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横恋慕ちゃん4~晴れ、時々演技~

お姉ちゃんたちとの 待ち合わせ場所に行くと、もうすでにお姉ちゃんたちが待っていた。

遠目から見る二人はとてもお似合いで、幸せそうで、胸が痛んだ。

ちらりと隣にいる涼くんを見ると、涼くんの表情は変わらなかった。だけど、ほんの少し瞳が切なく揺れていた。

私はぎゅっと涼くんの手を掴む。

涼くんは驚いた顔をして私を見つめ、そして柔らかく微笑んで私の頭を空いている方の手で軽く撫でた。まるで大丈夫、というかのように。


「あ。夏鈴ちゃん、涼くん!」


 お姉ちゃんたちが私たちに気付いて手を振る。

 私は切ない気持ちをぐっと心の奥底に押し込んで、笑顔を浮かべてお姉ちゃんたちに手を振り返す。そして気持ち足を速めて歩いた。


「待った?」

「ううん。私も拓海も少し前に来たばかりなの」


 そう言ってたくみさんと目を見合わせるお姉ちゃんの姿を間近で見るとやっぱり胸が痛くなって。

 私は顔が歪まないように必死に笑顔を保った。

 すると、ぎゅっと手を強く握られて、私はハッとして隣を見ると、涼くんが小さく頷いた。

 大丈夫か、と心配するようなそんな仕草に、私の胸の痛みが少し和らいだ気がした。


「あらあら。夏鈴ちゃんと涼くんは仲良しなのね?」


 そう言ってからかうようにお姉ちゃんは私たちを見つめた。

 悪戯っ子のように顔を輝かせるお姉ちゃんに、「陽奈子」とたくみさんが咎めるように名を呼んだ。

 私たちはお姉ちゃんの言っている意味がわからず、きょとんと顔を見合わせて、そして気づく。


―――手を繋いだままだった!!


 私と涼くんは慌てて手を離し、お互いに違う方を向く。

 顔が熱い。きっと私の顔はみっともなく赤くなっているに違いない。

 ドッドッドッと心臓が大きく鳴る。ああ、なんでもっと早く気付かなかったのだろう。


「ふふっ。二人の仲が良いのはいいことだわ」

「陽奈子。あまりからかい過ぎるなよ」

「だって、微笑ましいのだもの。でも、そうね。からかい過ぎたわ。ごめんなさいね、二人とも。さあ、ご飯を食べに行きましょう?」


 私たちはお姉ちゃんのその言葉で、近くに停めてあったたくみさんの車に乗り込んで、目的地へ向かう。

 その道すがら、「涼くん、夏鈴ちゃんの勉強の具合はどう?」とお姉ちゃんが涼くんに話しかけた。涼くんが「まあまあってとこ。でも、志望校にはなんとか行けるとは思う」と答えて、滅多に褒めない涼くんがそんな風に言ったので、思わずまじまじと涼くんを見つめると、「……なんだよ」と私にガン付けてきた。

