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輪廻の狭間 (『夏のホラー』投稿作品集)

それをしたのは僕じゃない・・・!

夏のホラー2017応募作品です。

当時の掲載ナンバー539・・・・。

 夏も終わり頃の8月後半。

A市にある大学の2年生だった僕は、ある友人をチョット脅かしてやろうと思い、同じ大学に通う同期の悪友、吉田(仮名)と水岡(仮名)と共謀して、その友人をドライブへと誘う事にした。

その友人の名字は森川(仮名)ってヤツで、背も高く、なかなかのイケメンだったので、結構モテるヤツだった。

それでソイツをドライブに誘い出し、地元周辺ではチョット有名な心霊スポットと噂されている、廃園になった遊園地に肝試しに行って、そこで脅かしてやろうと僕は考えたのだった。

このイタズラを計画した僕は、この時はまだ車を持っていなかったので、既に車を持っていた吉田に車を出してくれるよう頼んだ。

僕の計画を聞いた吉田も、森川に対して少なからずの不満があったらしく、意外な程あっさり、二つ返事で了解してれた。

しかし、もう一人の友人、水岡に話した時には反応は違っていて、「そんな悪趣味な事はやめろよ」と、彼は僕に言ったのだった。

彼のその『悪趣味』と言う言葉に僕はイラッとしたが、「何だ水岡?肝試しがそんなに怖いのか?」と笑ってやると、僕のその言葉にムキになった水岡は、「それなら行ってやるよ!お前達だけじゃ、やり過ぎるかも知れないしな。」と言って、結局は僕らに付き合う事になったのだった。


 僕がこんな事を計画するには、それなりの訳があった・・・・。

それは、去年まで、僕には付き合っていた彼女が居たのだが、その彼女と僕が別れた後に、森川がその彼女と付き合っていると言う事だった・・・。

僕は、その事を表向きは理解を示した・・・しかし、内心では受け入れられず、どこかで森川に腹いせをしたいと思っていたのだが・・・。

まさか、それが、あんな恐ろしい事になるとは、全く思いもしなかった事だった・・・。


 肝試し当日の夜、森川がバイトを上がれる夜の8時頃に、そのバイト先の近くまで僕達は車で迎えに行った。

この時、吉田が運転する車の助手席には僕が、後ろの座席には水岡が乗り込んでいた。

移動する車の中で、僕達3人は車内のカーナビの明かりに照らさせる互いの顔を見ながら、今日の計画の最終確認をした。


 その後、路上駐車して15分程待っていると、森川が僕達が乗る車を見つけて近づいて来るのが見えた・・・。

それが、僕を中心とした3人に依る、(たち)の悪いイタズラだとも知らずに・・・・。

「だいぶ待たせたか?」

そう訊く森川に。

「いや、そうでも無いよ。」と応えた僕の言葉に、他の二人も同調して森川に応えた。

「じゃー行こうか?男同士の夜のドライブに!」

僕がそう言うと、森川は苦笑していた・・・・。

僕はそんな森川を見て、(彼女の居るやつは、その余裕か・・・?)と、心の中で悪態をつき、同時に自分の元カノの事を思い返した・・・・。

この瞬間。僕は森川を、絶対に、もの凄く怖い目に合わせてやろうと心に決めたのだった。



 廃園になった遊園地には、夜の9時を少し過ぎた頃に到着した。

森川を乗せてから、小一時間程掛かった計算になる。

それまで、特に行く宛も無いドライブだと思って居た森川は、気楽に日々の何気ない話を楽しそうにしていたのだったが、車が突然、速度を落とし、道路から荒廃した遊園地の敷地に入った時には、少し驚いた様子だった・・・。

それから、車が駐車場内を走り、その荒廃した遊園地の入り口の前に止まった時には、森川は、ここに誘い込んだ僕達と、この場所とが発する異様な雰囲気を感じ取ってか、酷く困惑していた・・・。

「何だよ・・・ここ!?」

森川の質問に僕らは答えず、それぞれ車のドアを開け、無言で車を降りた。

森川は、何も言わずに僕達が車を降りたので、それに誘われる様にして車を降り、車のヘッドライトが照らす、荒廃した遊園地を見て居た。

入り口のゲートの上の錆び付いた看板には『裏野遊園地(仮名)』と書かれていた・・・・。


「何か凄いよな!夜の廃園遊園地!」

そう言った僕は、この異様な雰囲気に背筋がゾクゾクとするのを感じて居た。

それは、少なくともこの時は、幽霊が本当に出るとかは思って居なかったからだった。

ただ僕は(これは本当に幽霊が出そうだ!)と思ってゾクゾクして居たのだ。

(この雰囲気なら、森川は相当に怖がるに違いない!!)

