと言っている人がいたから少し不安なんだ。___っと、食事中にする話じゃあないな。でも、一応報告しておいた方がいいと思ってね」
「でも、能力者の存在は一般人には知られていないんですよね?知っているのは会合に出ている人とその親族だけだと聞きましたけど」
「ああ、だからその話が本当だったら、あの会合に出席している人たちか、その関係者が犯人ではないかと皆言っていたよ」
そう言って父は重い溜息をついたのとほぼ同時に、家の甲高いインターフォンの音が響いた。
「誰かしら、こんな時間に…」
そう言うと母は小走りに玄関の方へ向かっていった。その時、時計の針は、すでに十一時を指していた。
※ ※ ※ ※ ※
母が玄関の方へと向かってからしばらくすると、甲高い悲鳴が家の中に鳴り響いた。
何が起こったのか分からないで呆然としている僕を父は抱き上げて、リビングにあるクローゼットに、押し込んだ。
「煌希はここで隠れてろ!俺が来るまで何があっても声を出すなよ!一応俺の能力でお前の姿が見えないようにするから、あまり動かないようにしろ」
慌てた様子で父は一息に言い切ると、僕を強く抱きしめ、クローゼットの戸を静かに閉めた。
まだ状況が呑み込めていない僕は、父が言ったことを守らなければいけないという使命感に従って、クローゼットの中に身を縮こまらせた。
いや、本当は使命感なんかではない……クローゼットの隙間から、僕は見てしまったのだ___
深紅に染まった廊下に倒れこむ、母だった肉を…
この話で煌希君の過去編を終わらせようと思ったのですが…すいませんもう一話だけ続きます。