どうしてであるのか、
…昨日のことを思い起こしても、何故彼がここに来たのかは分からない。
それに、彼はなにやらぼんやりとした不思議な雰囲気を纏っていた。
白いもやのような、もしくは光だろうか。現実味を感じさせぬような、彼自体が白昼夢であるような佇まいで。
昨日、遠くの宙を見ていた彼の瞳を思い出した。淡いアベンチュリンの様な瞳。私が彼に警戒しつつ、「どちら様」と尋ねた時も、それまで意識が無かったかのように突然小さく肩を跳ねさせ、それから、数秒間に亘りこちらを凝視していた。
それはただ、新しい対象を確認するための機械的な動作だったのであろう。表情からは何も読み取れない。
それから彼は、暫くの後、立ち上がったと思うと、「すまない、」と小さな雫のような微かな声を空間におとし、部屋の窓を覚束ない手付きで開けて窓枠に手を掛けてふわりとそこから降り去ったのである。
あまりの驚きに私は何を言えばいいのか、いや、何をすればいいのか見当もつかず頭が真っ白になり、結局疲れの所為でみた、いわゆる幻聴に幻覚である、と結論付けさっさと風呂に入り眠りについた。
風呂から戻ってきた時には、窓の鍵はいつの間にか閉まっていた。