挑戦者
時間を稼げば良い…とは言え、相手が悪すぎる。
幻想郷戦力をここまで動かしても彼女の足止めは僅か。
でも、犠牲者などは出てない。怪我人も多いわけでは無い。
ただ総当たりで仕掛けているけど、そろそろ良い時間にはなってきたわ。
時間は6時。作戦の決行が10時だから、後4時間。
私と隠岐奈も交戦はしているけど、撤退の繰り返し…
この調子で残り4時間は流石に厳しそうよね。
「いつまで逃げるんだ? そろそろ良いじゃ無いか…諦めろよ」
「あなたが逃がしてるんでしょ?」
彼女が本気を出せば、私達を捉える事は造作ないはず。
でも、彼女は私達をあえて逃がしている。
私達を殺そうとはしていない。諦めさせようとして居る。
全く素直じゃ無い子ね。強者ぶってはいるけど
その実は精神的に未成熟。大人がちゃんと導いてあげないとね。
でも、青春を経験するのも良いかも知れないわ。
「さて、フェンリル…そろそろ質問をしても良いかしら?」
「何だい?」
「あなたは何で私達を捉えようとしないの?」
「そんなの、君達2人が逃げ回ってるから」
「捉えられないと? ふふ、面白い冗談ね」
彼女は本気を出していない。それは間違いないわ。
彼女はその内心では救いを求めている。止めて欲しいと。
それ位、これだけ長い間戦っていれば分かるわよ。
でも、彼女は決してそれを認めようとはしないでしょう。
彼女にもプライドがある。彼女は素直にはなれない。
フェンリルはフィルの本当の願いを分かっているのに受入れようとはしない。
「……じゃあ、冗談じゃ無いと言うことを教えてやるよ、ここで倒して」
「はは、馬鹿だな。ここで私達を倒すと言う事は自分の言葉が冗談だと認めることだぞ?
本気を出せば捉えられるけど、本気を出さなかったから今まで倒せなかった。
それを自分自身で証明することになるが、良いのか?」
「……舐めやがって」
やっぱりまだ経験が足りないのかしらね、まだまだ頭の方は出来上がってない。
それはそうか。彼女はまだ10代だからね、頭までは出来てないでしょう。
眠っている時間を換算すれば、もう20になるのかも知れないけど
完全に成長も止まっていたし、10代である事は変らないか。
「だけど、口達者でもさ、実力で劣っていれば吠えてるだけに聞えるよ」
「あらあら、強がっちゃって、子供なんだから」
「僕はもう子供じゃ無い。子供のままじゃ居られなかったからね」
「子供よ、何故認めようとしないの? 素直になれない子供」
「僕は強いからね、子供じゃ無いと言う証明はそれだけで良いだろ?
それに、大人が子供に負けてたら恥ずかしいんじゃ無いの?」
「なら、私が証明してあげるわよん。狼ちゃん」
「ッ!?」
不意に姿を見せた地獄の女神。彼女は唐突に姿を見せると同時に
フェンリルに向って、巨大な月を叩き込んだ。
「くぅ! これは…」
「久しぶりと言うほど久しぶりじゃ無いけどね。
でー、あなたが純狐が言ってた時のフィルちゃんかしら?
いやぁ、性格も雰囲気も変るわねぇ」
「ヘカーティア・ラピスラズリ…何故あなたが」
「私が気に入った地上で暴れちゃってる狼ちゃんを懲らしめに来たのよん」
「…神であるあんたが、僕に勝てると思うのか?」
「そうね、北欧の神ならまだしも、あなたと私じゃちょっと位も違うでしょ?」
フェンリルは北欧神話に出てくる世界を喰らう狼。
そして、フェンリルは主神であるオーディーンを喰らった。
「そもそも、あなたは神に敗北をしている。北欧の神に。
オーディーンを喰らったというのに、その子供にやられてる。
その事からも分かるでしょ? あなたは確かに神に強いけど
神だからと言って、相手を無条件に殺せるほどに強くはない。
力が強い神相手には無力だと」
「あんたが力が強い神だと?」
「えぇ、さぁ快進撃もここまでね、狼ちゃん」
ヘカーティアの周囲に3つの身体が出て来た。
彼女の能力。全ての身体をこの幻想郷に集中させたと言う事…
本気だという証明。彼女は本気でフィルを倒そうとしている。
実際、彼女ならフェンリルを止めることも出来るはず。
ギリシャ神話に出てくる地獄の神。
その実力は、幻想郷や月を凌駕している圧倒的実力がある。
私達では到底敵わないフェンリルでも
その上を行っている彼女なら止めることが出来るかも知れない。
でも、もし彼女がフィルを殺してしまったら……幻想郷の住民の内
どれだけが、あのヘカーティアに怨みを抱くかしら…
少なくとも、レミリア達は必ず彼女を怨むはず。
レミリア達に怨まれたところで、彼女はへでもないでしょう。
レミリアとヘカーティアの間には大きすぎる実力差がある。
でも、あの吸血鬼なら必ず噛み付く…そう言う奴だからね。
「ヘカーティア」
「分かってるわよん、殺しはしないわ」
「手加減して勝てると思うのか!?」
「必死になってるのが実力差に気付いてる証拠よね。速攻で堕としてあげる」
彼女が右手を挙げる。同時に無数の弾幕がフェンリルを襲った。
巨大な月の模型だっていくつも飛んで来ている。
弾幕の数、密度、破壊力…あれを喰らったら、流石の彼女でも。
「くぅ! この!」
「ほらほら、避けなさい」
「うぅ!」
やはりヘカーティアの攻撃はフェンリルを追い込んでいる。
一撃の攻撃力も高いし、擦るだけでも痛手。
あの大量の弾幕をかいくぐってヘカーティアに接近するのは困難。
彼女の爪や牙でも、彼女が操る月の模型を砕くのは難しいでしょう。
それもヘカーティアもフェンリルも分かっている。
だから、フェンリルは避ける事に専念して立ち回っている。
でも、ヘカーティアは確実にフェンリルを追い込んでいった。
「うぐぅうう!」
「さぁ、チェックメイトよ!」
「く、うぅううう!」
フェンリルの逃げ道を完全に塞いだと同時にキツい一撃を叩き込んだ。
フェンリルは激しく地面を転がり、大量の土煙を上げながら倒れる。
あの一撃が何処まで強力だったかは、彼女がバウンドした土の抉れで分かった。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
「偉そうな事を言ってた割に、大した事無いわね」
あの異常な程に素早いフェンリルの動きを捉えての攻撃…
最初から彼女に動いて貰っていれば苦戦はしなかったかしら。
「……あはは、やっぱり…駄目だったね……じゃあ、後は任せるよ…」
誰に話をしているの? 任せるって言うのは、一体どう言う…
「ったく、クソ犬が!」
1度目を閉じたフィルが再び目を開け、天に拳を振り上げる。
振り上げられた拳は、そのまま地面に向って振り下ろされた。
「うわ! 何!?」
地面に振り下ろされた拳を中心に、強く巨大な自身が私達を襲う。
フィルは地面から噴き出された土煙に包まれる。
少しずつ晴れていく土煙…地面に入っている大きな亀裂も見え始めてきた。
「……そんな」
「……久々に起きたが、面白ぇ事になってるな」
さっきとはまるで雰囲気が違う…禍々しいオーラみたいな物さえ見えた。
フェンリルの時とは全然違う、異常な程の威圧感…
何よ、あれ…まだ何かあったって言うの…?