僕はこの時、最高の舞台が用意された事に興奮していた。

「実はさ。前から俺たち、この廃園になった遊園地に肝試しに来たかったんだよ。」

そう言った僕の言葉に、仲間の二人も「そんなんだ。」と言って、調子を合せた。

そんな僕らに、森川は困惑していたが、用意していた懐中電灯を渡し、皆んなで中を見てみようと言うと、渋々付いてきた。


 ここは、比較的小さな遊園地なのだが、それでも一時は賑わったていた頃もあったのを僕は知っていた・・・・しかし、その後、結局は客足が伸びずに、10年程前に閉園になったと聞いていた。

いざ歩いてみると、遊園地は思った以上に小さかったので、中にあったいくつかのアトラクションの跡は、だいたい見ることができた。

建物らしい建物も、もとはフードコートだったらしい所があるだけで後は屋外ばかりだったので、肝試しと言っても、さほどの事も無いようだったのだが・・・・しかし、一つあったのだ・・・。

閉鎖的な空間を持つ建物が。


それは、『ミラーハウス』だった。


その中は、大きな姿見の様な鏡がいくつも複雑に並べられ、所々に透明なアクリルの壁も混ぜられている迷路・・・・・。

独りで中に入ると、幾人もの自分と出会うアレである・・・・。

実は僕は、この閉園した遊園地の中に、まだミラーハウスが残されている事を知っていたのだ。

そして何より、このミラーハウスこそ、森川を罠にハメるメイン・ステージだった・・・・。

しかし、少し問題もあった。

それは僕も、この遊園地のミラーハウスには入った事が無かったし、果たして、閉園になって10年程も経っている今、外壁の塗装も所々剥げ落ちてる、この中がどうなっているのか分からない事だった。

コレだけは、実際に入ってみるしか無いのだ・・・。

しかし、ある意味、本当は問題でも何でも無いとも言えた。

それは、この中に入るのは、僕でも・・・・吉田でも水岡でも無い・・・森川1人と『決めていた』からだった・・・・。

僕の計画も、大詰めを迎えようとしていた。


 僕は、四人で照らす懐中電灯の明かりに浮かび上がったミラーハウスを前に、このミラーハウスにまつわる不気味な噂を披露しはじめた。

他の三人は、突然の僕の真剣な話し方に驚き僕を見た。

それは勿論、森川をより怖がらせる為だ・・・。


「まだ、この遊園地が営業していた時、このミラーハウスには、不気味な噂があったんだ。」

僕がそう話し出すと、他の3人は、僕の方を不安気に見た・・・・。

「その噂って言うのが・・・この中に入った人が、たまに人格が変わった様になる・・・誰か別人と入れ替わった様になって出て来る事があったっていうんだ・・・・。」

僕はここまで言った後、居並ぶ3人を見渡して間を取った・・・・そして、最後は低い声で「だから、今、俺たちでソレを確かめてみないか?」と、言った。

僕のその提案に、他の3人は固唾を呑んで固まっていた・・・・それは、森川は勿論、この話は吉田にも水岡にもしていなかったからだった。

それでも、ミラーハウスで肝試しをする事は事前に話していたので、悪友二人は、声を揃えて「そうだな・・・面白そうだ!それは、確かめよう!」と言って、乗り気のフリをした。

