表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/19

不可思議な洞察

私は先程彼女が淹れてくれた紅茶にもう一度口を付けた。

液体が喉に入り沁み込む。その感触は確かであった。今度は飲めた。が、久しぶりの飲食物の感触に驚いた為か、急に喉が突っかえて咽込んでしまった。


――いい味であった。温度こそ熱くはないが、それでも温かい感覚だった。ここまで不可思議な世界に来てしまったならば、もうどうにでもなれという投げ遣りな思いが私を幾分正常にした。以前であったら訝って口にすらしないでいただろう。毒の可能性でも疑っていたことだろう。


一通り咳が落ち着いて気が付くと、目の前の彼女は立ち上がり掛けた姿勢で、気遣わしそうに心底心配だというかのような表情で私を窺っていた。


それに私が片手を挙げて大丈夫だと合図すると、彼女は小さく息を吐き、ほっと座り直した。


嗚呼私は、全ての者に拒まれていたかの様な私は。…何故此処に来たのだろうか。

その一片が少し判った気がした。彼女は、安息所に仕える女神の類なのではないか。此処に神は私を束の間休ませて正しい判断を得られるまで、現実の俗世への復帰の為に此処に呼んでくださったのではないか。

未だ疲れていた私は大層仰々しい思考に陥った。


もうもしかして死んだのかもしれない私なのだから、もうどうにでもなってしまえ、と高を括ったのがどうも表に出たようで、私は大分気が楽になっていた。このように珍しく楽観的になったのは何時振りであろう。懐かしいな、この感覚に嵌まるのも。…身体が軽くなった所為もあろうか。


私は殆ど無意識に、この突然に訪れて終った世界への展望と好奇心に駆られていたのだった。

此処には何があるのだろう。…だが、それを一度に解明することは出来ぬ。私はそれ程に、自分の思った以上に疲弊していたからだ。まずは体を休めよう。ここに来る以前、私は、何だかとてつもなく重い沈みに眠りを預けていたように思えるのだ…。

目覚めたからこの疲れに気が付けたものの、もし、あのまま机の前で深淵に捕らわれていたら、其の儘引きずり込まれ、夜も明けなかったかもしれない。…等と考えようが今は埒が明かない上、仕方も無いが。


「大丈夫ですか」


彼女のその一言で私は我に返った。適当に返事をする。それにしても何故この者は、初めて目にする、それも素性も知らぬ私という存在に此処まで親切にするのだろう?この国では当たり前の事なのだろうか。私であったら、見知らぬものが勝手に自らの家に現れたとしたら当然警戒するのだが、…そもそも追い出してしまうと思うのだが。若しかして私がおかしいのか?弱ったものを助けるのは本来当然であるはずだったのだが。私は長い間に、特に他人不信に陥っては居た。常識はどちらであるのか?私を囲んだ環境はそもそもの常識まで私から何時の間に奪っていたのだろうか。…だがそれと、彼女の親切心とは余り関係が無いように思える。常識や義務などを超えたところにこの彼女の思想は超然と臨しているように思える。

…興味深いものだ、私の思考も。どうも最初の可笑しな仮定、――彼女が特別な使いであるという空想――、が、自然と私の思いの枠を誘導しているのかもしれないな。妙に神掛かった仮定が知らぬ間に浮かんでいる。


彼女は淑やかに口を開いた。

「そうですか、お口に合わなかったらどうぞ無理しないで下さいね」


静かな音色だ。やわらかでゆったりとした響きがする。以前私の居た所では、…確かあまり耳にすることのないものだった気がするが、どうだったであろう。彼女の使う言語が特殊だからか、それか彼女自身の発音が特に美しいからか。分からなかった。ただ嫌な気がせず、寧ろ鈴の音を感覚にした様な休まる心地を引き起こさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