八重の窮地、魔術師の顕現
竜也は不敵な笑みを見せる。
「どうした?睨むだけでこないのか?」
竜也は右手で煽るように挑発する。
「そんなことを言われて行く人はいないと思いますよ」
「違いねぇ。……だがな。俺ばかりを気にして足元がお留守だぜ?」
「えっ!?」
八重は慌ててみるが足元を見るがなにも無かった。
「上手く引っ掛かってくれてありがとよ。お陰で準備が出来たぜ。鉄の獣!モデル、コング!」
八重が再び竜也の方を見ると竜也は距離を取っており、手は廃棄されいたジャングルジムに触れていた。
掛け声と共にジャングルジムがギシギシと音たてながら変形していく。
元々二~三m程の高さがあったそれはものの数秒で巨大なゴリラのような姿に変わっていった。
ゴリラといっても皮や筋肉があるわけではなく、ゴリラをかたどった金属骨組みが出来上がる。
「行け!」
掛け声に答えるよう鉄のゴリラは八重に向かい走り出す。
「くっ、影の庭!」
迫り来る鉄のゴリラに影が襲いかかり縛り付ける。
「くぅぅ」
「さっきも聞いたが、お前の能力は影だったんだな。通りでこの前俺が投げ飛ばされた時、跡形もなく無くなった筈だな」
鉄のゴリラを縛り付けるのに力を使い、体力を消耗する八重に竜也は話しかける。
「お前らが逃げたあと考えたんだぜ。俺が何に投げられたかをな。思い付いた一つはお前が水の操作能力者だった場合なんだか、これは除外だな。理由は水を使ってんなら俺の服も濡れているだからな。次の候補が風かもしくはお前が使っている影なんだがどちらか分からなくてな。だからこれを持ってきたんだ」
竜也が懐からなにかを取り出し、鉄のゴリラと八重の間に投げた。
投げられたなにかが地面に落ちた時、閃光が夕暮れの景色を真っ白に染める。
「くっ、目が……」
強烈な光に目が潰され、八重の視界はなにも見えないようになってしまう。
「どうだ?組織に頼んで作ってもらった閃光弾だ。流石に周りに音が響くと警察や地域住民が集まっちまうから、だから無音仕様さ。だが視界を潰すにゃ効くしな。それによ……影が相手なら強烈な光で消せるだろ?」
竜也はにやつきながら八重に語りかける。
「さて、鉄の獣よ。そいつを吹き飛ばせ!」
竜也の声に反応し、鉄のゴリラは左腕を振り上げ八重をビンタするように殴り掛かる。
いくら中身のないスカスカな体でも鉄がスピードをつければ相当な威力になる。
直撃すれば八重の体が壊れてしまうのは間違いなかった。
「くっ、影の庭!」
目の見えない八重は全面に影の盾を作り防御する。
しかし、鉄のゴリラは影の盾ごと八重を弾き飛ばした。
「くぅ!」
数メートルも弾き飛ばされた八重は直撃を避けたといえ、衝撃を殺せず地面に叩きつけられボロボロになっていた。
「女をいたぶるの趣味じゃねぇんだ。悪いがこれでしまいにするぜ」
鉄のゴリラが八重に向かい走りだす。
「……御空君、上手く逃げれたかな?出来れば安全なところまで届けたかったんだけど……無理だよね」
鉄のゴリラが今度は右腕を振り上げ殴ろうとした時、黒い影が八重を拐っていく。
「誰だ!?」
「危ない危ない、良かった。なんとか間に合った」
彼方は息を切らせ、抱き寄せた八重を見る。
「その声……まさか御空君!?なんで戻ってきたんですか!せっかく時間稼ぎまでしたのに!」
「ごめん。やっぱり無理だったんだ。もしここで卯木を置いて逃げたら助かるかもしれないけどそんなことしたら俺は絶対に後悔する。そんなのは嫌なんだ」
「そんな理由で戻ってくるなんて馬鹿なんですか!?私なんか放って逃げ「嫌だ。なんといわれても絶対に連れて帰るんだ。俺をもっと鍛えてくれるんだろ?だったら今は一緒に生き残る方法を考えよう。目、見えてないんだろ?さっき遠くから光ってるのが見えたんだ」
「挨拶は済んだか?まさか戻ってくるとは思わなかったぜ。まぁ、俺としてはその方が楽でいいんだかな」
一連の会話をみていた竜也は声をかける。
「まぁ、とりあえず対象二人になっただけだ。とっと終わらせるぞ」
鉄のゴリラが再び動きだし、彼方達に襲いかかる。
彼方は八重に肩を貸し、猛攻を回避する。
鉄のゴリラは素早いが攻撃が粗く、狙って攻撃するのは苦手であった。
鉄であれば獣の形を変え、自由に指示できる力を持つ反面、鉄でなければ発動できず指示した内容しか行動しないうえ細かい操作を行うことは出来ない。
これは竜也の異能『鉄の獣』の弱点だった。
「くっ、さっさと攻撃を当てろ!」
竜也の苛立つ声が聞こえる。
「ふっふっ、卯木。目はまだ戻らなそうか?」
「すいません。まだぼんやりとしか……このままじゃ捕まります。だから私を捨てて早く逃げてください」
「ふざけるな!俺は絶対に諦めない!」
そうは言ってみたものの事実、彼方達は防戦一方で逃げることも倒すことも出来なかった。
もしこのまま避け続けてもいずれは体力が尽きて捕らえられるのも時間の問題である。
(力が欲しい。あいつを倒せて、みんなを守れる力が欲しい)
彼方は強く求める。
自分に力が無いせいでこんな状況になっているのだ。
それが彼方にはとても悔しかった。
それなら自分のせいで周りの人が傷つかないように、虐げられている人を助ける力を欲しかった。
『力が欲しいの?』
不意に少女のような声をかけられ、彼方は周囲を見渡すがその声をかけたであろう人物は見つからない。
『欲しいの?欲しくないの?どっちなのよ?』
「欲しい。戦う力が、守る力が欲しい!」
『ふふふ、フールか聞いた通り覚悟はあるようね。いいわ!ならば目の前のタロットを手に取り呼びなさい!』
すると彼方の前にタロットカードが現れる。
彼方はそれを手に取り思う気持ち全てを込めたかのようそのタロットの名前を呼ぶ。
「来い!魔術師!」
名前を呼ぶと同時にタロットが輝き、光が辺りを真っ白に染め上げる。
光が収まるのを確認した彼方が目を開けると目の前に黒のローブと黒の三角帽を銀髪赤眼の女性が立っていた。
背は八重と同じくらいで、髪は肩をまで届く位の長さで顔は帽子で大半が隠れていたがそれでも見える部分からして美人なのはすぐわかるほどだった。
「ふふふ、マスター。召喚してくれてありがとう。タロットナンバーの一、魔術師はあなたの覚悟を認め、力を貸すわ!」
「これが魔術師……なぁ、この状況なんとかできるか?」
「えぇ、大丈夫よ。任せなさい!」
魔術師は帽子を少し上げて綺麗に整った見せ笑顔で言ってのけた。