森川は、明らかに不安そうな表情をしたので、僕は楽しくなって独りニヤけそうになっていた。


 他の3人とも知らなかったのだが、実はこの話は、まんざら嘘では無かった。

本当に聞いた『噂話』なのだ・・・・。

つまり本当と言っても噂話なので、その信憑性は、かなり疑わしいものではあったのだが・・・。


 それから僕は、ミラーハウスの中に『一人づつ』入って、肝試しをしようと言った。

悪友の2人もそれに賛同したのだが、それも、僕が仕掛けた事だった。

しかし森川は、それは危険な行為だとか論理ぶって抵抗してきた。

それで僕たちは、お前も意外と臆病だな、などと言って、揃って森川をバカにした。

更に本気では無かったが、なんなら僕が先に1人で入るとまで僕は言って見せた。

すると森川は、自分はそんな作り話は信じないと言ってムキになったので、だったら入ってみようと僕らは当初の計画通り、ミラーハウスでの肝試しをする事になった。

すると、「じゃあ・・・ジャンケンをして、中に入る順番を決めよう。」と、吉田が提案した。

それも、僕の計画の内だった。

しかも、ジャンケンの出す手順も3人で示し合わせて居たので、僕らが間違わない限り・・・・或いは森川がそれに気が付かない限り、森川の負けは100%決まっていたのだった・・・。


 その結果、予定どうり、森川はジャンケンで負けた・・・。

それで、1番始めにミラーハウスに入ることになったのだった。


正直、僕は森川がここで僕らに泣きを入れたなら、この肝試しを止めても良いと思っていた。

しかし、普段から女にモテてる男前な森川は、ここで恥を晒す訳にはいかないと、今更引けなくなったのだろう。

それで「中は、怖いって言うより、割れた鏡とかあったら危ないかも知れないから、ここで待っててくれよ!」と、僕らに念を押した後、握り締めた懐中電灯の明かりを頼りに、薄汚れたミラーハウスの中へと向かって歩き始めた。

僕は「そうだな・・・危ないからゆっくり行け・・・・。イザとなったら助けに行けるように、ここで待ってるから。」と、彼に伝え、その言葉に吉田も「心配するな!」と付け加えた。

そんな僕達の行動を見て居た水岡は、半ば呆れていたようで、何も言わず森川の背中を見送っていた・・・。

この時、僕の顔はもうニヤけていた。

きっと、水岡は、この後に僕達がする行動は、やり過ぎだと思っていたのだろう・・・。

それはつまり・・・・僕らが森川とした『ここで待つ』と言う約束・・・・・。


実は、それも嘘だったからだ。


 僕達は、一応、森川がミラーハウスに入るのを見届けてから、この場を去ろうと決めていた。

そして、森川の懐中電灯の明かりの様子から、彼が奥の方に行った様なので、僕はそろそろこの場を離れようとした・・・。


「誰だ!?」


その声は、ミラーハウスの中からだった。

「誰だ?って・・・森川のヤツ、鏡に映った自分に驚いてるよ。」

僕は小声でそう言って、ニヤニヤと笑った。

もう、楽しくてしょうがなかった!

そんな僕の顔を見た吉田は「まあ・・・確かに怖そうだからな・・・。」と言って、笑った。

どうやら、森川は口では、あんな風に言ったものの、恐怖のあまり混乱しているらしかった。

自分以外誰も居ないミラーハウスの中なのに、鏡に映った自分の姿に驚いているのだから。

「誰だよ!?・・・入ってくるなら懐中電灯ぐらい点けろ!危ないだろ!?」

中から聴こえる森川の大きな声に、僕は誰も応えない様にと、口の前で人差し指を立て、合図した。

森川は、中で色々な方向を見回している様で、ミラーハウスの中からは、鏡に反射した懐中電灯の明かりがチカチカと動きながら漏れてきた。

「本当に誰だよ!・・・・悪ふざけが過ぎるぞ!」

僕は心の中で(お前の一人相撲だよ!)と、愉快に思った。

そして、この様子だと、思ったよりも早く、森川が外に逃げ出して来るかも知れないと思った僕は、一緒に待機している2人の方を見て言った。

「そろそろ・・・・頃合いだな。」

その時だった。

「お・・・前は・・・・お前は誰だ!?」

恐怖に慄いた森川の声!

この瞬間、僕は心の中で歓喜の声を上げていた!!

そして直ぐ様、他の2人に声を掛けた。

「さあ!後は、森川の独り探検の時間だ!」

僕がそう言うと、吉田は「よし!」と言って付いて来たが、水岡は森川の事が心配だったのか、それとも自分が後で森川に何を言われるか分からないと思ったからなのか、少し遅れて付いて来た。

もう、ここまでやれば、森川に気付かれたとしても構わないと、僕はダッシュで車まで戻り乗り込んだ!

