訪問者の内心の疑問及び状況理解
此処は何処であろうか。
確かに私は昨日、この部屋の窓から何を思ったか飛び降りた。
…なぜ飛び降りたか?何故この部屋に居たのか・・・?
…飛び降りる前、気づけば此処に私は眠っていた。見知らぬ誰かの小部屋。ベッドと、机がある。書斎だろうか?
少し見渡すのみでも、見慣れぬ機械や道具が容易に目に入った。
―私とは、住む世界が違う。 そう思った。
「住む世界」。それは階級だか身分だか、そういうものの違いを感じさせただけでなく、そもそも此処はきっと私の故郷では無い、と私に確信させた。
生まれ故郷でもロンドンでも、このような雰囲気には接したことが無かったので少々恐ろしさも感じつつ、同時に子供の頃からの、特有の好奇心とやらが掻き立てられる。妙にわくわくした。
…しかし、ここは夢の世界なのだろうか?
ふと、視線を落とすと、壁を背もたれにして座り込んでいる自分の、伸ばした状態の足と、その太腿に軽く乗っていた自らの手が目に入った。
白。それとズボンの茶の色。茶と雖も、もうとっくにかすんだ淡い色だ。ああ私も、どうやら大分年を取ってしまった。仕方のないことだが、どうも自らの青年時代の記憶と比較してしまうと、どうしても時の経過が目について現在を貶めてしまう。
目に入った白。それは自らの着ている、というよりも羽織っている、真白な軽いコートであった。
…にしても、軽い。
腕を軽く上げて袖を見ると、やはりその羽織物の断面は薄く、もはやコートとは言えない程の軽さだ。
また腕を重力に従って元に戻し遠くの空間に意識を投げる。
私の向かいにドアがある。ああ此処は何処だか分からないが、やはり誰かの個人の部屋なのであろう。ただ、私のではないことは確かだ。
そのドアが開く。その時の私はどうも、自らが認識しているよりも動揺していたようだ。そのまま思考ともつかぬ思考の海に呑まれて、ドアの向こうから姿を現したある人間になかなか気が向かないでいた。
漸く、撥ねられたように我に返る。きっと、前で困っている彼女はこの部屋の主なのであろう。私はどのような経緯でここに来たのか、まだ醒めきらぬ頭では整理がつかないが、関係の無い私はさっさと去ろう。
気づいたら私は、その特殊な細工が掛かった窓を全くの勘で抉じ開けて、外へと飛び出していたのである。
その結果。翌日。すなわち今日である。次に目が覚めると、また私はこの部屋に戻っていた。
戻されていた、の方が正しいだろうか?
そして彼女に現在尋問されている訳だが。尋問といえども、全く緊張も何も無かった。どうも相手は若い女性の様で、そして何より、彼女が私とは違う雰囲気を纏っていたから現実味が湧かなかったというところが大きいだろう。
違う雰囲気、が何を意味するのかは分からない。それは彼女の容姿から来ているのかもしれないし、この見慣れぬ部屋が招いているのかもしれない。
ところで今私は、この女性に、自分がどこからきてどうしてここに居たか、と訊かれた。
その問いに、そのまま自分の体験したことを話す。女性は口元に拳を当てて考えるそぶりをした。
此処に来た経緯は自分の記憶に沿って一通り話したが、「自分がどこから来たか」、については若干言葉に詰まった。まず、ここは自分が前に居た国では無い、と私は察した。ではどこから説明すればいいのか。
ところで辛うじて出た言葉は、「イングランド、という処は知っているか、」であった。