鉄の獣と魔術師
「じゃあ、まずその邪魔な鉄屑を片付けないと」
獰猛な笑みを見せながら魔術師のアルカナは鉄のゴリラに視線を向ける。
「氷よ!私と主の敵を封じ込めなさい!」
魔術師が魔力を込め、フィンガースナップをすると、鉄のゴリラの足元から氷が現れてあっという間に覆い尽くす。
「なっ!?そんな氷ぶち壊せ!」
達也は慌てながらも、自ら作り上げた鉄のゴリラに向かって指示を出す。
しかし氷はいくら鉄のゴリラが動こうがヒビひとつ入らず、むしろ鉄のゴリラの動きは鈍くなっていき、遂には完全に停止した。
「ちっ、蛇ども!やれ!」
達也の掛け声と共に彼方達の背後からあらかじめ潜ませていたであろう鉄の蛇が飛びだすが、魔術師がまた指を鳴らすと今度は炎の壁ができ、勢いそのまま蛇は高温の炎に溶かされていく。
「ふふ、もう終わりかしら?」
魔術師が炎を消して達也を見る。
その表情は勝利を確信したものが見せる余裕であった。
「ちぃ、化け物が……」
一方、達也は逆に顔から余裕がなくなりむしろ青ざめていた。
元々達也は彼方の能力をフール一体の召喚しかできないと踏んでいたため、護衛である機関のエージェント、八重さえなんとか出来れば事は収まるかと思っていた。
だが、魔術師の出現にその目論見は破綻する。
ある程度仕込んだ蛇も道具も環境さえも一蹴され、持ってきた閃光弾も八重に使ってしまい、もはや達也に逆転の余地はなかった。
「それじゃあとどめの時間ね……我が主を襲った事後悔しながら死になさい」
魔術師がその言葉を告げるとともに魔術師の頭上に炎の塊が生成される。
燃えたぎる炎を凝縮したかのような赤い玉。
その熱気は少し離れている彼方も焼き付けそうな程の温度である。
「お、おい。なにいってるんだ。俺は別に殺したい訳じゃないんだぞ!」
「私から言えば主の方がなに言っているのかしら。自分を襲撃した相手を殺すのは当たり前の事よ。でなければ殺されるのは主なのだから」
彼方の言葉を魔術師は切り捨てる。
「……それが主の命令でもか?」
魔術師の顔を見据え、彼方は言う。
「……わかったわ。それが主の命令なら殺さない程度には手加減してあげる。でも甘い考えは捨てるべきよ……いつかとんでもないしっぺ返しわよ?」
「甘い考えなのはわかってる。フール達の時代はそれも当たり前だったかもしれない。けど時代は変わったんだ。俺は人を殺したくない……殺さずに戦えるならその方がいい」
彼方の言葉を聞き、魔術師は軽くため息をつく。
「フールから聞いてけどこれは思った以上に頑固そうね。本当にあの方みたいだわ。いいわ……今は貴方が主だもの従いましょう。……さて、今の間に逃げると思ったんだけど、逃げないのね?」
魔術師が向き直り、達也を見る。
達也は魔術師の言う通り逃げずにその場から動かずにいた。
「出来るわけねぇだろ。そんな素振り見せた瞬間、とんでもない殺気をぶつけてきやがって……そんなの逃げれるわけねぇじゃねぇか」
達也は引きつった笑みを見せる。
その表情は諦めたにも似たようにも見えた。
「ならその潔さで慎んでこれを喰らいなさい。主の言いつけ通り殺さないであげるわ!爆風弾!」
魔術師の掛け声とともに炎の塊から炎の弾丸が無数に放たれる。
本来なら頭上の炎の塊を着弾と同時に爆発する。炸裂炎獄が放たれるはずだったが、主人である彼方の命令もあり、数段威力が低い爆風弾を撃つことになった。
だが、それでも威力はとても高くまともに全弾ヒットすれば死なずとも重症は間違いないだろう。
「ぐうぅ!」
凍りついた鉄のゴリラを盾にして達也は防御する。
回避しようがもしまともに食らうことを考えると鉄のゴリラを盾にした方が生存率が高いと判断してのことだ。
しかし、鉄のゴリラは無数に放たれる爆風弾の威力に負けあっさりと砕けて崩壊する。
そして最大の盾を失った達也はあっという間に爆風弾の餌食になり、吹き飛ばされていった。
「終わったわ。あら、吹き飛ばされた時に体にでも巻き付かせたのかしら」
爆風弾の発動を止めて、魔術師が達也を見ると達也の体には夥しいほどの鉄の蛇を巻き付かせ鎧のようにしていた。