少し遅れた2人も、直ぐに車に乗り込んできた。

そして僕らは急ぎ駐車場を後にして、来た道を戻るように車を走らせた。


 暗闇を走る車の中、「やっぱり、いくらなんでもやり過ぎではないか?」と、水岡が言ってきた。

この時すでに車は2分ほど走っていたので、今頃、森川が僕らが居ない事に気付いていても不思議ではなかったので、僕はもう「森川に後で何を言われようと、諦めろ。」と言いながら、彼が恐怖に震えている姿や、置いてかれた事に気付いて途方に暮れている姿などを想像しては、独りほくそ笑んでいた・・・・。

そうして僕達は、森川を廃園になった遊園地のミラーハウスに独り残したまま、彼から見えない所まで離れたのだった。


 その後、直ぐに戻れるように車をUターンさせ路肩に止めた車の中で僕は(これで、彼女を取られた腹いせができた。胸がスッ!とする!!)・・・と、・・・・そう思っていた。

後部座席の水岡は「やっぱり、やり過ぎだろ・・・。事故でも起きたらどうするんだ!?」と言って、今更になって、僕と吉田を責めた。

自分だって既に共犯者なのにである・・・・。

「暗闇の山の中で、独りでキャンプをする人達だっているのだから、それ程、酷い行為では無いだろう。」等と僕は言って水岡に反論し、迎えに行くのをもう少し遅らせようと時間を稼いでいたのだが・・・・。


僕は後に思った・・・・。


この時の水岡の忠告を、少しは聞き入れていれば・・・・・と。


 それから暫く、たった今逃げるように来た、廃園になった遊園地の方に向けた車は、安全の為に車幅灯を点けて止めていた。

そうして僕達は、結局15分ほどそこで待った・・・。

待っている間、僕は意外な程、不安な気持ちになった・・・。

吉田も、落ち着かなそうにハンドルを握った指を動かしていた。

それでも「たったの20分程度、僕らがアイツを置いて行った様に思わせるだけだから。」と、僕は2人をなだめ、この時間を潰した。


 そうして、最初の計画どうりに、逃げる様に車を出してから20分ほど経った時、僕達は、廃園になった遊園地の駐車場の入り口に入って行った。

すると、少し荒れた駐車場を照らすヘッドライトの明かりの中に突然、人影が浮かび上がった。


それは・・・・・・・森川だった。


彼は、駐車場の真ん中で懐中電灯も点けずに不気味な雰囲気で立っていたので、僕達はものすごく驚いた・・・。

「あぶねー・・・街灯も無い、こんな広い所じゃ、危うく見落とす所だったぁ・・・。」

運転していた吉田は、心底胸を撫で下ろしたようだった。

「やり返したつもりか・・・?」そう僕がイラついて言うと、「確かに・・・これじゃ、脅かされたのはこっちの方だな。」と、ホッとしたように後部座席の水岡が言った。

吉田は、ヘッドライトで森川を照らしながら近づいて、助手席側に森川が来るように車を止めた。

森川は、まるで僕達に無関心といった雰囲気で、ボーッと立って居た。

僕は、きっと森川は怒って酷く不機嫌になっているのだと思った。

そして、助手席の窓を開けた僕は「置いてかれたと思ったろう?・・・・サスガにそこまではしないから。」と笑いながら、森川に声を掛けた。

この時まで、僕はまだ勝者の余韻を味わっていたので、かなり軽薄な調子で森川に声を掛けただろう。

しかし、僕の声を聞いた彼は、無表情に僕の顔を見詰めるばかりだった・・・・。

「何だよ・・・・そんなに怖かったのか?・・・・それとも、怒ってるのか?」

僕はそう言って、車の中から森川の様子を見て居た・・・・。

そして僕はこの時、始めて気が付いた・・・・・。

それは、僕を見詰める森川の顔が、まるで別人のように変わっている事に・・・・。

確かに、その顔は、森川なのだが・・・・・近くで見ているにもかかわらず、見れば見るほど、いつもの森川には見えない・・・・酷く険しい・・・・60代ぐらいの男の顔をしていたのだった・・・・。


