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横恋慕くん4~別れ、のち雪~

 あのクリスマスイブ以来、俺はもやもやした気持ちを抱えていた。

 それは夏鈴を目の前にするとより一層強くなって、俺は自分の気持ちを持て余していた。

 そんな時、下校中に偶然にも陽奈子さんと会った。


「あら。涼くん?」

「陽奈子さん?」


 俺が目を見張ると、陽奈子さんは目を細めて「久しぶりね」と微笑んだ。

 最近は夏鈴の勉強を見るのは図書館ばかりだったので、陽奈子さんに会うことはなかったのだ。

 俺も自然と笑みを作って「久しぶり」と答えた。

 せっかくだからどこか店に入ってお茶でも飲もうということになって、俺たちは陽奈子さんが昔バイトしていた店に入った。最近は足を運んでいなかったので、とても懐かしく感じた。

 店主のじいさんが「二人とも久しぶりだねえ」とにこにこと笑って出迎えてくれて、俺も陽奈子さんも自然と笑顔になった。

 懐かしいハーブティーを飲みながら、陽奈子さんが「最近はどう?」と俺の近状を尋ねてきた。


「どう、って?」

「夏鈴ちゃんの勉強の具合とか、夏鈴ちゃんの仲とか?姉としては気になるのよ。夏鈴ちゃんに聞いても教えてくれなくて…」


 少し寂しそうにそう言った陽奈子さんは相変わらずのシスコンだった。

 俺はそんな陽奈子さんに呆れたように「いい加減妹離れしたら?」と言うと、「拓海にも同じことを言われたわ。兄弟そろって同じこと言うのね」と笑われた。


「受験はこのままで行けばなんとかなるんじゃねえか?夏鈴との仲は…まあ、変わらないな」

「…そう。良かったわ」


 俺の言葉に陽奈子さんは安心したように微笑む。

 俺はその微笑みを見て、違和感を覚えた。

 別に陽奈子さんに変なところはない。なのに、何がおかしいと感じているのだろう?


「私ね、夏鈴ちゃんの初めての彼氏が涼くんで良かったと思っているのよ。夏鈴ちゃん、最近は少し元気がないけれど、少し前までとても楽しそうだったし…文句を言いながら、涼くんと勉強するのも楽しんでいたみたいだったから」

「最近、元気がない…?俺といる時は普通だけど…」

「そうなの?家ではあまり元気がない様子だったのだけど…私の気のせいなのかもしれないわね。気にしてないで?」


 陽奈子さんが慌ててフォローするようにそう言った。

 もしかしたら俺の前では普通なように振る舞っているだけかもしれない。俺に元気がないところを見られたくないのだろう。

 俺はそんなに頼りない存在なのだろうか。相談くらいいくらでも乗ってやるのに。

 そんなもやもやとした感情がまた生まれて、俺は顔をしかめた。


「ふふっ」


 突然笑い出した陽奈子さんに俺は怪訝な顔をする。

 しかし陽奈子さんはそんな俺の顔なんて気にした様子もなくにこにこと笑う。


「涼くんは、約束通りちゃんと夏鈴ちゃんを大切にしてくれているのね。とても嬉しいわ。ありがとう、涼くん」

「は…?」

「夏鈴ちゃんが元気ないと知って、気になるんでしょう?気になるってことは夏鈴ちゃんのことを大切に想ってくれている証だわ」

「……」


 俺は返す言葉が見つからず、ただ目を丸くした。

 夏鈴のことが大切?それはそうだ。俺の生徒のようなものだし、元気がないと知れば気になるだろう。ただそれだけだ。

―――本当に?


 俺は不意に湧き出た疑問に慌てて首を振った。

 そうだ。それだけに違いない。それ以外にいったい何があるというのだろう。

 夏鈴は俺にとって妹のようなものなのだ。だから、元気がなければ心配する。


 そう言い訳を自分の中でして、ふと冷静になる。

(俺は…なんで必死に言い訳をしているんだ?)

