2人の時間
難しい事を考えた後、服の裁縫を始めようとした。
だけど、次に見た瞬間、その穴が開いていた服は直っていた。
誰かが入ってきた記憶も無いし、記憶を失った感覚も無い。
悩んでる間に、いつの間にか服が誰かの手で縫われていた。
そんな事が出来る人物を、私は1人しか知らなかった。
「…咲夜さん、ありがとうございます!」
私は感謝の言葉を出来るだけ大きな声で言った。
聞えたかは分からないけど、聞えたと信じたい。
咲夜さんは神出鬼没だから、いつの間にかそこに居て
いつの間にかそこには居ないから。
きっと、あの時の約束をすぐにしてくれたって事。
本当にあの人って凄いよ、尊敬しちゃう。
時間も操れて、何でも出来て、遊び心もあって
真面目で凄くクールで、忠実で優しくて…私も咲夜さんみたいになりたいなぁ。
あんな風に格好いい大人の女性って憧れるし!
私みたいな弱気な女の子でも、あんな風になれるかなぁ…
「憧れることは簡単に出来るけど、実際にその憧れに近付くのは難しいかな。
でも、やっぱり憧れを抱かなかったら近付こうとも出来ないし、大丈夫!
憧れは入り口! 後は成長するだけ! 頑張るぞー!」
あ、あれ? 何だか扉が開いたような音が…
「……タイミング悪かったかな?」
「……ふ、ふふ、フランお嬢様!?」
「え、えっと、うん、憧れって大事だよね!」
「そ、そそ、そ、そうですよね!」
「でも、なんで叫んでたの?」
「……わ、忘れてください!」
うぅ、な、なんでフランお嬢様の気配に気付かなかったんだろう、私ぃ!
恥ずかしい…いやまって、恥ずかしがる必要は無いはず!
そう、わ、私は意思再確認するために叫んだだけで!
別にやましいことでも無いし、恥ずかしがる事でも無いはず!
そう! 恥ずかしがる必要は無いんだ! うん、そうだよ!
あ、当たり前の事を当たり前で言っただけで、恥ずかしがってたら駄目なの!
私、は、恥ずかしくないもん! ……いや待って私! そこも恥ずかしいけど!
何より、何よりだよ!? 何より恥ずかしいのは…今の格好じゃ!
「あぁあああ! ご、ごめんなさいごめんなさい! お粗末な物を見せてごめんなさい!
来ます! 今すぐ上着を着ます! メイド服! メイド服ですよね!?
お仕事、お仕事の!」
「い、いやその、下着でも大丈夫だよ、だってここはフィルの部屋だし。
それよりも私の方が悪いよね、部屋に入るのにノックしないのは」
「いえ、下っ端の部屋に入るのにノックなど…それよりも
こんなお粗末な身体を見せてしまい、誠に申し訳ありませんでした!」
「フィルは自分の身体に自信が無いの? そもそも、一緒にお風呂に入った後だよ?
別に今更感が凄いと思うんだけど…そんなに私に身体を見られるのは嫌だ?」
「え? いえ、そう言うわけでは…女の子同士ですし
別に恥ずかしがる要素はありませんけど、でもやっぱりご主人様に
こんなはしたない格好を見せるのはどうかなと」
「大丈夫だよ、自信持ってよ、フィルは良い身体をしてるよ?
少し筋肉質な身体だし、お胸も程々にあるしね。
太ももだっていい感じに細いし、でも、フィルって力凄いのに
意外と太もも細いんだね、腕も細い方だし、変ってるね。
腹筋は割れてないんだ、ちょっと意外かも?」
「わ、私の身体をそんな細々解説しないでくださぃ~!」
「いやだって、温泉に一緒に入ったときは殆ど湯船だったから
あまり見られなかったけど、今は2人きりだしね」
「今すぐ服を着ますから!」
「女の子同士でそんなに恥ずかしがらなくてもいいよ
あ、そうだ、私の身体も見せてあげる、そうすれば対等だしね」
「いえ! そんな恐れ多い!」
「大丈夫だって、別に見られて恥ずかしい物でも無いしね。
あ、でもドアは閉めようかな、お姉様に見られたら怒られちゃうかも」
「だったら…」
「ほら、女の子同士の交流って感じで!」
「そんな交流、知りませんよぉ!」
と言っても、フランお嬢様は止まらず、扉を閉めた後上着を脱いだ。
フランお嬢様の下着って、キャミソールなんだ。
で、やっぱりパンツはドロワなんだ、やっぱり皆ドロワなのかな。
「よいしょ、ナイトキャップも取って、どう? 可愛いでしょ?」
「はい、髪型が可愛いです、でも、髪の毛跳ねてるんですね」
「それを言うなら、フィルも跳ねてるよ? 私知ってる
そう言うの、アホ毛って言うんだよね」
「あ、アホ毛って…跳ねてたらアホなんでしょうか」
「間抜けに見えるって事じゃ無いかな?
