横恋慕くん3~晴れ、時々戸惑い~
陽奈子さんに俺たちが付き合っていると嘘をついてから、早くも半年が過ぎようとしていた。
季節は12月。受験生である夏鈴は本格的な受験モードに突入をしている。
あと数ヶ月もしないうちに受験だ。夏鈴の志望校は俺の通う学校ほどではないが、それなりに頭の良い学校として有名で、何よりも女子の制服が可愛いと有名な学校だった。
夏鈴は制服が目当てという訳ではないようだが、この学校を志望することに決めた理由の一端を担っていることは間違いなかった。
志望校の制服を着ている女子たちを街で見かけるたびに「可愛いなあ。私も来年はあの制服着れるかなぁ?」と呟いている。
本格的に受験に備えるということで、俺は平日の放課後にも夏鈴の勉強を見ることになっていた。放課後、俺の学校と夏鈴の学校の中間点くらいにある図書館で待ち合わせをして勉強をするのが日課となってきた。
図書館にはそれこそ夏鈴と同じ受験生と思われる中学生がたくさんいて、その中には夏鈴の友達もいるらしく、夏鈴はたまに話しかけられている。
今日も夏鈴は友人たちに話しかけられていた。
「あれ?夏鈴だ!」
「あ、ゆっこ。ゆっこも勉強?」
「うん、そんなとこ。夏鈴は…デート?」
「違うよ!勉強教えて貰ってるの!」
「とか言いつつデートなんでしょお?彼氏カッコいいじゃん。やるね、夏鈴」
「だから違うんだってばぁ!」
そんなやり取りを数回見てきた俺は、愛想よく「夏鈴の友達?」と話しかけて適当に話をする。
しばらくすれば夏鈴の友人たちは去っていくので、それまで相手をしていればいいだけだ。ただ、友人たちに会ったあとの夏鈴はドッと疲れるようで、はあ、とため息を漏らす。
「いつもいつもごめんね、涼くん」
「別に?俺はそんなに気にしてない。謝るよりもとっとと勉強しろ」
「むう。人がせっかく謝ってるのに…」
ぶつぶつと文句を言いながら夏鈴は鞄から参考書とノートとペンケースを取り出す。
そして真剣に勉強をし出す。
夏鈴が集中して問題を解いているのを見守りながら、夏鈴がこうして勉強をしている姿が見慣れてきたな、と思った。
だけどそれももう少しで終わりだ。そう考えると、少し寂しいような気がしてくるのだから不思議なものだ。
「出来た。出来たよ、答え合わせよろしく」
「ん…?ああ…」
夏鈴が差し出してきた問題集に目を落とし、答え合わせをしていく。
夏鈴が傍でドキドキしながら答え合わせを見ているのがわかる。赤いペンで丸を付けるたびににやにやと嬉しそうに口角を上げた。
そして答え合わせが終わり、俺はほう、と目を軽く見開いた。
ほとんど丸ばかりで、不正解を数える方が早いくらいだった。出会った当初は逆だったというのに、大した進歩だ。
「やるじゃねえか。ほぼ正解だ」
「やったぁ!なんかね、最近コツ?みたいなのがわかってきてね…ふふっ」
とても嬉しそうに手を叩いて笑う夏鈴に、俺も知らず知らずのうちに口角が上がっていた。
これだけ成果が出るなら教え甲斐もあるというものだ。半年間、みっちりと教えた成果が見事に現れているようだ。先生として鼻が高い。
「ねえねえ、涼くん」
「ん?なんだ?」
「もうすぐ期末でしょ?」
「そうだったな」
「その期末ね、すっごく頑張るから、点数良かったらご褒美ちょうだい」
「は?なんで俺が?」
「いいでしょ!すっごく頑張るから。ね、お願い!」
「…高いのは無理だぞ」
「物じゃないから安心して?約束ね!」
俺ははあ、とため息を漏らした。
でもまあ、物じゃないならいいか…と思い、「わかったよ」と頷けば、夏鈴はとても喜び、より一層勉強に励んだ。
勉強に励む動機が不純だが、頑張るのはいいことだと俺は自分を納得させた。
そして期末テストの結果が返って来て、夏鈴はホクホク顔で俺に堂々と結果を見せた。
「どお、涼くん?私頑張ったでしょ!」
「…ああ、すげえ頑張ったな」
俺が素直に褒めると、えへへ、と夏鈴は笑み崩れた。どうやら褒められて嬉しいらしい。
夏鈴は平均点を軽く超えていて、ほとんどが80点以上という良い結果だった。本当にすっごく頑張ったらしい。
これだけ頑張って結果を出したのだから、ご褒美をやらないわけにはいかない。
「ご褒美を欲しいだったか?」
「うん、そう!これだけ頑張ったんだから、くれるよね?」
「…仕方ないな。何がいいんだ?」
「えっとね…」
夏鈴はちょっと悩むようにして、そして鞄をごそごぞと漁り出した。
そんな夏鈴の様子を俺は訝しく思いながら見つめていると、夏鈴は小さな紙を取り出して俺に見せた。
「これ、遊園地のチケット。お姉ちゃんから貰ったんだけどね、一緒に行ってくれない?」
「遊園地?なんで俺なんだ?友達と行けばいいだろ」
「このチケット、24日限定でね…友達はみんな予定が入っていたの。イルミネーションも綺麗みたいだし、絶対行きたくって。だから、ご褒美に付き合って!」