「どうやら気絶しているようだし、これでおしまいね。それじゃ私は帰るわよ。また気が向いたら呼んでちょうだい」
「え、待っ……」
言いたいことを言って魔術師は消えていく。
彼方はそれを止めようとしたその時、急に力が入らなくなりそのまま意識を失った。
彼方が目を覚ますと目の前に見上げる状態で八重の顔があった。
「ん、んん……卯木?」
「やっと目を覚ましましたね。もう、いきなり倒れるから驚いたんですよ!目もまともに見えない状態で一人にされるなんてものすごく怖いんですよ!?」
そういう八重は本気で怒っているわけではなく、むしろ目を覚ましたことに安堵したような声で話しかける。
「ここは?あの後どうなって……!?」
起きたばかりの彼方は気付いてなかったが、目を覚まし改めて自分の状態を見て慌てて横になっていた体を起こそうとする。
後頭部に感じる柔らかな感触、まっすぐ前を向けば空と共に見える目も覚めるような綺麗な少女にその顔を隠してしまう山が否応なしに見えてしまい、男として彼方は意識してしまい顔を赤くしてしまう。
「あ、こら。まだ安静しないとダメですよ!無理するなら影で縛り付けますからね?」
起き上がろうとする彼方を無理やり自分の膝の上に戻し、無理をしないように軽く脅しかける。
元々彼方がどうしようとも影の力には敵わないのは彼方自身も分かっているため、大人しく膝枕を受け入れるしかなかった。
「卯木……俺はどれぐらい寝てた?それに組織の奴は?」
「十分ほどですね。組織の人には異能の発動を阻害する首輪を着けて、ロープで縛り上げてそこに放置してます。ちなみにここはさっきの公園の近くにあるベンチですよ。わりと丈夫そうだったので使わせてもらってます」
「発動の阻害?」
彼方は首輪に食い付く。
「えぇ、もし捕まえても異能を使われたら逃げられちゃうでしょ?機関の技術局が作った首輪をつけることで、発動時に電流が流れて異能の発動を妨害するんですよ」
「なるほど……なぁ、そういえばなんで俺は倒れたんだ?」
「多分ですが異能の過剰使用による脳のオーバーヒートが起きて体が防衛機能として意識を閉ざしたのではないかと思います」
八重にそう言われ、彼方はかつてフールに言われたことを思い出す。
『エネルギーをたくさんの使うアルカナを連発すればすぐに精気が枯渇し、気絶または死もありえるのでご注意下さい』
彼方は理解する。
魔術師は強力な分エネルギーを大量に使うアルカナであり、初めての召喚にあれほどの大威力の攻撃を行えば自分が保有する精気はすぐに枯渇してしまうだろう。
実際に今回気絶したのはそれが理由だったからである。
そう考えていると彼方にまたしても睡魔が襲いかかる。
「そのまま寝てていいですよ。もう少しすれば氷室さんも迎えに来ますし、後処理の方も来てくれるので心配はありませんよ」
それを聞き安心したのか彼方はそのまま意識を手放した。
「恐らくさっきのアルカナを使った影響が大きかったのかな……まったく、人が囮になって逃がせたと思ったらまた戻ってくるし、危ないと思わなかったのかな?」
自らの膝で寝ている彼方を見て八重は一人呟く。
「でも……助けに来てくれて嬉しかった。御空君、ありがとう」
八重は彼方の頭の優しく撫でる。
いくら八重が機関で鍛えられていてもあの戦いが怖くないわけではない。
視界は奪われ、異能は封じられ、死すら覚悟した瞬間、彼方は助けに来てくれた。
大した力も使えなかったのに、戦えなくて、素人と思っていた彼方に助けられたのだ。
だが八重はそれを恥だとは思わない。
命を救ってくれたことに感謝はすれどそれを恥じたり、恨んだりなどと見当違いな考えなど彼女は持っていなかった。
「それにしてもこの惨状どうしようかな……はぁ」
八重はため息をつきながら、前方にあるもと公園をみる。
達也によって動いていたジャングルジムや魔術師の攻撃を喰らい、元々ボロかったがより荒れ果てなんともいえない状態だった。
この時、達也が最後の力を振り絞っておこなった事を八重は気付くことは出来なかった。