 だけど全然怖くなかった私はニヤニヤと笑って「ふーん?私、まあまあなんだ?」と言うと、涼くんは更に目つきを悪くして私を睨んだ。


「調子に乗んなよ?“まあまあ”の“なんとか行ける”レベルなんだからな?それも、数学を抜かしての判定だからな。数学が壊滅的なのは変わりない」

「壊滅的って…そこまで酷くないでしょ?」

「本気でそう思ってるならおめでたいな」


フッと鼻で笑った涼くんに、私はムッとした。

 そんな私と涼くんのやり取りを、お姉ちゃんは声を上げて笑った。




 食事は和やかに始まって和やかに終わった。

 私と涼くんの会話をお姉ちゃんたちは楽しそうに聞いて、「二人はとっても仲良しね」と微笑んだ。

 この調子なら、私と涼くんが付き合いましたと報告しても納得してくれそうだと、私は食事を通して思った。


 翌日の日曜は快晴で、いつもの時間通りに涼くんが家にやって来た。

 V字のシャツにチノパンを履いたラフな格好。なのに格好良く見えてしまうのだから、容姿の整った人って本当に得をしていると思う。

 今日はいつもよりも気温が高く、涼くんは片手に小さなコンビニの袋を持っていた。


「いらっしゃい。今日は暑いね」

「お邪魔します。ああ、あまりの暑さに途中でアイス買って来た。食うか?」


 そう言って涼くんが袋から取り出したのは、夏に良く食べる定番の棒状のアイスだった。

 ソーダ味とコーラ味が一本ずつ入っていて、なんで炭酸系の味なんだろう、と思った。

 確か普通に果物系の味も売っていたはず。涼くんは炭酸が好きなのだろうか。

 そんな疑問は胸の奥底に押し込んで、私はにっこりと笑って即答した。


「食べる!」

「どっちがいい?」

「うーん…ソーダがいい」


 私がそう言うと、涼くんは素直にソーダ味のアイスを私に手渡した。

 ありがとう、とお礼を言いながら受け取って、さっそくアイスの袋を開ける。

 パクリと一口食べれば、シャリっと音がして、口の中すぐにひんやりと冷たくなる。

 冷たくて、美味しい。定番な味はやっぱり安心安定のおいしさだ。


「暑い時はやっぱアイスだよねえ」

「寒い時のアイスもうまいけどな。こたつに入りながら、カップのアイスを食べるとうまい」

「ああ、わかるかも」


 そんな会話をしつつ、アイスを食べ終わり、私は残った棒をじっと見つめた。

 残念ながらハズレなようだ。当たりだったらもう一本貰えたのに。

 涼くんの方もハズレだったようで、普通にぽいっと袋に捨てていた。


「じゃあ、やるか」

「うん。よろしくお願いします、先生」


 殊勝に私がそう言うと、涼くんはニカっと笑って「任せとけ」と言った。




「…お、終わったぁ…」


私がへろへろと机に突っ伏すと、涼くんがパシンと私の頭を丸めた教科書で叩く。

いたぁい、と抗議の声と共に顔を上げると、涼くんは呆れた目で私を見ていた。


「この程度でそんなへろへろになってどうすんだよ。受験近くなるにつれて厳しくしていくからな」

「えぇ…?もう私の頭の中、数式でいっぱいだよぉ」

「まだ詰め込めるだろ。それに、これから覚える数式もたくさんあるんだぞ?」

「あーあー聞こえなーい」


私は両手で耳を塞ぐ。

 今でさえいっぱいいっぱいなのに、まだ覚えることがあるとか、信じられない。

 涼くんは教え方が上手だけれど、だからと言ってその教えて貰ったことがすんなりと私の頭の中に入っていくわけではないのだ。頭には容量というものがあって、私の頭の数学に関する容量は人よりも少ない。


「…おまえなぁ」


 はあ、とこれ見よがしにため息をつく涼くんから視線を逸らす。

(だって頭が受け付けないんだもの。しょうがないじゃん…)

 私は心の中でそう言い訳をした。口に出したらとても冷たい目で見られそうな気がしたのでやめておいた。


「あ、そうそう!」


 私は話を逸らすべく、パンと手を叩いて顔を上げた。

 涼くんは胡乱な目で私を見ているけど、私はそれに気づかないフリをして笑顔で話す。


「昨日はありがとうね。突然だったのに、付き合ってくれて」

「…ああ。別に。ちょうど用事もなかったしな」

「とっても助かっちゃった。やっぱり、私1人じゃお姉ちゃんたちと一緒にご飯なんて無理だったし…」

「……まあ、気持ちはわかるけど」

「それに、お姉ちゃんたちに私たちの仲が良いことをアピールできたし?これなら付き合うことになりましたって報告しても全然…」


 おかしくないよね、と言おうとした時、涼くんがギョッとした顔をして部屋のドアの方を見ていることに気付いた。

 なんだろう、と私も恐る恐るドアの方を見ると、そこにはお姉ちゃんが驚いた顔をして立っていた。

(え?やば…!お姉ちゃんどこから話聞いていたの…!?)

 だらだらと背中に嫌な汗が伝う。私の部屋は微妙な空気に包まれた。


「ごめんなさい…話を盗み聞きするつもりは全くなかったのだけど…」

「お、お姉ちゃんどこから話を聞いて…?」


 ああ、心臓がバクバクと音を立てる。

 どうしよう。私の少し前の台詞を聞かれていたら。

 なんて言い訳をすればいい?

 私が混乱をしていると、お姉ちゃんは戸惑った顔をして私と涼くんを交互に見つめた。


「私たちの仲がってところから聞いちゃったの…。夏鈴ちゃんたち、付き合っていたの?」


(あ、そこから…良かった。その前からじゃなくて)

 私が内心ほっとして涼くんの方をチラっと見ると、涼くんも少し安堵したような顔をしていた。

 私は気を取り直し、少し恥ずかしそうな表情を作った。


「…うん。実は、そうなの。何回か家庭教師に来てもらっているでしょ?涼くん、教え方も上手だし、なんだかんだで面倒見もいいし、私、好きになっちゃって…」

「俺も。こいつ、一生懸命だし、努力もちゃんとしているから。そういうとこいいなって思ってさ」


 さらっと涼くんが私をフォローするようにそう付け加えた。

 そんなこと思ってくれていたの?と聞きたいのをぐっと堪えて、私と涼くんはお互いに目配りをして、お姉ちゃんと向き合う。


「それでね…涼くんと付き合うことになったの」

「まあ」


お姉ちゃんが驚いたように私と涼くんを交互に見つめた。

涼くんは私の隣に並んで、キリッとした表情でお姉ちゃんを見た。


「陽奈子さん。俺、ちゃんとこいつ―――夏鈴を大切にするから。安心してくれ」

「涼くん…そう、そうなの…。夏鈴ちゃんにとうとう彼氏が…」


 お姉ちゃんはそう言って俯いた。

 私が少し心配になって「お姉ちゃん…」と声を掛けると、お姉ちゃんはパッと顔を上げて、少し涙を浮かべて微笑んだ。


「…少し寂しいけれど、夏鈴ちゃんの彼氏が涼くんなら安心ね。おめでとう、二人とも」

「お姉ちゃん…」

「陽奈子さん…」

「ふふっ。今度、拓海と一緒にお祝いをさせてね?そっか…もう、私の夏鈴ちゃんじゃなくなっちゃったのね…」

「お姉ちゃん…。お姉ちゃんは、ずっと私のお姉ちゃんだから。だから、また一緒に買い物してね?」

「ありがとう。そうね、夏鈴ちゃんにぴったりな服を選んであげるわ。涼くんとデートするときに着る服を、今度買いに行きましょうか」

「うん…」


 お姉ちゃんは心から私たちを祝福してくれた。

 それがとても、後ろめたい。

 だってこれは演技なのに。なのに、お姉ちゃんは私たちの嘘をすっかり信じて、とても嬉しそうに笑う。

 覚悟していたはずだった。嘘をつく後ろめたさに。

 諦めるために必要なことだって、割り切ったはずだった。だけど、想像以上にきつい。

 でもこれは私が選んで決めたこと。だから最後まで貫き通す。

――――お姉ちゃんが、たくみさんと結婚するまでは、私はこの嘘を貫く。

 ただ、私のこの嘘に付き合わせてしまう涼くんにだけは、申し訳ないと思った。





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