「…24日限定、ねえ…まあ、いいか。それくらいで良いなら付き合ってやる」
俺がそう言うと、夏鈴はパアっと笑顔になって喜んだ。
俺なんかと一緒でいいのだろうかと疑問に思わなくもない。24日と言えばクリスマスイヴだ。
「やった!約束だから!!ふふっ、楽しみだなあ」
無邪気に喜ぶ夏鈴に水を差すようなことが言えず、俺は開きかけた口を閉ざす。
本当にうれしそうな夏鈴の様子に、まあ夏鈴がいいならいいか、と思った。そして知らず知らずのうちに俺の口角も上がっていた。
今年は異常気象で、冬なのにそんなに寒くない。
とは言え、やはり上着を着なければ寒いので、コートは羽織る。
今日は夏鈴との約束の24日。天気は快晴で、お昼くらいには気温が高くなるという予報だった。
遊園地の開園と同時に入りたいと夏鈴が言ったので、待ち合わせは少し早めの8時30分にした。そこから電車を乗り継ぎ、遊園地へは9時過ぎくらいには着くだろう。
朝は寒いのでコートが必須だが、お昼くらいには気温が15度以上になるという予報だったので、コートが要らなくなるかもしれない。
「遅い!」
時間ぴったりに着いたのに、夏鈴は腰に手を当ててやって来た俺を睨んだ。
時間通りなのになぜ怒られなければならないのか。理不尽だ。
「遅くねえだろ。時間通りだ」
「私は15分前には来てたもん」
「…張り切りすぎだろ」
頬を膨らませて拗ねる夏鈴に、俺は悪くないはずなのに「悪かったな」と謝ってしまう自分が憎い。だけど謝ったところで夏鈴の機嫌は良くならないのだ。
俺はちょっと待ってろと夏鈴を置いて引き返し、近くの自販機で温かい飲み物を買った。
「ほら。待たせた詫びだ」
「…物なんかじゃ釣られませんよーだ」
そう言いつつも夏鈴はしっかりと飲み物を受け取った。
さっきよりも幾らか機嫌が良くなった夏鈴と共に目的地へ向かった。
遊園地はまだ朝早いのに結構混んでいた。
今日がイヴだというのもあるのだろう。カップルの姿も多かった。
遊園地に着くと夏鈴は目を輝かせて、真っ先にジェットコースターに乗った。
とても楽しそうに叫んで、俺をあちこち連れまわす。
俺は夏鈴に引きつられるまま次々とアトラクションに乗った。
あちこち歩き回ってお土産を買っているうちに、あっと言う間に当たりは暗くなった。
あちこちでライトアップがされて、昼間と違った雰囲気に包まれている。
「涼くん、イルミネーション見に行こうよ」
そう言って夏鈴が俺の腕を引っ張り、イルミネーションの会場へ歩き出す。
イルミネーションの会場内に入るとカップルばかりで、俺は少し気おくれした。
だが夏鈴はそんなこと気にしていないようで、俺ばかり意識しているようでなんとなく悔しい。
「綺麗だねえ」
夏鈴がイルミネーションを見ながらそう呟く。俺もそれに頷きながらゆっくりと歩いた。
「…ねえ、涼くん。聞いた?」
「なにが?」
「お姉ちゃんたち、式の日取り決まったって」
「…ああ。そうらしいな」
「うん。6月に式挙げるんだってね。ジューンブライドだよ。いいなあ」
「ジューンブライドねえ…」
そんなに憧れるものなのだろうかと俺が首を傾げると、「涼くんはわかってない」と夏鈴が呆れたように言った。
「女の子の憧れだよ。お姉ちゃんたちの式の日、晴れるといいんだけど…」
「6月は梅雨の時期だから、難しいかもな」
「うん…」
夏鈴はそう頷いて、俯いた。
どうしたのかと顔を覗こうとすると、夏鈴はバッと顔を上げて笑顔を作った。
作り物とわかる笑顔だった。
「もうお姉ちゃんたち結婚するの決まっているし、もう恋人ごっこする必要ないね?」
「…まあ、そうなるな」
なにを突然言い出すのだろうと思いながら頷くと、夏鈴は少しだけ顔を歪めた。
「私の受験が終わったら…そしたら、もう恋人ごっこやめよう。私の我が儘に付き合ってくれて、ありがとう。私ね、なんとか前を向くことが出来そう」
「……」
そう言って笑った夏鈴の笑顔に、俺はとても動揺した。
恋人ごっこをやめるという、夏鈴のその言葉に酷く衝撃を受けた自分に驚く。
いつか終わる日が来るとわかっていた夏鈴との関係。なんとなく、夏鈴の受験が終わったらなんだろうなとは思っては、いた。
なのに、なぜ俺はこんなにも動揺しているのだろう。
俺は動揺していることを夏鈴に悟られたくなくて、笑顔を浮かべた。
「そうか。良かったな」
「うん。……涼くんは?涼くんは、前を向けそう?」
「俺?俺は…」
夏鈴の質問に、すぐに頷くことも否定することも出来ず、俺は答えに困った。
そんな俺の困惑を感じたのか、夏鈴が「突然変なこと言ってごめんね」と謝った。
夏鈴が謝る必要はないことだと言おうと口を開く前に、夏鈴が早口に言った。
「あともう少しだけ、私の我が儘に付き合ってね?」
そう言って笑った夏鈴の顔はなぜかとても切なく感じて。
俺は「…ああ」と答えるので精一杯だった。
この気持ちはいったいなんだろう。
自分で自分の気持ちがよくわからない――――