背筋がゾクッっとした・・・・。


「だ・・・・誰だ!?・・・お前は!!」

僕は思わず、森川である筈の目の前に立つ男に向かって、怒鳴るようにそう言った。

闇を切り裂く様に発した僕のその異様な声に、車に乗っている他の二人も、この時、始めて森川の顔が、異様な形相になっている事に気が付いた。

「森川!?」

「お前!?・・・・本当に森川か!?」

僕の後ろから聴こえるその声で、僕が見ている光景が、僕ひとりの錯覚では無い事を知った僕は・・・・目の前に立つ森川が、急に恐ろしくなり・・・全身の血が引いていくのが分かった・・・。

すると森川は、普段の声とはかけ離れた、重く掠れた別人の様な声で「お前が・・・・俺を・・・・置き去りにしたのか?」と言った。

僕達の周りを、異様な空気が包み込んでいるような感じがした・・・。

僕は「そうだ・・・・悪かったよ・・・・だから。そんな気持ちの悪い真似はやめろよ・・・。」と、引きつる顔で笑い掛けながら言ったのだが、僕のその声は、自分でも驚く程に震えていた。

すると森川はうつ向いて・・・・「お前か・・・・。」っと、低く小さな声で言った。 


すると突然!

顔を上げた森川は、釣り上がった目で僕を睨み叫んだ!

「お前が俺を置き去りにしたのか!!」


僕は、もう、目の前に立つソレが、森川には見えなかった!

「だ・・・出せ!!・・・車を出せ!!」

僕の叫び声に、吉田は「分かった!!」っと言うなり、車のセレクターレバーをバックに入れ、グッとアクセルを踏み込んだ!

僕はその反動で身体が前のめりになり、ダッシュボードに手をやって身体を支えた。そしてフロントガラス越しに、ヘッドライトに照らされている、遠ざかる筈の森川を見ていた。

しかし、森川は遠ざからなかった!

彼は、有り得ない速さで猛然と走り、僕達が乗る車を追いかけて来たからだった!!

「なんて足の速さだよ!!」

吉田は、半ばパニックになって車を運転していた。

ヘッドライトに照らされた森川は、異様な形相で、高速でバックする車を必死に追いかけて来る!

けたたましく唸るエンジン音が、僕の恐怖心を増長させていた・・・。

車は尚もバックし続けていたが、駐車場が広いといっても、このままでは、いずれ縁石にでも乗り上げてしまうと僕は思った。

「吉田!・・・・・Uターンして逃げろ!!」

「分かった!」と応えた吉田は、ハンドルをいきなり右に切った!

同時に車はタイヤを鳴らして、ボンネット側を大きく左に振った。

瞬間、ヘッドライトの向きが変わった事で、森川の姿は見えなくなった。

これから車が加速するまでの数秒の間、森川の姿が確認できなくなる。しかし、今そんな事を構う余裕は、僕と吉田には無かった!

水岡は、後部座席で固まっている。

車が急ブレーキで停車した瞬間。

「出口へ!急げ!!」

僕が必死の思いでそう言うと、吉田はセレクターレバーをドライブに入れ直し、アクセルを踏み込んでいった!

しかし、車はまるで速度を上げない・・・・!?

「何やってるんだ!もっと飛ばせよ!!」

こんなスピードでは、人並みならない足の速さで追ってくる森川に追いつかれると思った僕は、隣で運転する吉田に怒鳴った!

しかし、吉田は顔に脂汗を浮かべ、信じられない事を言った。

「あ・・・アクセルは・・・床まで踏み込んでるんだよ!!」


!!!


吉田のその言葉に、理解できない何かが起こっていると、僕達は確信した!!

車のエンジンは、まるで上がる事が無いどころか、その回転音は今迄聞いたことが無い不安定な音になっていって、その不安定な回転によって、車はガクガクと加速と減速を繰り返した。

「なんで!?・・・なん走んないんだよ!?」

恐怖に(おのの)いた後部座席の水岡が、身体を前へ乗り出し、そう言った瞬間!


ドン!!!


後ろから音がしたと同時に、車の後ろに何かが乗っかったのが分かった!!

