曖昧な記憶
……本当に、私は一体何なのか…それは、まだ分からない。
でも、もしかしたら…自分で思ってる以上に
私って…危険な妖怪なんじゃ無いだろうか。
あの戦いの記憶、私は漠然としか覚えては居ない。
電車に轢かれたような記憶はある。
藍さんと紫さんと戦った記憶もある。
だけど、どんな感じに戦ったかは覚えていない。
「……私って、本当に何なんだろう」
最初はただ記憶を取り戻したいという感情で動いていた。
でも、あの時の事を考えてみると、そうじゃないのかもしれない。
もしかしたら、紫さんは私が暴走しないように
幻想郷の皆さんと交流を持たせようとしているのかもしれない。
うぅ、自分がわからないのがここまでもどかしいことだなんて…思わなかった。
「記憶喪失…昔の私は一体何だったんだろう」
そんなこと、今まで何度も何度も考えてきていた。
でも、答えなんて一度だって出てきたことがない。
考えても考えても、一瞬たりとも私の記憶にはその過去は出てこなかった。
「なる程ね、それがあの子の正体」
「どう? ゾッとしたかしら?」
「あの子を知らなければ、真っ先に排除しようと感じる程にね
正体だけを知れば、すぐに排除対象…でも」
「えぇ、正直、あの子の過去を知っていれば、助けてあげたいとも感じるわ」
「妖怪なら、誰しも必ず通る道でしょう?」
「……大概の妖怪は恐怖される。その恐怖が自分たちにとって必要なことだと
生まれたときに理解している。その恐怖があるから自分たちが存在する。
誰に教わった訳ではなく、本能的にそれを理解しているでしょう。
でも、あの子は違うわ、妖怪になろうとして妖怪になった訳じゃない。
あの子は純粋な妖怪じゃないわ、半分は人間…いえ、半分以上かしら
あの子は殆どが人間よ、ただの小さな女の子。
そんな子が、あんな扱いを受ければ…いくら優しくても
理不尽な暴力を受け続けていれば暴走もするでしょう。
自分自身に絶大な力があれば、余計にね」
あの子の実力は相当な物、藍でさえ手も足も出ないほどの実力。
あの状態の彼女を止めるのでさえ、私と藍でやっとって程のね。
「…それで? あなたがあの子を救う手段は何かしら?」
「あなたなら当然、分かってるでしょ?」
「…そうね、あなたがしている行動を考えればね」
私があの子のためにしてあげること…それは。
居場所を失った彼女に、居場所を作ってあげること。
「うぅ、や、やっぱり寝ているだけなんて嫌だ!
か、体は元気なんだし、何か手伝いに行かないと!」
確かに曖昧な記憶の中で、私はかなりの怪我をした。
でも、今は全く大丈夫なんだ、服はボロボロだけど
それでも体はほぼ無傷! それなのに
怪我をしている藍さんにお料理を作ってもらうわけにはいかない!
「ら、藍さん! 私も手伝います!」
……へ、返事が返ってこない、う、うぅ! け、結論を出すのに時間がかかりすぎた!
ど、どうしよう、と、とにかく厨房へ向かおうかな。
……でも、厨房はどこなの!? わからない、全くわからない!
い、いや、だってさ…ここ、初めて来た訳だしさ!
「うぅ、ら、藍さん」
それにしても、すごく大きな屋敷だなぁ。
庭も凄く綺麗に手入れされてるしなぁ。
それに、桜の花がすごく綺麗に咲いている。
あ! け、景色に見とれてる場合じゃなかった! 藍さんを探さないと!
かなりきつそうにしてたし、すぐにでも見つけ出さないと!
「藍さーん! ん?」
目の前の部屋へ何か白い物体が入っていったのが見えた。
誰かな、藍さんかな? でも、藍さんってことはあり得るのかな?
正直、気配が至る所に感じるから、藍さんを見つけるのが大変だよ。
やっぱり大きな屋敷だし、使用人とかも多いんだろうなぁ。
じゃあ、さっきこの部屋に入った人も使用人の人かな?
だったら、その人に厨房の場所を聞いた方がいいよね。
「よーし、すみませーん!」
……ありゃ? 誰もいない、行き止まりみたいだけど…あれ?
おかしいなぁ、確かにここに誰かが入ったような気がしたんだけど。
「うひゃ!」
何々!? 誰かが背中を触った!? …で、でも、後ろを見ても誰もいない。
お、おかしいなぁ、確かに誰かが触ったと思ったんだけど。
でも、すごくひんやりとした気がする…
な、なんだか怖くなってきた、そういえば、あの白髪の女の人が隣で飼ってた
…あ、あの饅頭…饅頭……あ、あれって…や、やっぱり幽霊だったんじゃ…
あうあうあぁ! 違う違う! ゆ、ゆゆ、幽霊なんて…ゆ、幽霊なんて…
「ゆ、幽霊なんて…幽霊なんているわけなぁい!」
「いるわよ~」
「ひえあぁあぁ!!!????」
何々ななぁああ! 声!? 後ろから声が聞こえたぁ!?
で、でも、だ、だ、誰も…誰もいない!?
「何々!? 何なの!?」
「あなたを祟っちゃいましょうか~?」
「にゃぁああ!」
ま、また声が! また後ろから声が聞こえた!
で、でも、やっぱり誰もいない…そ、そうだ!
か、壁を背にしちゃえば…
「ほいほいっと」
「ひゃぁあああぁああ!!」
触られた! 誰かに背中を触られた! 壁を背にしてたのに!?
あ、あぁああ! い、勢い余って飛び出したせいで庭の塀が壊れた!
「うふふ~、いやぁ、面白いわねぇ~、妖夢位にいじり甲斐があるわぁ」
「幽々子…塀が壊れたわよ?」
「大丈夫よ、自分で壊したって感じだし」
「あ、あわ…あわあわぁ…」
「いやぁ、悪いわねぇ」
塀を壊してしまった動揺と、幽霊が出てきた動揺と…
目の前から知らない人がいきなり出てきた動揺が同時に…
「あ…あぅ…」
「……気絶しちゃったわね」
「だから悪戯は止めなさいって言ったのよ」
「とかなんとか言って、紫もノリノリだったじゃないの」
「ま、まぁ…そうね、否定はしないわ…それにしても幽々子…私の話、聞いてた?」
「聞いたわよ、この子がどれだけの力を秘めているかもね」
「それなのにまた、ずいぶんと派手にやるわね」
「馬鹿ね、居場所を作ってあげたいって言ったのはあなたでしょ?
居場所はね、お互いに自然に振舞える場所の事を言うのよ。
私が遠慮してたら、この子の居場所になれないじゃないの~」
「…良い言葉を言ったつもりみたいだけど、あなたは悪戯を楽しんでただけでしょ?」
「大当たり~」
やれやれ、本当に幽々子は悪戯が好きなんだから。
まぁ、からかいたくなる気持ちはわからないでもないけどね。
「それにしてもこの子……いえ、何でもないわ、多分勘違いでしょうし」
「何よ、もったいぶらないで言ったら?」
「まぁ、一部の妖怪なら、こんなものでしょうしね」
「ん?」




