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小さな会話

そして彼は下を向いたまま、またあの声で「すまない」と小鳥の歌声のような小さな音の繋がりを紡いだ。


困り果てた私はとりあえず、隣の部屋から小さなテーブルを持ってきて彼と私の間に置いた。彼は自身の頭から手をぱっと離し、顔を上げた。

部屋の真ん中に佇むその折り畳み式簡易テーブルをきょとんと見つめている彼に、私は「どうぞこちらに座ってください」と手のひらで促した。


そのまま少しの間小さな低いテーブルを見つめていたかと思うと、彼は静かにこちらへと来て床に腰を下ろした。


そして時は現在へと戻される。


今目の前には正体の知れない、もしくは幽霊かもしれない青年がいる。

青年?年齢も知れない。自然に波打っている淡い金髪と、先ほどこちらを見据えた優しい緑色の瞳を見たところ、彼は恐らくここの人ではないように思える。


…しかし彼は確か、「すまない」と言った。


また手のひらで頭を抱えて俯いた彼の様子を窺いつつ、疑問を頭で整理しようとする。

ただ、訊きたいことが多すぎた。とりあえずこちらの言語が通じるかを確かめよう。震え出そうとする手に心で喝を入れて小さく息を吐いた。


意を決して真正面を向き言葉を発しようとする直前、視界に映った彼は小さく口を開き息を吸っていた。


「…あの、」

「すみませんが、」



…やってしまった。時は既に遅し。

何が何でも意を決した私は、その彼の行動で思い留まることなく言葉を発した。

ただその瞬間、意を決したのは私だけではなかったらしい。

彼の言葉は意図せずして私の言葉に被ってしまう形を取った。

それはお互いの一瞬の沈黙を生んだ。



あれ、言葉、やっぱり通じるんだ。と私があっけに取られていると、彼はずっと手元のテーブルにやっていた視線を、窺い見るようにこちらに向けた。


長めの髪であることと、顎を引いていることによってその瞳はよく捉えられなかったが、確かに緑色をしていた。日常で目にしない物珍しい輝きにふと目を奪われていたが、彼の口がまた動き息を吸ったのでそれにより私は我に返った。


「すみません、昨日確かにこの家の外で気を失って眠りましたが、今日目が覚めたらまたここに居たんです」


普通に日本語を喋っている。でも何故かそれに違和感を感じないのは、彼自身が既にもうどこの国の人でも無いような印象を与えるからだろうか。彼の周りは、朝日も相まってだろうか、相変わらず白い光のような柔らかいもやを纏っていた。


そうですか、と相槌を打つが私の声は震えていた。掠れて自分でも聞くに苦しい情けない声になってしまった。しかし言いたい事は沢山あるので怯んではいられない。少し控えめに喉を整えてから言う。


「それは、いつだか憶えていますか?

 目を覚ましたのは、つい先ほどでしょうか?昨日はどうしてここにいました、」


か。 そう言葉を発してから、あまり急いで訊きすぎただろうか、と後悔の念に駆られる。そもそも彼は不法侵入なのに。私はなんてお人好しなのだろう。

でも多分、彼はここの人ではない。何故かそんな気がした。彼に現実味が湧かないからであろうか。私は夢を見ているのだろうか?


彼は少し口元に手の甲を添えて考える素振りを見せ、私に対して比較的落ち着いて言った。


「今朝目を覚ました時には、私は、先ほど貴女がこの部屋に入ってきたときに私が眠って居た場所と同じ場所に居ました。そこです、」


そして彼はゆっくりとした動作で腰を捻って後ろを振り返り、彼の後ろの壁を指し示した。ちらと視線を送りこちらを確認してから、彼は体制を戻しつつ続ける。


「私は昨日ここの窓から飛び降りた後、…よく覚えていませんが、確か気を失ってしまったんです。眠気がどっと襲ってきて抗えずにそのまま眠っていて…」


また視線をふと逸らしつつ何か思い出そうとしている彼の瞳を見守り、私は口を挿んだ。


「…そして気づいたらここにいた、と?」


小さく肯き、下を向いて考え込んだ様子のまままた彼は口を開いた。


「その時私は、昨日外で倒れたままのうつ伏せの状態で、部屋の中の、―さっき言ったそこの壁のところに倒れていて」


その時には、貴女は確か居なかった…、と思います、と語尾を小さくしつつ彼は控えめにこちらをちらと窺い視線を私の瞳に向けた。


今度は私が話す番だ。私は小さく顎を引いて言葉を繋げた。


「そうですね…、私が目を覚ました時には貴方は見当たらなかったと思います」


「それで、またここに戻って来たのを理解して壁にもたれて、恥ずかしながら混乱してひとまずそのまま眠ってしまった」


笑いはしないものの、今にも苦笑いをし出しそうな表情をして彼は軽く肘を付いて自らの頭に触れた。


これまで表情を殆ど変えなかった彼の、思ったより人間らしいその行動にあっけにとられつつ、少しの安堵を覚えて少々気が解れる。


しかしまだ疑問はあった。次々と疑問をぶつけるのは気が引けたが、この際訊かなければならない、とその時私は思った。恐る恐るも彼に切り出す。


「昨日は、どうしてここに?

 どこからいらしたのでしょうか?」


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