 こんなに慌てて言い訳をする必要はないはずなのに、なぜこんなにも慌てるのだろう。

 これではまるで―――


「…涼くん?」

「……あ。わるい。ちょっと考え事してた」


 陽奈子さんに呼び掛けられて、俺は慌てて答える。

 そんな俺を陽奈子さんは心配そうに見て「大丈夫?」と聞いてきた。

 俺がなんでもないと答えても、それでもまだ少し心配そうに陽奈子さんは俺を見ている。

 そんな陽奈子さんの瞳は、俺を弟のように思っているのがわかるくらい、温かい色をしていた。そんな瞳で見られるのが少し前までは切なくて仕方がなかったのに、なぜだろうか。今ではただ温かい気持ちになるだけだ。

 そう考えたところで、俺は先ほどの違和感の正体に気付く。

(そうか…陽奈子さんの笑顔を見ても、俺は何も感じなかった。いつもなら胸が苦しくなるのに)


 俺は、陽奈子さんが好きだった。

 そう、“だった”になった。現在形ではなく、過去形になった。

 その事にようやく気付けた。


『涼くんは、前を向けそう?』


 少し前に夏鈴に問いかけられた答えを、今なら出せる気がする。

 俺はもうすでに前を向いていた。俺の恋は、知らない間に終わっていた。


「涼くん…?」


 怪訝そうに俺を見つめる陽奈子さんに、俺は笑顔を向けた。


「夏鈴に感謝しないとな」

「夏鈴ちゃんに?」

「ああ。あいつのお蔭で、俺は吹っ切れた」

「よくわからないけれど…そう。良かったわね。さすが私の夏鈴ちゃんだわ」


 そう言って微笑んだ陽奈子さんの笑顔に、胸が切なくなることも、ときめくことももうなかった。





 受験の前日、俺は夏鈴を呼び出した。

 場所はいつもの図書館で、天気は生憎の雪だった。


「涼くん」


 夏鈴が俺の名を呼んで近づいてくる。

 その顔はいつもと違って、少し緊張しているようだった。


「…わりぃな。受験の前日に呼び出して」

「ううん。それは別にいいんだけど…」


 そわそわとしている様子の夏鈴に俺は苦笑して、ポケットに入れていた物を渡す。


「ほら。餞別だ」

「なに?お守り…?」

「合格祈願のお守りだ。気休めかもしれないけど、無いよりはマシだろ?」

「……くれるの?」

「おまえのために買ったんだ。有難く受け取れ」

「…もう。そんな言い方…でも、ありがとう」


 夏鈴は俺から受け取ったお守りをぎゅっと握って、礼を言った。

 そんな夏鈴の頭を俺は軽くポンポンと叩く。


「明日、頑張れよ」

「うん…」

「ヘマこくんじゃねえぞ」

「わかってる」


 俺が怪しい、という顔をして夏鈴を見ると、夏鈴は頬を膨らませて俺を睨んだ。

 幾らか緊張が解けた様子の夏鈴に俺は満足した。


「俺が教えてやったんだ。だから大船に乗ったつもりでいろ。絶対受かるから」

「その自信はどこから来るの?自意識過剰なんじゃない?」

「うっせえ」


 いつもの軽口を叩き、夏鈴はふふっと笑う。


「…ねえ、涼くん。これで合格したら…最後に私の買い物に付き合ってくれる…?」


 最後と言った夏鈴の言葉に、俺の心臓がドクンと高鳴った。

 だがそれに気付かないふりをして、「それくらいならいいぜ」と答えると、夏鈴はとても嬉しそうな、それでいてどこか切なそうな笑みを浮かべて、「じゃあ、それを励みに明日頑張るね」と言った。