「うわああああ!!!」

叫んだのは、後部座席に座る水岡だった。

「森川が!車の後ろにしがみついている!!」

水岡のその声に、吉田はルームミラーを覗き込み、僕は振り返った・・・!


「出せえええええ!!・・・・俺を出せええええ!!!!」


地の底から響く様な異様な声で叫びながら、鬼の形相の森川が車の後ろにしがみ付き、リア・ガラスからこちらを覗き込んでいたのだ!!

僕達は、半狂乱になった!

吉田の運転する車は、しがみ付く森川を振り落とそうと、何度もハンドルを切った!

その度に僕と水岡は、叫び声を上げていた!

しかし、速度の出ない車だからなのか、それともしがみ付く森川の力が凄まじいのか、叫び声を上げ続けている森川を、なかなか振り落とせないまま、遊園地の駐車場を出口に向かってノロノロと走っていた。

すると、森川は、頭で後部座席の窓ガラスを割ろうとしているのか、ドン!・・・ドン!・・・と、額の辺りをリヤ・ガラスにぶつけてきたのだった!

正気の欠片も無い森川の行動と姿に、僕達は生きた心地がしなかった!

今のコイツなら、本当に後部座席の窓ガラスを割るのではないかと思ったからだ・・・。

もう駄目かと思いかけた時だった。

突然、エンジンがブーン!!っと大きな音を立て回転を上げたのだ!

その余りの加速に前輪のタイヤがキュキュっとっ鳴り、その反動で僕達は、いきなりシートの背もたれに背中を押し付けられた。

急加速した車から、森川が振り落とされるのが、車から伝わる振動と、後ろから聞こてた『ドシッ』という音で僕達は分かった。


そして、ただ逃げる事に必死だった僕達が乗る車は、一気に駐車場の出口を抜け、ヘッドライトに照らし出され暗闇に浮かぶ公道に合流した・・・。



 森川を振り落とした時も・・・・その後も・・・・必死にハンドルを握っていた吉田は、恐怖でバックミラーを見る事ができなかった。

それは僕も同じだった・・・。

後部座席の水岡は、森川が頭を叩き付けていたリヤ・ガラスを恐れてなのか・・・頭を抱えうずくまって居た・・・。

この時、高速で走る車の中で、僕達は血の引いた顔で恐怖に震え、まるで何かに取り憑かれたようにして、ただ逃げることだけしか考えられなかった・・・。


 その後・・・・僕達は、どこをどう逃げたのだろうか?

気が付けば僕達は、S市の幹線道路沿いにあるコンビニの駐車場に止めた車の中で、放心して居た。

時間は、午前4時過ぎだった。

当然だが、車の中には、僕と、吉田と、水岡の三人だけだった・・・・。

森川はどうしたろうか?

あれは、夢だったのだろうか?

そう思った僕は、車を降りて、昨夜の事を確かめようと、乗っていた吉田の車の後ろを確かめた。

するとそこには、人の手の跡や、土埃が取れたりした、人が掴まった形跡があった・・・・。

「夢じゃ無かった・・・・!?」

そうなると、僕は急に森川の事が心配になってきた・・・・。

そもそも、アレはどこまでが本当だったのか分からないが、少なくとも車にしがみついた森川を、そこから振り落したのは確かなようだった。

「おい・・・・!」と、僕は他の二人に声を掛けて、森川を探しに戻ろうと言った。

あそこに戻るのは怖いと思ったが、既に夜明けが近かったので、廃園になった裏野遊園地に着く頃には、明るくなっていたのが救いだった・・・。

それでも、恐る恐る、その駐車場に入って行った僕達だったが、そこに入ると直ぐに、駐車場に倒れている森川を見つけた。

昨夜の事もあって、近づくのを少しためらった僕達だったが、抱き起こした森川の顔を見た時には、心底ホッとした・・・・。

それは、眠っては居たものの、いつもの森川の顔だったからだ・・・・。

幸い、森川の顔にはどこにも傷は無かった・・・・。

あんなに、とんでもない事をして、車の後ろの窓ガラスに頭突きもしたのに・・・・しかも最後は、速度を上げた車から振り落とされたのにだ・・・・。

服は、土埃が付いて薄汚れてはいたがそれだけだった。

靴にも少し引きずった傷があったりしたが、結局それ以外はなんでも無さそうだった・・・・。

そんな森川の姿に僕達はホッとするのと同時に、得体の知れない不安を覚えた・・・・こんな、おかしな事があるのだろうかと・・・。


 その後、その場で目を覚ました森川は、何も覚えてはいなかった・・・。

そんな森川に僕達は、もしかしたら、車から振り落された衝撃で、脳に何かあったのかも知れないとも思ったのだが・・・・森川は、そうした傷や痛みは無いと言ったので、取り敢えず安心した。