でも、整えても跳ねるんだし、しょうが無いよね。
そうだ、髪の毛触らせてよ」
「え? 何でですか?」
「髪の毛と尻尾と耳を触らせてよ、ふわふわしてて可愛いし」
「えぇ!? 耳と尻尾は止めてくださいよ!」
「優しくするって、あ、代わりに私の翼とか髪の毛触っていいわよ
私の翼なんて、触っても良い物では無いだろうけど、髪の毛は自信あるから
何てったって、お姉様のシャンプーを使ってるし
髪の毛の手入れは咲夜にして貰ってるからね。
勿論つやつやで触り心地もいいわ!」
「いや、でもそんな…わ!」
ふ、フランお嬢様が私の言葉を聞かず、すぐに距離を詰めて私をベットに押し倒す。
「フランお嬢様…顔が近いです」
「へぇ、フィルの耳ってやっぱりふさふさなのね。
後、髪の毛もふわふわしてる、冬とか温かそうね」
「あ、あまり触らないでくださぃ…」
「敏感なの? 兎みたいね」
「け、獣にとって耳は生命線だと言う知識を得ましたし
やっぱり、自然の動物からして見れば、耳は大事ですからね。
後、この耳は意図的にピョコピョコ動かせますよ、こんな感じに」
普段はあまり動かさないけど、今回は動かしてみた。
「何それ可愛い! 耳が小さくピョコピョコ動いてる!」
「一応、身体の一部ですから、動かせるんですよ、尻尾もこんな感じで」
「あ、暖かいわね、あなたの尻尾」
フランお嬢様の腰辺りに尻尾を動かして見た。
フランお嬢様は私の尻尾を見て、嬉しそうに抱きついてくる。
ちょっと痛いけど…
「暖かいわね、布団に入った後のもう一押しで使えそう。
それに、尻尾その物も結構暖かいわ」
「一応、尻尾にも血は通ってますし、暖かいのは当然かなーと」
「因みに、私の体温も結構暖かいでしょ?
吸血鬼って冷たいイメージが強いけど
案外暖かいのよ? そもそも、冷静に考えてみると
血を吸って生きてるんだし、暖かくなるのも頷けるけどね」
「あ、何となく思ったんですけど、なんで吸血鬼は血を吸うんですか?
食事という観点で言えばそうなのでしょうが、何故血なんでしょう?」
「そうね、生命力を貰ってるというのが正しいのかも知れないわね。
吸血鬼って、生きてる人間から血を吸うでしょ? 死体からは決して吸わない。
生命力を食べるのに最も効率的なのが血液なの、お姉様が言ってたわ」
「でも、普通の食事もしてますよね? それに、人から取った血を
後から紅茶にして飲んだりしてるんですっけ、それじゃあまり意味は無いような…」
「私もよくは知らないけど、八雲 紫だっけ、今回いたあの妖怪。
あの妖怪との約束でお姉様はあまり人を襲えないんだって」
やっぱり紫さんなのかな、強いもんねあの人…人って言えるか微妙だけど。
「それと、確かお姉様が言うには、血を吸う必要があるのは
人と違って、私達吸血鬼は莫大な力を消耗するらしくて
その消耗は普通の食事では賄えきれないから血を吸うんだって。
紅茶にして飲んだ場合は、あまり生命力を吸収できないけど
それでも普通の食事と併用すればギリギリ賄えるんだって」
「へぇ、そうなんですね」
「後、フィルの血は本当に美味しいし、生命力も凄いらしくて
1口飲んだらしばらくは満腹になるくらいに濃密らしいよ
私は血で色々と選別できるほどにグルメじゃ無いけどね」
「はぁ…でも、吸い過ぎでは…?」
「美味しいから飲み過ぎるのよ、私もフィルの血は美味しいと思うし」
ち、血の味に美味しいとか不味いとかあるのは何となく分かるけど
絶対に私では選別できないだろうなぁ。
「しかし、この体勢ならフィルの血を吸い放題ね」
「へ!? ま、待ってくださいフランお嬢様! それは勘弁してください!」
「だってほら、今はかなり近いし…ふふん、頂こうかな」
「待ってください! あれ辛いんですよ!?」
「…まぁ、冗談だけどね、流石にフィルの血を独り占めなんてしたら
お姉様に怒られちゃう、でもフィルは独り占めするけど」
「えぇ……」
独り占めって…ちょっとよく分からない表現ではあるけど。
「でも、あの…フランお嬢様」
「何?」
「さ、流石にそろそろ離れた方が…せめてもう少し位離れても」
「なんで?」
「いやだってその…私達って下着姿ですし、流石にここまで密着してると
もしこのタイミングにレミリアお嬢様が来たり、咲夜さんが来たら…」
「来ない来ない、とか言っちゃうと来るって聞くけど、まぁ来ても良いし」
「よくありません! お、お嬢様に殺されます!」
「あはは! 多分お姉様と私が2人がかりでもフィルは殺せないよ」
「そう言う意味では無くですね!」
「……妹様、戯れはそこら辺に」
「はへ!?」
い、いつの間にか咲夜さんが私達の横に立ってた!