 夏鈴は一発で志望校に合格することができた。

 俺は約束通りに夏鈴の買い物に付き合うべく、夏鈴との待ち合わせ場所へ向かった。

 天気は曇っていて、今にも雪が降り出しそうな空模様だった。

 周りを見回せばみんな厚手のコートを着ていて、温かそうな格好をした人たちばかりで、中には傘を持っている人もいた。

 家を出る前に天気予報を見てこなかったことを後悔した。


 待ち合わせ場所には10分前に着いた。

 あまりギリギリで着いて夏鈴を待たせたら、ぐちぐちと言われるのは勉強済みだ。

 俺が待ち合わせ場所に着いて5分ほどしたのち、夏鈴もやって来た。

 いつも通りの顔で「今日は私より先に来ていて偉い!」と上から目線で言って来た。

 それに若干イラッとしながら、「先に待ってないとおまえうるさいだろ」と返すと夏鈴はニヤニヤとした笑みを浮かべて「わかってるんじゃん」と答えた。

 おまえな、と反論しようとした俺に夏鈴は被せるように、「じゃあ、行こう!」と俺の腕を引っ張り歩き出した。

 俺は反論を飲み込んで、夏鈴に引っ張られるまま歩き出した。


 夏鈴の買い物というのは、進学するにあたっていろいろと小物を新調したい、とのことだった。

 カラフルなペンを購入したり、これ必要なのだろうか、と思うような可愛らしいメモ張を買ったり、ノートを買ったりと、とにかく夏鈴は楽しそうだった。

 基本的にノートではなくルーズリーフですべて済ましてしまっている俺としては、可愛らしいノートを買う夏鈴が新鮮だった。ルーズリーフは便利でいいぞ、と言うと「それじゃあ可愛くない」と反論をされて俺は黙り込んだ。

 そんなこんなであっと言う間に時間は過ぎて、辺りは真っ暗になった。

 店の外に出ると風が冷たく、今にも雪が降りだしそうな気配がした。

 そのまま俺たちは店から出て歩いていると、不意に夏鈴が立ち止まった。

 俺が振り返り夏鈴を見ると、夏鈴は不自然に明るい声を出して言った。


「涼くん、今日はありがとう。とっても助かっちゃった」

「俺は別になにもしてないけど…」

「ううん。色々アドバイスしてくれたでしょ?とても参考になった」

「…ならいいけど」


 笑顔を張りつかせてそういう夏鈴に、俺は何となく嫌な予感がした。


「本当に、ありがとう、涼くん。こうして志望校に合格できたのも涼くんのお蔭だよ。感謝してるんだ」

「…なんだよ、突然」

「前から言おうと思ってたんだけどね…今日まで引き延ばしちゃった。今まで私に付き合ってくれてありがとう。もう、おしまいにしよう」

「……」


 ついにきたか、と俺は思った。

 今日こうして買い物に付き合ってと言われたのも、それを言うためなのではないだろうかと思っていたが、どうやら当たりだったようだ。

 俺は一瞬だけ目を瞑り、すぐに開けた。


「もう、いいんだな?」

「…うん。もういいの。私はもう大丈夫。涼くんこそ、大丈夫?」

「俺も大丈夫だ」

「そっか…。なら、良かった。今までありがとう、涼くん。お世話になりました」

「こちらこそ」


 俺がそう言って片手を夏鈴に差し出すと、夏鈴は一瞬きょとんとした顔をして、すぐに思いついたのか俺の手を握った。

 夏鈴の手は温かかった。

 夏鈴はにこっと笑って、「じゃあ、ここでお別れしよっか」と俺の手を離す。


「じゃあね、涼くん。次会うのはお姉ちゃんたちの結婚式かな?」

「恐らくな」

「…うん。それまで、元気でね」

「おまえこそ」


 ばいばい、と言って俺に手を振って、夏鈴は歩き出す。

 その後姿を少しだけ見送って、俺も家へ向かって歩き出した。

 歩いているうちに、ポツポツと白いものが空から降って来た。

 手に取るとそれは溶けてすぐ消えてなくなった。


 それはまるで、俺たちの関係の終わりを告げているようで、少しだけ胸が痛んだような気がした。





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