そうして僕達は森川を車に乗せて、帰る事にした・・・。

帰りの車の中で森川は、何故、自分があのような場所に倒れて居たのかと訊いてきたが、僕は「一緒にドライブをしていたら、お前が気持ち悪いと言い出したので、一度、車から降ろして様子を見ていたんだ。」と嘘を言った。

僕のその嘘は、吉田と水岡も同意して後押ししてくれたので、森川は僕の嘘にあまり納得はしていなかったようだが、記憶が無いので、それ以上は、確かめようが無かった。

僕達も、昨夜の出来事は思い出したくは無かったし、何よりも森川にした事や、森川がした事も、話さずに済むのなら、そうしたかったのだ・・・・。

後に、この出来事は、僕と吉田と水岡の3人だけの秘密となった。


 しかし・・・・あれは何だったのだろうかと、僕はずっと疑問に思っていた・・・・。


 それから数ヶ月ほど経ったある日の事。

居酒屋で別の友人と飲んで居る時に、僕は思わぬ話しを聞いたのだった。

それは、隣の席に座った中年のサラリーマン風の男二人の話しだった。

僕は、それとなく聞こえてきた、その二人の話しに惹き付けられ、聞き耳を立てた。

何故ならそれは、あの廃園になった裏野遊園地の話しだったからだ・・・。


 そのサラリーマン風の二人が話すには、あの遊園地があそこに出来る前には、小さな集落があったのだそうだ。

しかし、そこにリゾート開発の波が押し寄せ、規模はそれ程大きく無いものの、遊園地が建設される事になったのだそうだ。

集落の住人達は、先祖が守った土地だと言って、土地を売るのを拒んだのだが、強引な地上げ屋によって無理やりに金を渡され、半ば強制的に立ち退かされたそうだ。

立ち退かされた人の中には、寝たきりになったような人もいて、自分の身辺整理もままならないまま、どこかへ連れて行かれた人もあったと言う・・・・。

バブルの頃にはそんな事があったらしいと聞いた事があったが、酷い話だと僕は思った。

そして、二人の話は、あのミラーハウスの事になった。

僕はその『ミラーハウス』と言う言葉を聞いた瞬間、心臓がドキッとし、身の周りの温度が急激に下がったように感じた・・・。

気が付けば僕は、一緒に居る友達と話すのも忘れ、その話に聞き入っていた・・・・。

そして、その話を聞き終わった時、僕は独り納得しながらも、背筋に冷たい汗が流れていくのを感じていた・・・・。


 残りの話とは、こうだった・・・。


 あの遊園地が建てられた場所には、実は墓場があり、多くの墓石と遺骨は、別の場所に移設されたりしたのだと・・・・。

しかし・・・・先程の話にあった、自分の身辺整理もままならなかった人の先祖の墓は、建設を始めた遊園地の区画の中で、そのまま放置されていた・・・・・。

しかしその後、工期に追い立てられた業者は、ある日の深夜、密かに、その墓も遺骨も、全てまとめて土の中に埋めてしまった・・・・。と言う事だった・・・。


そして、その・・・・埋めた場所というのが・・・・。

あのミラーハウスが建っている下なのだと。


 僕は思い返していた・・・。

森川はあの時、僕達が懐中電灯も点けずに、ミラーハウスの中に入ってきたと勘違いしていたのを・・・・。


そう・・・きっと彼は、見たのだ。


あのミラーハウスの中で、今では誰も供養してくれなくなってしまった墓の主の姿を・・・。



悪ふざけは、時に取り返しのつかない事態を招く事があるものです・・・。

誰しも、自分の行動の責任は、自分で取らなければ成らないものなのです。

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