「さ、咲夜さん!? こ、これは違うんです!」
「流石にそれは分かるわ、体位が逆であったら分からないけど
その体勢なら、妹様があなたの制止を振り切って
強引に押し倒しているというのは予想が付くわ。
でもフィル、いくら相手がご主人様だからと言って
手加減してその状況を維持するのはどうなのかしら」
「咲夜、フィルが私を振り払えるわけ無いじゃん。
だってフィルよ? 嫌がっても強引に押し倒されるのがフィルでしょ?」
「まぁ、性格的にはそうなるのでしょうが、しかしそのままではですよ。
フィル的にも非常に将来的に不味いと言いますか。
それは言わば、もしもフィルに言い寄る男が来た場合
結局断り切れず、何だかんだで酷い目に遭うと言う事です。
フィルを大事にするのであれば、多少お説教も大事ですよ」
「うぅ…」
た、確かに何だかそんな事になりそうで恐いよ…
「フィルは邪な気持ちに敏感なイメージがあるし
そう言う男が居た場合、殺すんじゃ無いの?」
「殺しませんよ!」
「実際、フィルがその気になれば男程度容易に排除できますが
例え両手を縛られようと、かみ殺したり
足の爪でかっきったり出来るでしょうが」
「しませんって! そんな恐いこと!」
「しかし、心配な物は心配です、私にとっては可愛い後輩ですしね。
ただまぁ、その話は後にして、フランお嬢様。
流石にそろそろフィルから離れて上着を着た方が良いかと。
そろそろお嬢様が来ますわ、その姿を見られるのは不味いと思います。
フィルも急いで服を着なさい、時間を止めて着せてもいいけど
服くらいは自分で着ることをお勧めするわ、好みがあるでしょ?」
「は、はい!」
「はぁ、仕方ないなぁ」
私は急いで服を着替えた、フランお嬢様も何とか咲夜さんの説得に応じてくれて
無事に服を着てくれた、そして少しして、ドアがノックされる。
「フィル、料理が出来たわ、美鈴の自信作だそうよ」
「は、はい! すみませんわざわざ!」
「後、フラン知らない? 部屋に行っても居なかったから。
ここに来てたりしないかしら、後咲夜も居な」
「はい、お嬢様、お呼びでしょうか」
「咲夜! き、聞いてるならさっさと出て来なさいよ」
「申し訳ありません、取り込んでおりまして」
「へぇ、あなたが取り込む事なんてあるのね」
「お姉様、私はフィルの部屋だよ」
「あぁ、やっぱりそうだったのね、全くあなたはフィルが好きねぇ
フィルは私のペットなのだけど、まぁ良いわ。
それよりも、早くダイニングに来なさい」
「はーい」
「わ、分かりました」
な、何とか咲夜さんが取り繕ってくれて事なきを得た。
ふぅ、さ、咲夜さんが来なかったらどうなっていたことか。
でも、レミリアお嬢様は部屋のドアをノックして
外から話をするんだ、流石貴族って感じがするよ。
とにかく急いでダイニングに行こう、お腹空いたしね!
美鈴さんのお料理、楽しみ!




